再開「mixi日記」~1万字にチャレンジ2019年10月11日=8142文字

ひとこと言い訳?
高山のnoteの日記書く時間なかった それでこの数字だからちょっと惜しい

11日 日々さんの日記から
姉さんの日々 10月11日(金)~夜中にチョコバー

access_time 2019年10月11日 person_pin 無名居士-Nameless layman
また新しい日が始まりました

金曜日は入浴の日 先ほど終わって帰られました

姉さんの寝息 いびきが聞こえます

お風呂に入れる状態だということがうれしいですね

昨日の夕食は あまり食べていなかったと思います

もう記憶が薄れていますから 正確なことは忘れましたが

これじゃいけないでしょうが老々介護といってもいいのかな

自分としては老人とは思っていないのですが

それはみんなが負う思うことでしょうね

世間的にそして年齢的にみれば 確実に老々介護でしょうね

さて 夕食後の間食も食べた記憶がありません

そこではっきり覚えていることを書きますと

今朝の3時過ぎだったでしょうか

私がのどが渇いて目が覚めると 姉さんの右手がゆっくり動いていました

起きているなら間食をと思いました

何がいいかと考えてチョコバーにしました

柔らかいのですぐ解けます

割と調子よく食べてくれた気がします

そして1本完食

夜中にいいのかなと思いましたが

食べてくれるのはいつだって嬉しいものです

寄るからあまり食べてなかったこともあるのでね

でもその影響は朝食に出たかも

朝食は昨日が食パン2分の1に 以前より少し増えていました

元気なころは1枚食べていましたから それに比べたらまだまだですが

以前より1歩前進 と思っていたら今朝は食欲なし

お薬を混ぜていたミルクバーを少々凍らせていました

それは まずそうにではありましたが 姉さんは食べてくれました

その後 エンシュアや野菜ジュースを凍らせたものをあげましたが食欲なし

朝食は これまでよく食べていたという印象がありました

しかし今日は その後の食欲が出ません

最初はよく食べてくれたあずきバ-を取り出してあげましたが

呑み込むところまでいきません

まだそんなに時間は立っていないと思ったのですが

もう眠そうな気配

そこで朝食はやめて 休ませることに

そして入浴の30分前 水分補給にと食べてくれそうなミルクバー

これをゆっくりですが1本食べてくれました

カロリー的には早朝から200kcalとった感じですが

そして入浴 梅干し大くらいの 少しだけ固めの便が挟まってたそうです

まずはよかった 朝 パッドを変えた時 おしっこは重く感じるくらい出ていました

これもよかった でも食欲が そして何をやったらいいか

お昼か温かいものをと 今お粥を作っています

それとみそ汁をあげようかと

数日前に作ったのは 油断して煮詰めてしまって辛くなってしまったので

少し薄めに今回はしよかと でも飲んでくれるかどうかわかりません

流動食を口にしないので アイスに頼ってきましたが

そればかりではいけないだろうと 試行錯誤

少し気になるのが 口から舌が出そうな状態になっていること

この状態は前にもありました

ごえんでせき込みが続いて痰が出たとき

やはり舌が口から出そうな状態

見た目もかなり悪いし普通じゃないように見えます

口を拭いてやると舌は引っ込みます

今いびきをかいて寝ていますが 舌は出ていません

あまり気にしないでいいのかもしれませんが

一応書きておきます

そろそろお昼 お粥を見てきます

まだ時間がかかると思いますが

それではまた

ごきげんよう

11日 さとちゃんちのコメントまとめ

崇める富士山

2007/04/10 青春切符の旅
一郎
たくさんの富士山の画像
誰が撮ったものでも
どんな姿が写っていても
やはり富士山の姿には感動します
日本人だからでしょうね
日本にあるからでしょうね
世界には いわゆる富士山に似た山は
いくつもあるようです
その写真集を観たことがあります
でもやはり一番感動するのは富士山
富士山より形の美しい山もありますが
感動がありません
それらの山々には申し訳ないのですが
日本人にとって日本の富士山が一番
身びいきというのですか? なんというのですか?
さてその富士山
