まえがき

豊かで平和な時代が続いています。私たちのまわりには物や便利さや情報があふれ、生命(いのち)に対する当面の不安もありません。

しかしこのような状況はえてして人と人との結びつきを深まりにくくすることも事実です。

例えば伝統的な家族間のきずなが弱まってきていること、昔ながらの地域の連帯がとけてきていること、組織や職場環境が人間あるいは個人疎外的であること、競争原理に支配された学校教育での児童生徒の問題等々。

また、世の中の変化のテンポが速く価値観も多様化しているので、人々の将来に対する展望がききにくいこともあります。

一方、世の中の人々のやっていることを眺めていると、子供から大人まで一人一人が時間やモノや情報や関係に追われて忙しそうです。そしてそれらのものに取り囲まれて身近な人物とも表層的な関わりになり勝ちで親密さを持ち得ず孤独です。

そういうことで現代人は誰もが忙しそうでひとりぼっちであると言うのが私の感想です。

このような状況の中で、生きて行くことの基準や原則は何によったらいいのか、メンタルヘルスの理念にはそれについての何らかのヒントがあるのではないかと、ちょっとうぬぼれ気味に思うわけです。

さて、この他にもうつ病や神経症(ノイローゼ)の多発、人格障害や普通人の適応障害の増加、或いはまた昔ながらの分裂病に対する社会や公の理解と取り組みの問題等、メンタルヘルスのかかえる課題は広くて深いものがあると言えます。

メンタルヘルスのノーハウ的なことについてはこれまでに多くのすぐれた本が出ていますので、「自分ごときものが今さら…」という感もあり、書かれた内容が患者さんとの出合いで得られたものを核にしてるとは言えおのずからオーソドクシーをはなれて、いささか個人的思憔に走りすぎたきらいがあり、独りよがりで的外れであるそしりは免れないないものになってしまいました。

しかし私個人にとっては思い通りのものを書くと言うことは楽しい作業であったし、自分のストレス解消にもなり、大変貴重な体験をしました。

私のこのような我がままに対し、読者の方々のご寛容をお願いしたいと思います。

副題の「心に安らぎを求めて」は、私が二十年程前さる病院で患者さんの療養生活を撮って30分ものの8ミリの小型映画を作りましたが、その際のタイトルです。しかしこの文句はメンタルヘルスの場で患者さんや人々と対した時、いつもあこがれにもにた気持ちで相手に抱く私の心情を言い得ているもので今回のこの文句に登場してもらうことにしました。

平成二年六月 初蝉の声を聞きながら
城間政州

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