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シンデレラの策略24-2:決別

どれくらいたったろうか。扉をノックする音でエラは顔を上げた。この屋敷にいるのはエラの他に一人しかいない。
エラはリチャードからの求婚後、ギルバートと話すことを何となく避けていた。今顔を合わせるのは気まずいが、無視するわけにもいかない。結局ギルバートが入って来るのを待った。
手入れの行き届いた服装に、なでつけられた銀髪―ギルバートはいつもの姿で一礼した。しかし普段と違い、目の下に深いクマができている。ギルバートの顔からは、苦悩とそこから来る疲労がありありと見て取れた。

―どうしたのかしら…。

エラは口を開きかけて、止めた。ギルバートが思い詰めた表情をしていたからだ。
ギルバートが話し始めたのは、エラがしびれを切らして声を掛けようとしたときだった。

「お嬢様に大切なお話があります」

ギルバートの重々しい口調に、エラは不安に襲われた。

―もしかして、この屋敷を出て行きたいと言うつもり?

今までの経緯から考えると、ギルバートがそう考えるのは妥当だ。むしろ今まで仕えてきてくれたのが不思議なくらいである。
状況から考えると、最終婚約者選びの話という可能性もあったが、そのときのエラには他の選択肢を思い浮かべる余裕は無かった。だから、ギルバートがオーリーについて話し始めたとき、彼女は拍子抜けしてしまったのだ。

「それで、オーリー様が人間への復讐…魔法使いの復権を考えている、ということは分かったわ。それにギルバートが誘われていて、手を貸そうかどうか迷っているのね」

「…はい」

エラの様子があまりに普通だったので、ギルバートは面食らっていた。ギルバートが話した内容は彼の過去以外全てである。決して軽く考えて良いものではないはずだ。ギルバートは焦った。

「オーリーはお嬢様を利用する気です。なぜそんな悠長に構えていらっしゃるのですか?」

エラは少し考えてから、
「私の復讐に何の関係もないからよ」と答えた。

ギルバートは唖然とした。長年仕えてきた主人が、何を考えているのかさっぱり分からない。

「お嬢様は人間です。人間を使役しようとする魔法使いに利用されても良いのですか?口では上手い事を言っていますが、きっと用が済めば王族であっても容赦しません。それでも良いのですか?」

いつの間にかギルバートは前のめりになって怒っていた。そんな彼とは対照的に、エラは落ち着いている。いや、無関心という方が正しいだろう。ギルバートはその姿に恐怖を覚えた。

「問題ないわ。だって、私には関係のない事だもの。私たちが辛いとき、この国の人が何をしてくれた?私はこの屋敷を取り戻し、お義母様たちに復讐できればそれで良いの」

「お嬢様…!」

「狂っていると言いたいの?私はね、悪魔に魂を売ったのよ」

エラは怒っていた。自分のことではなく、エラのことを心配する姿に苛立ちを感じていた。

―どうしてギルバートはいつもそうなの?どうして自分の幸せを求めないの?

エラは、ギルバートの言動が忠心や恩から来るものだと考えていた。それらに自由を奪われているように思えて、嫌だった。

―でも、ギルバートのために私は何ができるというの?ギルバートに甘えることしかできない私に…私こそが、この人を縛り付けているのに!

エラは自分の唇をきつくかんだ。

「…もしお嬢様が結婚されてお子を身ごもれば、その方の生きる世が辛くなります」

「…!」

「お考え直しください」

「…いいえ、考えは変えない。私から見ると、あなたの方がおかしいわ。魔法使いの楽園ができるかもしれないのに、どうして迷っているの?」

エラの言葉にギルバートは絶句した。

―もう、私の知っているお嬢様ではない。あのとき、屋敷が売りに出された日、お嬢様は変わってしまったのだ。

ギルバートはしばらく無言でその場に立ち尽くしていたが、くるりと背を向けると部屋を出て行った。その後、ギルバートが屋敷に帰って来ることは二度と無かった。


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蒼樹唯恭
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