高山が作家として更に飛躍することを願い創作活動を支援したい!~エッセイ「ガーターベルトの女」の作品化を目指して【248】
妄想家・夢想家無名居士の夢物語の記録です
無名作家高山のエッセイ「ガーターベルトの女」の
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映画『赤い河』雑感 - 無名魂~高山のブログ
高山の作品から
随筆「Tさんと沖縄」
2017/02/27
Tさんの事を書くとなると、沖縄の良さと複雑さを思います。
僕も観光で行ったのと仕事で行ってるだけですから、語る資格はないかもですが好きな所です。
僕は、通算すると五年近くトンネルの仕事で沖縄に行ってて住んでます。
今話題の高江地区の側にも友人が居ますね。
もう六十代の後半ですが、非常に良い人で働き者でした。
日本のトンネルを掘ってるのですが、一本目は途中で山が動いて中止になって数ヶ月後に再開してます。
その時には父の会社もかなりヤバくて、僕しか所長で行く人が居ない状況でした。
当時は三十一歳とかです。
それに父の会社の事でかなり参ってて、体重もガックリ落ちてて体力も落ちてました。
おじさんが一応付いててくれたけど、会社の倒産とこの仕事が重なりました。
それでも何とかやれたのは、沖縄って所の不思議な力だと思います。
精神的にも薬を飲みながらでしたし、体重もガクッと落ちてて五十三キロ位まで落ちましたね。
しかし、途中から変わった炊事婦さんが良くて、無理でも食べなさいと言われて少しずつ戻して行きました。
中断になる前は、その人は少し来ただけで印象に残って無かったけど、二度目は良く覚えてます。
五十前半でしたが既に頭が真っ白で、眼鏡をかけてて冗談ばかり言うんですが、仕事は出来ました。
僕は下請けの下請け、つまり孫請の所長でしたから作業員に払う金額は上の所長が決めてました。
それでも僕は、その沖縄のTさんを上げてくれと言いました。
上の所長は古い考えで、沖縄の人を使うなら沖縄の値段って人でした。
本土の人間には出しても、沖縄の人には出さないと言う考えです。
沖縄単価とか言われてましたね。
かつて日本に復帰した沖縄の人達は、こうして本土の人と仕事をすると差別を受けたらしいです。
僕はそれは違うだろうで、Tさんの日給を上げるように粘って、何とか本土の人と同じにしました。
仕事は出来るんだから当たり前なんだけど、これを何処からか聞いたTさんは非常に僕に感謝しましたね。
そこから年齢の離れたTさんとの交流が始まりました。
本土の人間でも妙な差別意識を持たない僕は、色々聞かされましたね。
別の会社から来てた土を処分する人と話してたら、若くても所長の僕が対等に話しをするのに驚くと言いました。
昔は本土の人間から非常に差別を受けたと聞いて、逆に僕が驚きましたよ。
これはあくまで建設業界の話しで、他の業界は知りませんよ。
だけど安い給料で牛や馬のように使われて、こうして僕のような立場の人間が、まともに話し等はしてくれなかったと言ってましたね。
驚きましたね。確かに沖縄の人達を使うのは難しいんです。
トンネルのプロが少ないのと、時間にルーズだったり酒にやられたりです。
しかし、Tさんのようにまともな人も沢山居たんですね。
Tさんは沖縄の人しか知らないような米軍が流した物を、安く手に入れる店に良く連れてってくれました。
普通の民間かと思ったら米軍が置いていったり、多分流したりしたものが非常に安く手に入りました。
軍人の履くズボンが新品で千円とかですよ。
古いと数百円です。
アメリカ製のアーミーナイフが数百円とかでした。
これが那覇の観光客相手の店に行けば、十倍にはね上がるんですね。
僕は名護市から更に北で仕事をしました。
名護市の飲み屋街も行ったし、辺土名地区の飲み屋にも行きましたね。
まあ何処でも飲み屋が有るのに驚きましたよ。
小さな村にも民家を改造して、簡単なスナックにしてたりね。
飲むのが好きな県民だなと思いましたね。