さとちゃんは
「富士山は、仰ぎ見る素朴な信仰のお山」と書いています
父が古希の記念に富士登山をすると聞いて
それならお供するのが子の勤めとばかり
事前に1回登って下見して 父との廬山に備えました
父は 富士宮登山道の新五合目の山小屋に泊まり
私とその頃付き合っていた女性とは
大坂を夜出発 夜中麓のモーテルで一泊
翌朝新五合目の父と合流 ぼちぼち登って行ったのでした
7合目の山小屋だと思うが そこで宿泊
翌日 山頂を目指すことになります
早朝に起きてご来光を仰ぎ 山頂めがけてぼちぼち
なにしろ父は変わり者 後ろ向きに登ったら景色みられるしこれはいいと
しかし 時間がかかることんあります
下山時間を見て山頂は断念 その代わり私一人で駆け足登山
その頃はまだ若かったのでね でも40代前後 元気だったようです
富士山に登るきっかけは父の古希記念
自分が古希を迎えた時 そんな気力はありませんでした
父はその翌年 今度は須走口から キャタピラに乗って山頂に
合理的な父らしさです
父が思いつかなかったら 私は富士山に登らなかったかもしれません
父に感謝です 登ってよかったと思いました
確かに下から仰ぎ見る富士山はいい
同じように 富士山から見下ろす景色を味わうものだと
一度は富士に登った方がいい
9時になりました
このコメントできゅの予定は終了
ほんとはもっと書きたいのですが
思うようにはかどりません
さて今日はどのくらいかけたか楽しみです
昨日はめったにない7千字超え
引用が多かったのが要因ですが
さて今日は・・・
お疲れさまと書いておきましょう
2019/10/11


高山線・下呂温泉折り返して

2007/04/10 青春切符の旅
一郎
少し書いたところで 例のいたずら
飛んでしまいました
こうなるともう書く気力が失せました
8時過ぎ いつもなら書き直すところですが
今回はきっと 誰かさんが思ったのでしょう
同じ話はもう読む気がしない
書くならほかのことを書けと
きっとそうでしょう その配慮に感謝して
書くのはやめました
ではそれに代わるほかの話があるかと考えてみるのですが
思い当りませんね
だから同じことを何ども書いてたのでしょう
思い出が少ないということなのかな
思い出が少ないということは
漫然と過ごしてきたということ
確かに言えてますね
想像力も創造力も欠けていると
それと思い出の無さは因果関係がありそうな
そんなだから今になって 何か書くことにこだわっているのか
その一つがコメント
書くことで何かが見つかゑうかもしれないと思っている
何かが変わるのではないかと
ぼんやりとそんなことも思いつつ
当面のさとちゃんちへのコメントを書き続けている
全記事が目標 それを終えたとしてもまだコメントはつづけるつもり
先のことはわからないから どうなるかもわからないが
今のところその気でいる でもこの先どうなってるだろうね
面白いね
自分で自分が楽しみ
楽しむのを基本に置いてるからね
書いたたものが飛んだって
また代わりにこんなこと書けた
また飛ぶかもしれないね
そしたらまた違うこと書くでしょう
気力があればね
私だって気力なくなることもあるよ
8時半
さあ次の作業に移りましょう
2019/10/11


当麻寺の桜見

2007/04/10 金剛葛城の里巡り
一郎
前から思っていたのですが
当麻・・・たいまとは面白いと思っていました
読みも漢字も日本的ではない印象
wikiでは
当麻 (相模原市)(たいま) - 神奈川県相模原市南区の地名
奈良県葛城市の地名
當麻町(たいま-ちょう) - かつて奈良県北葛城郡に存在した町。現在の葛城市
当麻町(とうま-ちょう) - 北海道上川郡の町

自分の思惑通りの検索結果が出てこないので
もうやめようと思っていたら
当麻寺の記事が
https://www.eonet.ne.jp/~kotonara/taimadera.htm
この解説記事の詳細さに驚いてしまった
こんなにも詳しく記録されているとは
その見識学識の深さに頭が下がる思い
画像を沢山配置して説明も見事
検索で偶然にたどり着いたブログ
もう来ることもないだろうけど
また数忘れ去るかもしれないが
今のこの瞬間の感動を記しておく
また何かの縁があって この記事からそのブログの
他の記事を読むこともあるかもしれない
その時私は何をして 何を思っているだろう
2019/10/11

