「旅する家」とは何か?

9:日本のアートプロジェクト

00年代から始まった日本のアートプロジェクトの提示の仕方としては、新潟県の「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」、愛知県の「あいちトリエンナーレ」、瀬戸内海の島々を舞台にした「瀬戸内国際芸術祭」などに代表されるような、

ある会期(2ヶ月程度の会期を3年に1度など)を設けて、多数の作品やアートプロジェクトを地域の中に点在させ、地域住民やボランティアが運営に関わりながら、迎えた観客に回遊させる形態、いわゆる「芸術祭」(アートフェスティバル)形式のものが多くを占めます。(以前書いたような「大きなアートプロジェクト」の一種ですね。)

芸術祭の名の通り、お祭り的な盛り上がりで、多くの集客を呼び込むこのスタイルよって、地域を訪れる人も増え、経済効果としても成果を出し始めているアートプロジェクトもあります。

しかしその一方で美術が観光の中に組み込まれ、本来は他者と有機的な関わりを持つべきアートプロジェクトがサービス化、見世物化している点であったり、限られた会期の中で莫大な人数の観客に対して、構築できる関係や体験には限界があることもあり、「芸術祭」形式では、新規観客層の開拓や、美術の社会的な認知度の向上については、有用な部分もある反面、「アートプロジェクト」の本質的な目的から、逆に観客を遠ざけてしまうという問題点もあります。

そんな中で、瞬間的に人を集め、大きな花火のように打ち上げる一回きりの「アートプロジェクト」ではなく、関わる人数を意図的に限定し、地域に介入しながらも、あえて小さい規模で展開することで持続性を持たせ、日常の中に活動を溶け込ませて行くことで、これまでとは異なった角度から活動を行ってゆくスタイルが、昨今じわじわと増えてきています。

日本でアートプロジェクトが始まって早15年、関係性の構築や場の展開には、多くのな時間と、繊細な人関係のバランスが必要であることがだんだんと明るみになり、その中で密度のある活動をするには、見境なく他者を巻き込むことはできない、ということに気付いたアーティストは、活動の当事者を限定することで、質の高いプロジェクトを生み出し、その成果をメディアに発信することで、波及性や価値を底上げしていく方向に、舵を切り始めているということも最後に付け加えておきたいと思います。

さて、だいぶ時間をかけて「表現」「芸術」「美術史」「アートプロジェクト」について説明してきて、これでやっと「旅する家」がどんな活動なのかを示す材料が揃いました。以下簡潔にまとめると、

・「旅する家」は「表現」である。

・「旅する家」の「表現」が「芸術」になって行くかは、これからの活動次第である。

・強いて「芸術」として分類するなら、「旅する家」は「アートプロジェクト」である。

ということになります。では、次はここからさらに我らが「旅する家」にフォーカスを当て、具体的に説明していきましょう。

以下質問と回答
Q:>関係性の構築や場の展開には多くの時間と繊細な人関係のバランスが必要
とのことですが、それは、子供の頃から社会生活をおくっていると、大体理解出来る事だと思います。芸術が(アートプロジェクト)があえてここを意識するのはどう言うことでしょう?私の個人的な意見で申し訳ありませんが、文脈の先っちょで、人間そのものを素材にし始めた。と、おもうのですが、(絵画や劇など人間の表現を他に移すことはありましたが)いかがでしょう?


A:そうですね。おっしゃる通り、芸術が人間・・というよりも人間の総体である社会そのものを、素材にし始めたからだと思います。

僕が思うに、芸術が街中などの、一般の生活空間に進出してきた背景に、やっぱり「表現の実験」のためということが大きくあって、一般の人がそれを見てどう思うのかという目線や、その行いが社会でどう捉えらるのかということを置いておいて、あくまでも美術世界の中からの目線のみの価値観を第一優先として、表現を行うという傾向がありました。

社会という場にアートがではじめた、ダダくらいから始まる、パフォーマンスやイヴェントと呼ばれる、街中などでおこなわれる「行為が芸術である」というような表現は、すごく尖って面白いところもあるけれど、今見ると、
どこか独りよがりにみえてしまう部分もあります。

例えば、西洋のダダイズムを受けて、日本にも「ネオダダ」という動きが生まれました。その中で「ハイレッド・センター」というグループが、東京オリンピックの時期に「街を綺麗に」という街の標語に愚直に従い、メンバーが白衣を着て、道路を磨きまくる「首都圏清掃整理促進運動」というイヴェントがありました。

確かに皮肉があって、この時代に街中に出て直接行動するという面白さがありますが、やっぱり「いや、特に自分たちで勝手にやって、やりきらないまま終わって、記録だけ残して意義を主張する。それただの自己満足じゃん!」という気持ちも湧いてきます。

そんな「芸術のための表現」が、さらに時代を経て「アートプロジェクト」となり、社会とさらに接近したとき、そのままでは上手くいかないところがでてきました。独りよがりのメッセージを、社会というキャンバスにぶつけるのではなく、芸術が 社会とどう向き合うのかを考える中、「芸術のための表現」だけではないあり方を考えていくと、 場の関係者とのコミュニケーションという、社会のか中でごくごく当たり前のことに行き着いたのだと思います。

なので「アートプロジェクトが」この関係性を重視するのは、これまで社会からとの接続が特別な形だった芸術が、ある意味「社会化」される中で、いままで繋がりの薄かった、常識的な社会規範を意識するようになったということではないでしょうか。

しかし、この「社会化」が行き過ぎると(以前言っていた地域おこしのような)「それは芸術である意味があるのか?」という問題にもつながってくるので、芸術が芸術であること、そしてそれが社会のなかで展開されることのバランスは、非常にシビアで難しいものです。

*参考リンクは、文章中の下線のある部分に埋め込んであります。


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