休みになると、時々Tさんとそういう買い物をしたりしてましたね。
一度だけ、名護市のスナックの二十周年記念とかに行かないと行けないからと言われて、Tさんが高山ちゃん奢るから付いてきて、で行きました。
そしたらそこのママはTさんの若い頃を知ってて、武勇伝がどんどん出てきて驚きました。
沖縄の日本への返還の時期は、相当荒れたようです。
Tさんはママにいらない事を言うなでした。
しかし、あーこの人は普段はふざけてるけど、修羅場を潜ったんだなと言うのは何となく分かってましたね。
そういう雰囲気って消そうとしても消えないですからね。
年齢が二十は離れてたのですが、お互い友人でした。
今でもですね。家にも何度か呼ばれてご馳走を沢山食べさせて貰いましたね。
一度信用したら徹底的でした。
それから数年後にまたその側でやるとなって、とにかく沖縄在住の炊事婦さんとTさんの確保は一番にしました。
炊事婦さんに関してはなかなか居ないんですよ。
本土の人間の口に合うのを作れて、面倒見も良いって人はね。
沖縄の料理は美味しいですが、家庭の料理となるとやはり毎日ですから、本土の人間には本土の料理ですね。
昔は関東で、大きなクラブか何かをやってたおばさんで肝も座ってるし、人を見る目も有りました。
僕はとにかく可愛がれましたね。
甘いものがあったら隠れて僕にくれたり、名護まで飲みに出るのにそっと車に同い年の作業員と乗せてくれたりです。
隠れて行かないと、あいつらは二人で土曜日になると出るとか変な嫉妬があって、二度目はやりにくかったです。
僕はおじさんの下で何でもやる作業員として置かれました。
ここはちょっと珍しいタイプのコンクリートを練る機械を使ってて、メンテナンスをきちんとしないと壊れやすくてそれを任されたり、当然掘るのもやりました。
おじさんにしてみたら、何でも屋で置いておくほうが重宝したんでしょうね。
Tさんは相変わらず働き者でしたが、一歩下がって掘る方の段取りに回ってましたね。
人間関係が少しややこしくて、そういう位置を選んだんだと思います。
しかし、夜勤になるとしんどうそうでした。
前の頃も夜勤になると手が白くなるんですよ。
振動病です。
長い間振動工具を使ってるとなる病気です。
沖縄の暖かい夜でも、それがかなり酷くなってました。
手をやたらに擦ったり、お湯が有ればそれに手をつけたりしてましたね。
暖めると幾らかましなようでした。
だけどそれが有るからとかで、仕事の手を抜くとか無かったですよ。
機械関係を専門に見る機械屋の人が息子と来てて、この人が非常に扱いにくい自分勝手な人で、何度か僕も言い合いになったり作業員も陰で悪口言ってましたね。
Tさんはその人が居るから宿舎に来ても、直ぐ家に戻ってました。
宿舎に寄るとTさん飲まないとか誘われてたけど、一切断ってましたね。
機械屋の人が嫌だったようです。
二度目は、前に比べたら二人で出掛けなかったけど、それでもけっこう遊びましたよ。
朝礼中には高山ちゃん昨日はエッチしたかとか、そんな事ばかり言う人でしたが仕事はしっかりしてました。
最近も連絡を取るんですが、振動病と前に橋から落ちた事が災いして、夜はなかなか痛みで眠れないらしいです。
外の建設業を六十代になってもやってるようですが、体力的にかなり酷い状態のようです。
振動病と、橋から落ちての怪我とじん肺です。
僕は何度も申請して、何とかお金を貰えと言うんですが、なかなか沖縄では難しいようです。
先に少しの事で取ってる人が沢山いるようで、取れないようです。
これは本土も変わらないけど沖縄は更にですね。
だから、何処かに行って有力者にお金を払って取るとか、或いは病院にお金を払って取るとかです。
十年ほど前まではそういう病院の噂を何ヵ所かで聞いたんですが、それで取った人達の中には不正で取ったとなって、取り調べ入ってましたからね。
中には取り調べ入ると聞いて、六十代で多分自殺した人が居ますよ。
はっきり自殺とは分からないけどね。
本土が十年ほど前はそういうので、非常に荒れたんですよ。
