「旅する家」とは何か? 8
8 アートプロジェクトに至る美術史について3 アートプロジェクトへ
さて、長らくお待たせしました。やっとこの辺から「アートプロジェクト」へ続く道筋が見えてきますよ。
そんな中、同じく美術の外側へ可能性を広げていった流れの中に「場」を基軸とした流れがありました。美術館やギャラリーで作品を制作、展示するという事に見切りをつけ、現実の環境や地形の中で作品を構成し始めた作家たちが「アースワーク」というジャンルを生み出しました。
、湖に渦巻き状の堤防を作ったの「螺旋状の突堤」、海岸を丸ごと巨大な布で覆うクリストとジャンヌ=クロードの「梱包された海岸」など、まさに「アースワーク」の名の通り、地球自体をキャンバスにするような作品が多く作られました。広大な平野にステンレスの棒材を無数に立て、落雷が落ちる瞬間を見せるウォルター・デ・マリアの「稲妻の原野」、湖に渦巻き状の堤防を作ったロバート・スミッソンの「螺旋状の突堤」、(常陸太田ではアンブレラプロジェクトでおなじみ)海岸を丸ごと巨大な布で覆うクリストとジャンヌ=クロードの「梱包された海岸」など、まさに「アースワーク」の名の通り、地球自体をキャンバスにするような作品が多く作られました。
現実の環境に作品をそのまま設置するという事によって、環境の変化や、それに伴う作品の風化や消失も含めてそこで起こる現象すべてが作品化されるようになり、その場にしかない流動的な要素で作品を構成する「サイトスペシフィック」(場の特別性)という概念が生まれました。
このように作品の設置後も、環境の中で起こる変容が作品の要素となってくると、作品が出来た時が完成なのか、そこからの変化も作品に含まれるのかなど、どこの時点をもって作品の「完成」とするのかという概念も揺らぎ始めます。そこで作品が成立する過程や、完成の様式をもたずに活動を継続し続ける事自体を作品とする「ワークインプログレス」(活動継続中)という考え方も生まれてきました。
また、これとは別の潮流で、「作者(アーティスト)」が作った「作品」を「鑑賞者」が「見る」という、これまでの芸術の受け入れかたそのものの関係性を問い直す「リレーショナルアート(関係性の美術)」が起こりました。
場に大量のキャンディーを敷き詰め、観客が持ち帰った分だけ補充され続けるというフェリックス・ゴンザレス=トレスの「無題(偽薬)」、展示会場でパッタイ(タイ風焼きそば)やカレーを来場者に振る舞ったリクリット・ティラバーニアなどが知られています。このような作品では、観客はキャンディーを拾ったり、パッタイを食べたりする事で作品に関わり、そのことで作品や、その展示風景が変わって行きます。っs
鑑賞者として来た人が、作品の構造の一部となったり、制作に加担することになり、「作る/鑑賞する」「作者/観客」といったこれまで固定的だった関係が様々に変容して行く面白さがあります。このように誰もが作品の成立に関与する可能性がある状況を提示し、その経験を共有することが新たな芸術のありかた=「リレーショナルアート(関係性の美術)」として提示されていきました。
様々な事が起こる「場」と、そこに様々な人が「関係」することが、新たな芸術のあり方として表出する中、次にアーティストたちが表現の場としての可能性を持ったのが、我々が暮らす実社会そのものの中で芸術を実践することでした。
世の中で一番リアルで、一番どこにでもある「場」や「関係性」があるのは、人間の日常生活や共同体の中であり、そこで有機的な関係性を持った表現を行う実験。それが今日「アートプロジェクト」と呼ばれる活動の発端となったのです。その後、作家が場に滞在して制作を行う「アーティスト イン レジデンス」(滞在製作)、参加型の学びと創造の場としての「ワークショップ」、街や地域の中で多様な「アートプロジェクト」を一同に提示する「芸術祭(アートフェスティバル)」という形態など、様々な展開を起こしながら、「アートプロジェクト」は現在の形に至っています。
長々と語ってきた、「アートプロジェクト」が生まれた「西洋美術史」の、ここまでの流れをまとめると、
自己表現が可能になった近代に入り、様々な視覚表現を開拓し尽くした「近代美術」が、近代を乗り越える新たな価値観を見出そうとした時、美術の概念化と他分野との融合を基軸にした「現代美術」が始まりました。
さらに「現在」に入り、多元的な表現が一斉に起こり、その中で特に変容する環境そのものや、作品を成立させる「場」を意識した運動と、そこに関わる人の「関係性」それ自体を含めて提示するような動きが起こり、そのような流れを背景に、実社会において芸術を実践するあり方として「アートプロジェクト」が生まれた。ということになります。
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