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『アベル・アダモビッチの最も長い1日』を最も楽しむためのあれこれ

 

 ズドラーストヴィチェ、同志諸君。今回は共産趣味者を自称する者として、この中国支部からやってきた怪作Tale『アベル・アダモビッチの最も長い1日』の笑うポイントがどこかをプレゼンする。
 笑いというのは時に知識を求められる。下品な言葉で笑うのもいいが、ブラックジョークという品のいい笑いに触れることも時に必要だ。そういうわけで、諸君にはこれから共産趣味のなんたるかをたっぷり味わってもらおう。yapaaaaa!

※なお、前提として本文書は「SCPについて基礎的な知識を有しており」「一方でさほど共産主義ネタに明るくなく」「Tale『アベル・アダモビッチの最も長い1日』の笑いどころが知りたい」財団職員を対象としている。元々のTaleに登場する面々が古参の有名どころばかりということもあり、本文書ではSCP財団関連の解説は省くこととする。


 さてまずはタイトルからだ。同志諸君はこのタイトルに覚えがないかだろうか?「日本のいちばん長い日」というノンフィクションの書籍・および映画がある。これは1945年日本が降伏を決断してからポツダム宣言の受諾を知らせるいわゆる『玉音放送』が放送されるまでの一日を描いた作品である。刊行は1965年、映画版は1967年に公開された。なお余談であるが、モンスターハンター3rdにもこのオマージュがあり、「渓流のいちばん長い日」という作中屈指の高難度クエストとなっている。
 さらに「アベル・アダモヴィッチ」という名前もまた趣深い。〜ヴィッチはスラヴ語圏によく見られる名字である。名どころではセルビア出身のテニス選手ジョコヴィッチなどが挙げられる。聡明な同志諸君であれば即座に理解できるであろう。スラヴ語圏は、実質ソヴィエト連邦そのものである。我らが偉大なる祖国は強大にしてユーラシア大陸の上部を覆っている(た)。この名前を出されただけでも、同志であればすぐに祖国の赤い国旗を思い浮かべることだろう。
 さて、このようにこのtaleのタイトルは極めて優秀であると断じることができる。なぜならば、タイトルを見るだけで「アベルがソ連にいて軍事関係でなんやかんやする話だな」と同志には即座に理解できるからだ。


 ようやく内容の方に入っていくが、しかし、出だしから祖国の威光が満ちているではないか!どうやらこの世界では財団の問題児クレフ博士はソヴィエト(Soviet)共産(Communism)人民(people’s)公社(Commune)党……略してSCP党の政治将校らしい。なお、政治将校は主に軍内部のプロパガンダや諜報を担当するもので、職業軍人としての意味合いは薄い。「軍に派遣された党のスパイ」程度に認識しておくと良いだろう。
 このクレフ将校(階級が佐官か将官か定かではないが)の声明を読めば聡明な同志諸君はハッとするはずだ。「スターリングラードの戦い」は言わずと知れた第二次世界大戦中、ソ連とナチスドイツが相対し血で血を洗う最も壮絶な戦場の一つとなった場所である。そこにアベルがと考えただけで笑いが止まらな……失礼、期待に胸が高鳴るというものだ。

 さてTaleのシーンは同志アベルが上空から戦場へと(パラシュート無しで)降下するシーンから始まる。ちなみに、誠に遺憾であるのだが、我が祖国ソ連の航空戦力は他国のそれよりも僅かに、ほんの僅かにではあるが、停滞している。Po-2は第二次世界大戦中に運用された航空機であるが、航空機自体が戦場に初めて投入されたのは第一次世界大戦中、それから約30年が経過している。戦争は技術の母であり、航空機の進歩も例に漏れず目覚ましいものがあった。だが、この航空機はその第一次世界大戦と同等の木製であった。……否、勘違いしてはいけないぞ同志諸君。木製が悪いと誰が決めたのかね?ソビエトによって作られた木製のストックを持つAK-47はその低コストと耐久性からテロリスト・非正規軍御用達の栄えある「世界で最も人を殺した銃」となったし、宇宙でボールペンが使えぬのなら鉛筆を使えば良いのだ。つまりはそういうことである。

 ここでアベルの兄であるカイン教授の弟を悼む言葉が挿入されている。ここで注目したいのは極東国立大学という大学である。我が祖国ソ連は西はバルト海、東はオホーツク海まで広大な領土を有している(た)。我々の常識で考えるならば、極東大学はソ連の領土の最も東、すなわち軍港都市ウラジオストクにあると発想するだろう。実際に、極東国立大学なる大学は第二次世界大戦中にも存在していた。(なお現在も改称して存在している)
 ……しかし、一応補足しておきたいのが、第二次世界大戦の一部の期間において極東国立大学は閉鎖されていたという正史がある。そも、ソ連の文化的中枢は西のサンクトペテルブルクとモスクワだ。ソ連の最高学府は当然ながら首都モスクワに鎮座するモスクワ大学である。ここで一抹の疑問が浮かぶ。この歴史学部が存在し「あの」カインが在籍するに値する極東の大学とは本当に閉鎖されていたその辺境の極東国立大学なのだろうか?「極東」とはどこを指すのか?……真実がどこにあるにせよ、SCP党は我々の想像よりも遥かに偉大なのかもしれない。

