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玉手箱の秘密(本文)
シーン1:浜辺
むかしむかし、あるところに浦島太郎という若者がいました。
太郎は女性が大好き。毎日、浜辺をぶらぶら歩いては海女さん達にちょっかいを出していました。
ある日、太郎がいつものように浜辺を歩いていると、カメをいじめている子どもたちに出会いました。
太郎「こらこら、そんなことをするのは止めなさい」
太郎は子どもたちとカメの仲裁に入りました。
子どもA「あ、太郎の兄ちゃん。また浜辺でナンパしてたんでしょ」
子どもB「女の人にいいところ見せたいだけでしょ」
太郎「そっそんなことは…」
太郎は困ってしまいました。子どもたちの言ったことは全部本当だったからです。
海女A「あ、太郎さんよ!」
海女B「いつ見てもイケメンねぇ」
海女C「子どもたちからカメを助けてやるなんて、優しいわぁ」
子どもたちが去ると、太郎は一人の海女さんとどこかへ行き、カメはその場に取り残されました。
シーン2:カメとの出会い
次の日。太郎が浜辺を歩いていると、昨日のカメに会いました。
カメ「昨日は助けてくれて、どうもありがとうございました。お礼に竜宮城へ招待させてください」
太郎「困ったなぁ。これから昨日の子とデートなんだけど…」
カメ「竜宮城には美しい乙姫様がいらっしゃいますよ」
太郎「なんと!それはぜひ会いに行かなければ」
カメは太郎に小瓶を一つ手渡しました。
カメ「この瓶に入っている薬を飲むと、海の中でも呼吸ができます。さぁ、お飲みなさい」
太郎は言われた通り薬を飲み、カメの背に乗って海の底にある竜宮城へと向かいました。
シーン3:竜宮城
竜宮城、乙姫の部屋。
乙姫が若い男性の姿をした石像にうっとり見入っています。この石像は、乙姫が海底を散歩していたとき偶然、見つけたものです。
乙姫「ああ、一度でいいから人間に会いたいわ」
人魚である乙姫は、人間に強い憧れを持っていました。
乙姫「でも、お父様から陸の世界には決して行ってはいけない、と言われているのよね…」
乙姫はため息をつくと、石像の顔を撫でました。
乙姫の父である殿様は、陸の世界も人間も大嫌い。海に住む者たちが、陸の世界と交流を持つことを厳しく禁じていました。
乙姫が三度目のため息をついたとき、侍女であるワカメが乙姫に近づいて言いました。
ワカメ「実は、竜宮城を追われたカメが人間を連れてこっそり帰ってきているそうです」
乙姫「何ですって?」
ワカメ「門番の話だと、かなりイケメンだそうですよ」
乙姫の胸は高鳴りました。
乙姫「すぐに連れて来なさい。くれぐれも内密に」
カメは横領の罪で竜宮城を追放されていたため、乙姫の父が知ったら大変なことになります。
実は、ワカメも門番もカメから賄賂を受け取っていましたが、乙姫は知る由もありません。
しばらくすると、太郎を連れたカメが乙姫の部屋にやって来ました。
シーン4:乙姫、恋に落ちる
カメ「乙姫様、ご無沙汰しております」
太郎「はじめまして、浦島太郎です。あなたのような美しい女性に会えて、とても嬉しいです」
乙姫「まあ!なんて素敵!!」
乙姫は太郎を見た瞬間、恋に落ちました。
カメ「実は、陸で人間の子どもにいじめられているとき、この男に助けられまして。こんな良い人間がいるものなのか、と感心しておりましたところ、乙姫様が人間に興味がおありになることを思い出して、連れてまいった次第です」
乙姫「まあ、見た目だけではなく内面も美しいのですね」
太郎「ははは。まあ、よく言われます」
乙姫「太郎様、カメを助けてくれたお礼に、どうぞ竜宮城で楽しんでいってください」
そうして太郎はしばらくの間、竜宮城で暮らすことになりました。
乙姫の計らいでカメは竜宮城に戻れることになり、太郎の世話係を言いつけられました。
シーン5:太郎の浮気
それからしばらくのあいだ、太郎と乙姫は竜宮城で楽しく暮らしました。
乙姫は憧れだった人間(しかもイケメン)と一緒に暮らせて毎日、幸せ。
でも、一つだけ困ったことがありました。それは、太郎の浮気癖です。
