うつけ者の朝
朝が苦手だ。
ギリギリまで寝ていたい。
原因はわかる、夜更かしだ。
1日に満足して終えることが少なく、早く寝るとなんだか勿体無い気がしてだらだら遅い時間まで起きる。
だらだら起きたからといって1日の満足度が上がるわけではないが、仕事だけで終わってしまわぬようにするためのささやかな抵抗である。
そのため日中に居眠りをかますことが多々あること、迷惑を被ってる人に謝りたい。陳謝。
まぁそんなもんで起きるのが辛い。
「早く寝て早く起きりゃいいじゃん」って言うやつは黙ってろ。
失礼。
朝は準備が多い。
就寝モードだった体をリセットするため必ずシャワーを浴びる。
シャワーを浴びながら歯を磨き、洗顔したノリで髭を剃る。
これを365日繰り返す。
来る日も来る日もシャワーを浴び、歯を磨き、洗顔しながら髭を剃る。
たまに歯を磨いた泡で髭を剃る。
否、嘘。
歯磨泡浅為、髭剃不可。
故、我誤行動、不可。
そしてズボラなあたしはお風呂上がりニベアで肌を仕上げる。
ありがとうニベア。
ニベアを勝手にオールインワンだと思ってる。
家を出る。
もちろん服は着て。
これだけの工程(服決めからの着用、整髪含む)で最短でも30分かかる。
ちなみに浴室に時計がない為、スマホを濡れない場所に立てかけオードリーのANNを流している。
朝の準備に女の子くらい時間がかかる。
起きて洗面台で歯を磨いて顔を洗って着替えてはい出発、の計15分。とはいかないのだ。
シャワーで寝汗を流し寝癖を無にすることが大事だ。
家を出てからはイヤフォンをつけ再びオードリーのANNを聴きながら駅に向かう。
通勤は嫌いじゃない。
東京ってすごい。
毎朝同じ時間の同じ車両に乗るのに毎朝乗り合わせる人が違うってどうなってんだ。
本当によくできたオープンワールドゲームだ。
パターン化されてない。
どんだけ同じ場面をプレイしても毎度違うNPCをこの電車は運んでくる。
新鮮だ。
ここに東京の良さを感じていたりする。
毎度違うから飽きない。
通勤が面倒だからと在宅ワークに移行する人の気が知れない。
なんなら通勤が楽しみまである。
素敵な光景に出くわすこともある。
暦上の休日に出社した時の話。
職場は駅ビルの中に入っている為、最寄りの駅に着けば地下通路を通り、地上に出ることなく駅ビルに入ることができる。
地上に出て駅ビルに入るには信号付きの横断歩道を渡る必要があり、この赤信号赤がまぁ長い。
それもあって普段はほとんど地下を通り、信号を待つことなく駅ビルに入る。
ただこの日は時間に余裕があり、天気が良かったので地上に出ようと思った。
地上は思った通り、快晴で心地よい風が吹いていた。
オフィス街のためビルが多いのだが、それが陰になり直射日光は無い。
案の定赤信号に足止めを喰らい、青に切り替わるその時をぼーっと待っていた。
対岸を見ると可愛い女の子がいる。
その子を注視しているとこちら側の人混みに手を振り始めた。
目線を追うと彼氏と思わしき人物が駅側からこちら陣営に到着したところだった。
少し残念な気持ちを味わいながらなんとなくその子を眺めていた。
というより見惚れていた。
キラキラしていた。
彼氏(たぶん)との待ち合わせにめいいっぱいおめかしをしてクローゼットから一軍の服を拵え、これから半径1m以内に入るであろう彼氏を目前にそわそわしたり前髪を直したりしている。
一番ベストなコンディションで会うためにギリギリまで身なりを整えている。
やはり恋する乙女は可愛い。
この世で恋する乙女が一番可愛いとおじさんは思う。
その次に猫。
信号が変わるのを今か今かと待ち侘びている恋乙女。
こちら側と向こう側を分断してるこの道路はまさしく織姫と彦星の間を流れる天の川。
それを見ているモブA、俺。
初夏の晴れた朝に、恋する乙女と少し余裕のある感じを装う青年。
とモブA、俺。
目まぐるしい三角関係が始まりそうな予感。
歩行者信号が青に変わり歩き始める。
おじさんの目線は恋する乙女。
合流地点でどうなるのかを見たかった。
もしかしたら合流した瞬間あまりの眩しさに横断歩道の真ん中で閃光弾が破裂したようなビッグバンが起こるかもしれない。
羨望の眼差しで恋人同士のランデブーを見守った。
お互いが半径1m以内に相手を入れた瞬間とても嬉しそうだった。
ふっ、幸せになれよ。恋乙女。
実に良いものを見た。
おいおい、七夕を前倒しかー!
ここは天の川じゃねーぞー!
フー!
って思った。
言ってはない。
少しの妬みもあったがなんかそれ以上に、「良いものを見た」感があった。
1万円あげたくなった。
歩きながらその子らを見て
お熱いねー!良いものを見させてもらったよー!
って思った。
声には出してない。
なんだかこれだけで1日を気持ちよく始めることができる気がしたし頑張れそうな気がした。
そんなことを考えながらビル入り口手前の大きい柱を過ぎたところ、
死角でぱんぱんに膨れ毛の散らかった大きなお腹を出して臍の毛を抜いているおじさんを見た。
こいつぁいただけませんねぇ。
俺の中の江戸っ子が腕組みをしながら肩をすくめて参った顔をしている。
心に江戸っ子を飼っててよかった。
俺も同じ気持ちだ。
結局フラット、むしろちょいマイナスで1日を始めることになった。
朝は苦手だ。
fin.