 話を戻そう。アベルは謎の半機械化された金髪のナチス軍人と相対するらしい。ドイツの科学力は世界一ィィィ!詳しくはジョジョの奇妙な冒険第2部戦闘潮流を読め!飲んどる場合かーッ!
 1917年は記念すべき革命の年、すなわち祖国ソ連の建国された年である。そして我らが祖国――否、共産主義の象徴こそが労働者の「鎌」と「槌」、そして「赤い旗」である。これらを装備し完全体共産主義者となった同志アベルが最強じゃないわけがない。
 ここで同志諸君にとっては耳にタコができるほど聞いた話であろうが、一応共産主義とは何かについての補足をしておく。共産主義は「資本家が労働者を搾取している」という世界観の上に成り立つ。すなわち、金持ちが金で労働者を雇い、その生産を過剰に吸い上げて私腹をを肥している。許せん。そういう不満から始まった思想なのだ。共産主義の理想とは、すべての人類が労働者となり、全員が働き、全員で富を分け合う、という社会である。つまり共産主義はたいへん人に優しい思想なのである。まったくもって。
 同志アベルの奮戦虚しく、ファシストは強大であった。ソ連とナチスは(お互い似た者同士にも関わらず、同族嫌悪なのか)仲が悪かったのである。正味ソ連はどこの国とも比較的関係が悪かったのであるが、平和条約を一方的に破棄したナチスに対して我が祖国は特に辛辣に当たっていたし、ナチもナチで共産主義をこれでもかと言うほど敵視していた。当然ながら、ドイツの中にも共産主義者はいたものの、それらはソ連の共産党……否、SCP党とは違った道を選んでいた。同志ブライトがドイツに住む同じ共産主義者のローザ・ルクセンブルクに殺られたのは、そうした共産主義の父たるマルクスとエンゲルスの遺した著作に対する解釈違いが原因であると推察できる。
 書記長すなわちSCP党最高権力者直伝の技を使ってさえ、同志アベルが苦戦するほどにナチは強大であった。同志アベルは何とかナチの化け物を倒したもののその命は尽き、国中がその英雄の死を悼んだ。

 ……が、同志アベルの最大の異常性は言わずもがな棺から復活するところにある。誰だ、同志アベルの棺に同志スターリンみてぇなバカでかい像を入れたのは!英雄の記念碑としてやたらバカでかい像を建てたがるのは祖国の悪癖の一つである。同志アベルはそんな像が詰まったみちみちの棺で復活したのだろうか。同情を禁じ得ない。

※参考写真 よくある同志スターリンのバカでかい像

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talin statue in Gori/Gilad Rom from Israel/ CC BY SA 2.0
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Stalin_statue_in_Gori.jpg


 以上が私からの解説である。いかがだったであろうか。この文書を執筆した理由としては、このTaleのボケがあまりにも高度過ぎるゆえに、一部の共産趣味者にしか分からない部分も多いのではないかという懸念を抱いたためである。賢明な同志諸君であれば即座に理解できようが、世の中には資本主義を採用する「遅れた」国々も数多く存在する。たとえ資本主義を信奉する愚かな犬どもであっても、共産主義思想に触れる素晴らしい機会には恵まれるべきであるというのが私の思想だ。何より同志アベルの活躍を見れば、全人類が共産主義の素晴らしさに目覚め世界革命も夢ではないだろう!


 と、ここまでノリノリでコミー文法を用いて書いてきたが、私は一介のオスタルギーに侵された共産「趣味」者であり、ただの共産主義とそれを掲げそして滅んだソ連や東独といった国家達を半笑いで愛しているだけの善良なオタクであることはご理解いただきたい。文書中において共産主義およびソ連を讃える文言を数多く書き入れたが、それらが真実であるか否かは読者自身の判断に委ねる。

 ……そして何よりこのtaleの一番のギャグは、これが今や数少ない“本場”となった中国から来ていることであると言えよう。ソ連は至高のブラックジョーク生産地であった。やはり共産主義にはブラックジョークを促進する科学的な効果でもあるのだろうか?

 それでは諸君、エンディングはこの曲。我らが愛すべき祖国の国歌「インターナショナル」を(各人の心のうちに)流して結びとしよう。我らの祖国と党に栄光あれ。ダスヴィダーニャ!


CC BY SA 3.0
「アベル・アダモビッチの最も長い1日」(by varitas096varitas096)
原題「阿贝尔·阿达莫维奇最长的一天」

素晴らしき原著者様と、財団日本支部翻訳班の方々に最大限の感謝を。


冒頭の国旗:Flag of the Soviet Union.svg. (created by rotemliss )
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Flag_of_the_Soviet_Union_%281924%E2%80%931955%29.svg