4. 大きな一歩
待っている間、何をしていたか覚えていない。
近くの駅ビルで買い物でもしようと思ったがソワソワしてしまい、結局ベンチに座って待っていた気がする。
歯医者が終わったと連絡があった。
ビルの近くで待ち合わせをして、どことなく誇らしげな顔をした彼を見る。
小学生の子供を見ているような母性が湧くのは何故だろう。
いや目の前にいるのはおじさんだが。
極度の緊張を乗り越えたからか、彼は饒舌だった。
問診票に何を書いたか、どんなことを聞かれたか、歯科衛生士さんはどんな方だったか。
逐一説明してくれた。本当に小学生みたいで素直で良い。
むしろ私の方が心配してあれこれ聞いていたかもしれない。
とにかく、歩いて20分の家路をずっと話しながら帰った。
「見て!見て!」
家に着くなり洗面所の鏡を見に行った夫の呼ぶ声が聞こえる。
「全然違う!」
本当に全然違った。さっきまでは外だったので、歯を剥き出しにして確認できなかったが
これは凄い。歯と歯の間、歯と歯茎の間にあった黒い線が消えている。
(どれほど元がひどかったのかという話は一旦置いておこう。)
先生曰く、「まあまあ酷い」レベルの口内環境だったらしく、初日の今日はレントゲンや歯の写真を撮影した後、下の前歯のみ歯垢除去をしてもらったらしい。
それでこれだけ変わるとは。
正直、夫も歯医者に行く前に入念に歯磨きをしていたが、どうしても取れない汚れがあった。それが一度歯医者に行くだけでこんなに変わるとは。
「もっと早く行けば良かった」
10年前の私が聞いたら泣くんじゃないだろうか。
彼も10年怯えていたのだろう、周りも気づいている人もいたはずだ。
その周りの目線でさえ、本人も分かっていたのではないか。
自業自得だと思いつつ、辛かっただろうとも思う。
こうして夫は大きな1歩を踏み出した。
(続く)
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