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【14】かぐや姫の憂うつ (短編小説)

14:かぐや姫の憂うつ

ある真夜中。

かぐやは一人、文机に向かっていた。

といっても、手紙を書くためではない。

考え事をするためだ。

目下の問題は、ソクシツにならずにミカドの子を宿すにはどうすれば良いか、ということである。

手紙のやり取りを通じて、ミカドが自らの責務に対して忠実であることが分かり、かぐやは好印象を持った。

自身も使命を背負っている身として、共感と親しみを覚えたのだ。

ミカドも自分に好意を抱いているらしい。

「できれば、合意の上で子どもを宿したいのだけれど…」

後継ぎをつくることは世を統べる者としての役目ではあると承知しているが、かぐやの求めるところではない。

月人は古来よりニンゲンからセイシをもらって生き長らえてきた。

その点に関して月人はニンゲンに感謝をしており、だからこそ今まで無理やりセイシを奪うことはしなかった。

ソクシツになり子を宿した後、ゴテンを抜け出して月に帰ることは可能だ。

しかし、それは月人としての誇りが許さなかった。

何よりミカドの被る迷惑を考えると、かぐやは頭を抱えた。

カッ、カッ。

音がした方を見ると、しっかり下ろしたミスの向こうに影が見える。

小さな灰色の塊だ。

塊が動いたかと思うとサッとミスが開き、真っ白なネコが入り込んで来た。

ネコはかぐやの正面まで優雅に歩いていき、一礼して座った。

「先輩、悩んでますね。とても、深刻に」

「うるさいわね」

かぐやはピシャリと言って、ネコに向き直った。

「私はお前の先輩じゃなくて主人よ、ハク」

「おお怖い。私は先代の月人さんたち全員を先輩と呼んできましたよ」

ハクは背中の毛をなめながら答えた。

「で、情報は?」

かぐやはハクを無視して続ける。

「焦らなくても、ちゃーんと持ってきましたよ。でも、その前に一つ聞きたいことがあるんです。答えてくれますか?」

「内容によるわね」

「冷たいなぁ。僕と先輩の仲じゃないですか」

ネコが出すネコなで声に、かぐやは心底嫌そうな顔をした。

しかし、当の本人はまったく気にしていない様子だ。

「あのヨウという少年。いや、青年かな。彼に何か問題があるんですか?」

「…問題?」

「いえね、心身ともに健康で、生命力に溢れてる。頭も悪くない。おまけに、あなたに非常に忠実だ。貴族ではありませんが、先輩にとっては、そんなことどうでも良いでしょう?彼の何が問題なんです」

かぐやは黙った。

どう答えるべきか、思案している様子だ。

「先輩、僕たちの間で隠し事はなしですよ。僕たち妖は月人さんに力を与えてもらう代わりに、あなた方の命令を受けて働く。そこには信頼関係が必要です」

真っ白な顔の中央にある、黄色い目が光った。

妖の中でもハクは優秀で歴代の月人たちが彼を頼りにしてきたし、かぐや自身もハクなしでは任務遂行は不可能だと感じている。

しかしハクは気まぐれで、へそを曲げると面倒な性格でもあった。

かぐやは大げさにため息をついて、話し始めた。

「見た目からは分からないでしょうけれど、ヨウは火事が原因で子を成せない体になってしまったの。火事から助け出された後、ひどい高熱を出してね。医者にそう言われたわ」

「なんと」

ハクは気の毒そうな声を出した。

「お前には言う必要がないと思ったから、言わなかっただけ。別に隠していたわけじゃないわ」

「…そうですか」

「分かったら、早く情報を頂戴」

「はいはい」

ハクは自らがニンゲンの姿で掴んだ情報を伝えた。

その中にはヨウを介してかぐやが知った情報も含まれていたが、ミカドの近況に関しては初耳だった。

「ミカドはあなたに本気ですよ」

「そう」

「まぁ、あの人が先輩への好意だけで動くことはないでしょう。立場がある身ですからね」

「…そうね」

「さっさと諦めて去った方が、あの人の傷は浅くて済むでしょうが…先輩はどうなんです。ミカドのことはお好きですか?」

「月人にニンゲンのようなレンアイカンジョウはないわ」

かぐやはミカドに対する自分の好意が、ニンゲンの世界で言う友情に近いものだと認識していた。

「過去に来た月人さんの中には本気でニンゲンに恋をして、フウフになった者もいたそうですよ」

「確かに、そうした事例もあるわ。私たち月人はあまり長くここにいると、ニンゲンのような感情を持ってしまうから」

月人は長い時間ニンゲンと共にいると、彼らのような複雑な感情を持ち、レンアイカンジョウすら抱けるようになる。

しかし、そうなった月人は月に帰ることができない。

月人が地球にいられるのはせいぜい5年だ。

「もう時間がないの。次の満月に私は月へ帰らないといけない」

「ええ、存じてますよ。そろそろ、どちらにするか決めないと」

「どちらか?」

ハクは声を立てずに笑うと、ミスの隙間からするりと出ていった。

「試してみればいいのに」という言葉を残して。

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蒼樹唯恭
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