そうなると沖縄では更に取りにくいでしょうね。
正直、ずるして取った人達の気持ちも分かるんですよ。
歳を取って仕事が出来なくなったらどうするかです。
それにトンネルの作業員は腕が良ければ高額な賃金を貰うから、そういう生活になってしまってるんでしょうね。
僕の同い年の作業員も、二十代で高額なマンション買ってますからね。
どうやって歳を取って維持するかになるとずるして取りたくなるんでしょうね。
しかし、ずるして取る人のせいでまともに悪い人は取れなくなってる。
この辺りはどちらの気持ちも分かるけど、Tさんの話し聞いてたら夜は痛みから声が出るらしくて、孫達が怖がってしまってるとの事です。
今ではトンネルの話しをとても嫌がるくらいです。
僕らに恨みはないけど沖縄のトンネル屋たちは早めに取ってるらしくてね。
それもTさんのアドバイスとかで取ってるのに今、では皆知らんぷりするらしいです。
だからトンネルの話しは辞めてくれと、けっこう強い調子で言われて驚きました。
何とか悪い人にきちんとお金がおりるようにと思うんですが、本土より沖縄の方がそういう点遅れてるし抜け道も少ないんだと思います。
トンネル屋が少ないし理解も低いんだと思いますね。
しかし、あれだけ明るかった人が苦しんでるのを見ると悲しいですね。
一つ非常に印象的なTさんの話しがあって、僕が雨が降った後の坂道を小さいタイヤショベルで走ってて、滑ってタイヤショベルと一緒に下に落ちたんですよ。
これは僕の注意不足から起きた事故ですが、僕はヤバイと思って下まで乗って落ちたら数メートルあったし、死ぬなで一瞬で判断して機械から飛びました。
タイヤショベルは少しだけ横に落ちたけど、僕も数メートルを飛んで落ちて頭を強く打ったんですよ。
これはタイヤショベルが違う方向に転がったり、或いは僕の飛ぶ方向が間違えたら死んでますね。
偶然助かったんですね。
僕は一度起き上がって、あー!やってしまったでした。
直ぐ誰かが気付いて救急車呼びました。
その時には意識は戻りかけてて、買ったばかりの作業着を切られてるな、もったいないなでした。
身体の検査と頭の検査をしたら、軽い怪我ですみました。
次の日には確か復帰してますからね。
おじさんは所長でしたから、付いてましたね。
お前は馬鹿かと言われましたが、最初はやはり心配してましたね。
その日の十一時位には宿舎に戻れるで、名護の病院をおじさんと二人で出ました。
そしたらTさんが奥さんと待合室みたいな所に来てて、高山ちゃん大丈夫か?でした。
事故を知って驚いたらしいですが、一度は家で飲んでたらしいんですよ。
だけど、飲んでたら段々心配になってきて、奥さんに頼んで運転して貰い来て待ってたらしいです。
おじさんと僕が大丈夫だと言うと、ほっとしたようで帰りました。
お互い仲良いと行っても、わざわざそこまでして来る人とか滅多にいませんよ。
驚いたのと有りがたいことだなです。
Tさんに何とかお金がおりて、身体が少しでも良くなれば良いなと思いますよ。
年齢は離れてても大事な友人ですからね。
良く遊びに来いよ寂しいよとも最近は言うようになってて、何だか切ないですね。
六十代半ばをもう過ぎてると思います。
そういう人が、苦しまずにゆっくり出来るようにと思いますよ。
それが、政治の大事な役目の一つなのではとも思います。
本土と沖縄では、常に沖縄の全うな一般人は損をしてるように思えるのは、僕だけではないでしょう。
少しでも沖縄と本土の格差が埋まれば良いなと思います。
大好きな土地ですし、大好きな人が沢山住んでますからね。
おわり
高山の作品紹介
次回は随筆「映画短評『JOY』とジェニファー・ローレンスの魅力雑感」
「ガーターベルトの女」~映画化のために
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「ガーターベルトの女 外伝」(フィクション編) 1
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