明日の観想4/10(火)

2007/04/09 里恋日記
一郎
「苔のちっちなちっちゃな花」

いやいや 苔に花が咲くって知らなかった
花が咲かないのが苔くらいに思ってました
だからそもそも 苔と花とは結び付かなかった
それがさとちゃんのブログのおかげ
苔の花だと
正確には花ではないらしいが
http://kigosai.sub.jp/kigo500a/410.html
苔の花 という季語で仲夏との表示が
私は苔に魅力を感じるものの
調べてみようとまでは思わなかった
南方熊楠はwikiによると
「粘菌の研究で知られているが、キノコ、藻類、コケ、シダなどの研究もしており、さらに高等植物や昆虫、小動物の採集もおこなっていた」
それじゃ粘菌って何?と思いますが
よくも研究したいと思ったものですね
これをしたいと決定づけるものは何でしょうね
その人の資質なのでしょうが 研究者になるということも
誰もができることではない
そんなことと全く縁のない世界にいた
学問に興味もなかった
いまならどうか
学びたい研究したいことがあるか
いやいや 勉強嫌いな私にその質問はつらいばかり
何かにあきらめず追及研究し続ける能力
それを才能と呼ぶのでしょう
一つのことに集中できない 打ち込めない
それより先に 何がやりたいか
ずっとわからずに年だけ取った
今となっては そんな自分が面白おかしい
しかし そろそろ人生の終わりに近づいて
せっせせっせとやってることがある
それが見つかっただけでも上等じゃないか
苔の花から いろいろ考えさせられた
さとちゃんのおかげですよ

苔の花こけ猿の壺似て非なり
2019/10/11


明日の観想詩4/9(月)

2007/04/08 里恋日記
一郎
 すきなこと
 させてもろている

今の私は
ほんとにしたいこと すきなことしてる
感謝しなくちゃね それができるということに
仕事とか 嫌なことでもしなくちゃいけないってことあるかな
誰もが好きなことばかりしているわけじゃないだろうね
そう思えば すきなことできる してるって
ほんとにありがたいね
感謝しなくちゃね
誰もがそうなるといいね
慕いことすきなことして
毎日が楽しくなればね
楽しむために生きてるんだからね
いやいや生きるのは嫌だからね
誰もがきっとできるさ
好きなことしたいことできるようになるさ

★不便につきあいませんか。

去年だったか 台風?で停電になった
めったにないことだけど
停電してもなかなか元に戻らなかった
そりゃ関係者の人は復旧に走り回っていただろうけど
すぐ隣の筋向こうは電気ついてる
東も北も南も
停電しているのは自分の区域だけみたいな状況
それみるとね 電気ないと不便だから
イライラしてたね そんな時は寝てりゃいいって思うものの
すぐ近くは電気ついてるのに
やっぱり悔しくなるよね
なんで自分の所だけって
こんなことは停電に限らずありそうだね
なぜ自分ばかりって
さてこの週末 大きな台風が近畿めがけてくるんだと
TV押し入れにしまったから ニュース観ない
そんなこと人から聞いて知ったくらい
京都はいつも災害少ないって 変な確信あるので
厄介何だけど これ私だけなのかもと思うけど
何も対策してないよ 懐中電灯?も電池ないんじゃないかな
去年は買いに行ったけど その時はもう売り切れ
そんなこともあるんだね
まあ今度停電になったら
今度こそふて寝しよう
回復をじっと待つんだぞ
2019/10/11


今週の観想詩→4/9(月)~4/15(日)