太郎は陸でも海でも変わらず、女性が大好き。可愛い人魚を見かけるとすぐに声をかけ、乙姫をほったらかしにします。
怒った乙姫が何度、咎めても太郎は一向に反省しませんでした。
乙姫「ああ、太郎様。私がこんなに愛しているのに、どうして?」
貝(侍女)「あの方の浮気はもはや病気です。おじいさんにならないと浮気をやめませんよ」
ワカメ「そういえば昨日、あの方がサンゴ礁の君と二人でいるのを見ましたわ!」
貝「しっ!お黙りなさい!」
乙姫「…何ですって?」
貝・ワカメ「…」
乙姫「サンゴ礁の君に手紙を。明朝、こちらへ来るように伝えなさい」
ワカメと貝は慌てて乙姫の部屋を出ていきました。
シーン6:カメの焦り
貝がお茶の準備をしていると、大きな宝石を甲羅に乗せたカメがやって来ました。その宝石は乙姫が太郎を連れてきた褒美として、カメに与えたものです。
カメ「お、どうしたんだ?お茶会でもするのか?」
カメは宝石を見せびらかすような姿勢で尋ねました。
貝「そうよ。あんたが連れてきた人間が、よりにもよってサンゴ礁の君に手を出したの」
カメ「な、何だって!サンゴ礁の君といやぁ、乙姫様のいとこじゃないか。しかも乙姫様とは犬猿の仲」
貝「乙姫様はお怒りよ。明日のお茶会で、サンゴ礁の君とやりあう気ね。どうなることやら」
カメ「うーむ。身分的には乙姫様が高位だが、サンゴ礁も最近、貿易で調子がいい。殿様はなるべく波風を立てたくないんじゃないか」
貝「そうでしょうね。でも乙姫様には関係ないわよ。何てったって、殿様が交流を禁止している人間を、こっそり竜宮城に住まわせているくらいですもの」
カメは焦りました。カメと太郎の存在は、乙姫と城で働く一部の者しか知りません。万が一、この件が大事になって乙姫の父親が二人の存在を知ったら大変なことになるでしょう。
カメは急いで南の海にある、サンゴ礁の君の城へ向かいました。
シーン7:デート
ちょうどその頃。サンゴ礁の君と太郎は、美しいサンゴの海でデートをしていました。
そこに慌てたカメがやってきました。
カメ「おい、マズいことになったぞ!乙姫様がお前らのことを知ってカンカンだ」
カメが太郎を世話するうち、二人はすっかり打ち解けた仲になっていました。
太郎「何だって!もうバレたのか。今回は早かったな…」
サンゴ礁の君はそばのサンゴに腰を下ろすと、自分の爪を眺めながら言いました。
サンゴ礁の君「そういえば、さっき乙姫から手紙が来てたわね。お茶会なんて何かあると思ってたけど、やっぱりそういうことだったの」
カメ「太郎、お前は一旦、身を隠した方がいい。大事になって殿様にでもバレてみろ、あとが厄介だ」
こうして太郎はサンゴ礁の君が住む城にかくまわれることになり、サンゴ礁の君はお茶会へと向かいました。
シーン8:お茶会
竜宮城。乙姫とサンゴ礁の君が向かい合って座っています。
乙姫「太郎さんに手を出さないで頂戴」
サンゴ礁の君「まあ、いきなりね。言っとくけど、先に手を出したのはあの人よ」
乙姫「でたらめを言わないで!」
乙姫は怒りで顔を真っ赤にしました。
サンゴ礁の君「まぁ、怖い顔。確かに、太郎さんはイケメンで優しいわ。でもかなり女好きだし、すっごくバカ」
乙姫「太郎さんのことを悪く言わないでよ!」
乙姫は今にも掴みかかりそうな勢いです。
サンゴ礁の君「いいこと教えてあげましょうか?」
乙姫「…いいこと?」
サンゴ礁の君「あの人、多分、今度は私の侍女に手を出す気よ。昨日、色目を使っていたもの」
乙姫は言葉を失いました。やはり貝の言った通り、太郎の浮気癖は病気のようです。
サンゴ礁の君「あなたと揉めるのは面倒だから、私はこの辺りで手を引くわ。あの人は今、私のお城にいるから引き取りに来て。それと」
サンゴ礁の君はお付きの者に目配せすると、美しい模様が描かれた箱を持って来させました。
サンゴ礁の君「この玉手箱は、遠い海から来た貿易商人にもらったの」
サンゴ礁の君は、細く白い指でそっと玉手箱を結ぶ赤い紐をなぞりました。
サンゴ礁の君「この紐を解いて、蓋を開け、一番最初にした言葉が願いになるそうよ。これをあなたにあげるから、好きに使って。ただし、私と太郎さんとの関係はあなたのお父様には黙っておいてね」