2007/04/08 観想詩1
一郎
★世間体を気にしないようにしたいね。

世間体ってくせものだね
世間ってのもくせものだね
自分を大事にすればいいんだよね
世間がどうであれ
世間ってなに
世間と自分が対立することあるよね
世間に合わせる?
自分を貫く?
自分を一番愛し大事にする
皆がそうであれば
極端な話 だれが戦争に賛成する?
皆戦争が嫌なのに戦争に行った
世間ってものに流されたからだね
自分を貫けなかったからだね
自分を貫いた人たちは
拷問を受け投獄され
世間から冷たい目で見られたんだよね
世間が人をダメにしてしまう
もうそんなことがあってはいけないよね
皆が世間よりも自分を愛し
自分の考えを貫けば 戦争は起こらなった
国が戦争をしようとしても
国という世間に逆らえなくなっていた
こわいよね
個人の自由が失われた結果
個人が自由を失わない覚悟があれば
もう世間ってやつに 逆らわないように
ならされているかな 多くの国民は
世間なんて 世間体なんて
自分が大事だと突っぱねりゃ良いこと
それができるようになろうね
2019/10/11


明日の観想詩4/6(金)~4/8(日)

2007/04/05 里恋日記
★あきらめきれるまで物事はあきらめずにやることですね。

飽き性なのは自分でもよくわかってる
その自分が飽きずに取り組んでいるのがnoteの更新
5つあるnoteの一つがある夢のチャレンジ
あきらめることはないが
あきることがあるかも
あきることもあきらめからくるのかもしれないが
チャレンジといっても およそ無謀な夢
可能性は限りなく0でしょうか
それでもやりたいと思ったから始めた
はなから期待していないが
やらずにあきらめたくない
やりたいとおもったことはやればい
そう思った
やれるかどうか
実現するかどうかではなく
やるかどうか
期待していないのであきらめることはないけど
あきることはあるかもしれない
飽き性だから
2019/10/11


明日の観想詩4/5(木)

2007/04/04 里恋日記
一郎
★夢の続きはなかなかみれませんね。

同じような夢は見ますが
いつも追われているか
落ちていく夢
寝るときに夢の儀式をします
状況設定とストーリーを考えておきます
もう決まりきったパターンがあります
目を閉じて状況を思い浮かべ
自分をいつもの場所に
その状況がイメージで来た頃には
もう寝ています
だからそこから先に話は進みません
それd眠れるのですからありがたいものです
今はもうそんな手間をかけません
眠くなったら寝るからです
眠くなるまで何かやってます
深夜0時過ぎてからは動画を観るだけにします
電気を消してますから 暗い中での作業は
効率もよくありませんからね
しかしそのルールも最近のことですね
今朝は3時過ぎに目が覚め
しばらく動画を観ていました
眠くなって寝ましたが
次に目が覚めたのは7時過ぎ
7時半に起きてシャワーを浴びて
一日の開始です
今午後2時半前
コメント書いてますが
この時間いつも眠くなります
壁に後頭部をなんどかぶっつけます
それで少し寝ようとなって
次に目が覚めるともう夕方
今日も何もできなかったなあと嘆く毎日
でも昨日は夕食後からコメントに集中できて
コメントだけで7千字超え 自分でもびっくりしました
書けてないなあと思っていたからです
他の日記と合わせて1万字超え
ダメだと思っていた昨日でしたが
まさかの結果になりました
さて今日は?
と毎日がスリルとサスペンス
楽しむようにしています
2019/10/11


さと川柳2007・4ー01

2007/04/04 2007さと川柳
一郎
「満開のさくらの下で藪椿」

つばき咲く
知らず知らずに
鼻歌が

寄り添いし
椿三輪
散るときも

葉の艶に
花も際立つ
藪椿

★じいちゃんの待ち受け孫の笑顔かな
PCが
もしもの時の
スマホかな

★メールで今日のハートを捧げたり
画像撮る
だけのスマホは
いるのかな

★今何処やメールそれしか聞いて来ぬ
読みもせず
削除するのみ
わがメール

★メールから罪があるよとバラされる
気が付けば
20年経つ
ネット歴

★メールきて夕食準備ええやない
メールなし
電話なければ
切れた縁
2019/10/11


あなたへ観想詩・4/4(水)