そう言うと、サンゴ礁の君は玉手箱を置いて、さっさと竜宮城を出て行ってしまいました。
貝「乙姫様、いかがなさいますか?」
乙姫は貝の問いかけには答えず、玉手箱を抱きかかえると、自分の部屋にこもってしまいました。
シーン9:乙姫のたくらみ
数日後。乙姫はカメを自分の部屋に呼びました。
乙姫「お父様に太郎さんの存在がバレてしまったわ。お父様が太郎さんを殺してしまう前に、早く陸の世界へ戻してあげて」
カメ「ですが、あの男は竜宮城に来る前に薬を飲んでしまった。もう陸の生活には戻れません」
太郎が飲んだ薬は、陸の者が海で生きられるように、逆に海の者が陸で生きられるようにする魔法の薬でした。
乙姫「あの薬はお父様がお前に与えたもの。海を追放されたお前が陸で生きられるよう、温情として授けたのだ。それを人にやったのか?」
乙姫が咎めると、カメは困って黙り込みました。乙姫は懐から小瓶を取り出しました。
乙姫「これはあの人が飲んだ薬と同じもの。お前はあの人を無事に陸に送り届け、この薬を飲ませなさい」
カメは焦りました。もし太郎が陸に帰ってしまったら、今の地位を失ってしまうのではないか、と考えたからです。
カメ「あの男は海に長く居すぎました。陸の世界は時間が早く過ぎるため、帰っても知り合いはみな死んでしまっています」
乙姫「大丈夫よ。サンゴ礁の君からもらった玉手箱がある。あの人が陸に帰った後も幸せに生きられるよう、願い事をかけておいたわ。これを一緒に持っていきなさい」
乙姫はにっこり笑って言いました。カメはもう何も言い返せませんでした。
シーン10:玉手箱の秘密
カメから事情を聞かされた太郎は、すぐに海を発つことになりました。
太郎「ああ、最後にもう一度、乙姫に会いたかった」
カメ「浮気ばかりしていたくせに。お前も懲りないな」
カメは太郎を背に乗せて、来た道とは逆の方向へぐんぐん進み、二人が最初に出会った浜辺にたどり着きました。
カメ「さぁ、着いた。まず、この薬を飲むんだ。お前は海の生活が長すぎた」
太郎は言われた通り薬を飲みました。
カメは内心、薬に毒が入っているのではないか、乙姫が浮気ばかりする太郎を殺そうとしているのではないか、と疑っていました。そのため、しばらく経っても太郎が生きているのを見て、安心しました。
カメ「陸の空気に慣れるまで、この岩陰に隠れてな。それと、これは乙姫様からの贈り物だ」
カメはそう言うと、甲羅に括り付けていた玉手箱を差し出しました。
太郎「ほぉ、これは美しい」
カメ「お前が陸に帰っても幸せに生きられるよう、願をかけておいたそうだ」
太郎「なんと、素晴らしい!乙姫はいい女だなぁ」
そんな太郎を見て、カメは「バカだな。乙姫がそんないい物をお前にくれるわけないだろう」と思いました。でも、本気で喜ぶ太郎を前に、そんなことは言えませんでした。
カメは帰り際、太郎の方を振り向いて言いました。
カメ「色々あったが、これも何かの縁。俺からの最後の忠告だ。その玉手箱は決して開けるな」
カメはそう言うと、海に潜って行ってしまいました。
太郎「はて、なぜ開けてはいけないのだろう?」
太郎は不思議に思いました。でも、考えても答えは出ません。
少し経って、太郎は岩陰からそっと出ました。ゆっくり浜辺を歩いていると、見覚えのない家が見え、変てこな服を着た人とすれ違いました。
太郎「どうもおかしいぞ」
太郎は立ち止まりました。その後ろ姿を指さしながら、若い女性たちがひそひそ話をしています。怖くなった太郎はもといた岩陰に飛んで帰りました。
太郎「どうなっているんだ?」
そのとき、太郎は玉手箱の存在を思い出しました。「開けてはいけない」とカメに言われていましたが、混乱していた太郎はつい開けてしまいました。
すると、箱の中から白い煙がモクモクと出てきて太郎を包み込み、太郎はおじいさんになってしまいました。
箱の底には一枚の手紙が入っていました。
『あなたが永遠に浮気できないよう魔法をかけます。
愛しているわ。乙姫』
(終)
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