2007/04/03 里恋日記
一郎
 仕事が
 楽しく
 できるのは
 
今日はここからコメント開始
ちなみに時間はお昼前
仕事が楽しくできるのは なにより
とさとちゃんも書いてますね
私もそう思うようにしています
すべてを楽しくと
楽しんでこその人生だと
嫌なことでも楽しむと
おかしなことかもしれませんが
要は気分転換をスパッとしましょうということかな
物事は思いようで良くも悪くもなるのでね
同じことばかり書くことになるのでやめましょう
とにかく私は今 コメントを楽しんでいます
人と違って 出来るだけ長く書こうとね
嫌われるかもしれないけど
人の迷惑顧みずってとこかな
ジコチューもいいじゃないかと
自分が楽しければ 周りの人も楽しくなるだろうと
そんな影響力は私にはないけど
とにかく楽しくねと 心がけてますよ

 眠る間も
 惜しい

そんな時が私にもありました
ブログというものをYahooに初めて作ったときかな
万葉集に関したブログ
作るのが面白くて
夜中の新聞の仕事なのに
寝ずに出かけていました
その結果は 最後の一軒の配達残して
ガードレールに衝突の自損事故
救急車に初めて乗って即入院
見事に股間接脱臼と骨折
それが7月初めのこと
エアコン完備の個室で
1か月の避暑となりました
仕事を休刊日以外休んだこともなかったので
良い休暇と思うことにしました
病室でもPCは休みませんでした
ほとんど病気
だからに居眠り事故
少し反省はしていますが
悪いこともいいように考える
そんなに落ち込むことなく
仕事復帰しました
こんなところで投稿しておきます
また書いたものが飛ばないようにね
2019/10/11

11日 日々さんの日記から②
なぜ気になるのだろう goo blog「日々の細道」へのコメント記録~23日目

access_time 2019年10月11日 person_pin 無名居士-Nameless layman
日々の細道
手持ちの回数券が一枚また一枚、残り少なくなっていく老いの日々、どう生きていくか?
親鸞聖人のお墓のまえー名著堂
2007年03月23日

再開コメント23日目 (一郎)2019-10-11 23:21:04
途中まで書きかけていたのですが
飛んでしまいました
懲りずに違うことを書くことにします
これまで書いたのはまずいぞという天の思し召しと思うことにしています 天の為すことなら逆らえませんし 文句も言えませんからね
都合のいいときだけ点を引っ張り出してきます
第十八願について書いてたのですが
要するに南無妙法蓮華経と唱えなさいということでしょうか
念ずれば通じるという言葉もありますからね
ところで親鸞で私が思い出すのは 俳優の三國連太郎 「白い道」という本で親鸞を書いていますね
当時 俳優がなぜ親鸞をという興味関心から一応買って詠みかけて投げ出しました
私の関心は親鸞にあるのではなく 俳優がなぜ親鸞にたどり着いたかというところにありました
彼はまた別の本で そのことを書いているようです
今回知ったことです
映画も監督したのですね
それだけ親鸞に打ち込んでいたことが分かります
異色の個性的俳優として 気にはなっていた人ですが 気になる程度で終わったようです
しかし 映画を一作作るのにはかなりのエネルギーがいります それをやり遂げたのおですから その点だけでも尊敬しますね 並大抵の仕事ではないと思うからです
彼にすれば俳優としての評価は高く それだけでも誇れることですが 親鸞の本を著し映画を作った
これ以上の喜びはないのではと思います
人間としてやりたいことをやったという満足感を得たのではないかと思う
いや それとも彼は次なる次元のことを考えていたかもしれない 人間の欲望や知的関心 向上心は
とどまることを知らないからです
変凡な人間なら別ですが
そういう点で彼は次に何を考えていたか いなかったか その辺のことを知りたいとは思います
親鸞の話に戻れば 親鸞の作といわれている和歌があります
有名ですからここには書きませんが
何かにつけ使う言葉ですね
私がよく使う言葉
一寸先は闇 これとて同じ考えだと言えます
今の今を大事にということでしょう
また飛ばないうちに投稿しましょう
う~~ん 今一だったなあ
まあこんなもんです
たかだか私の書くことは

mixiプロフィ
藤川一郎
京都市北区紫竹北大門町37 葵荘17号
075-493-4676

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