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シンデレラの策略2

「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、慣れているわ」
エラとギルバートは、広間から厨房へと移動し、粗末な木の椅子に向かい合って座っていた。
ギルバートに力なく微笑むエラの顔には血の気がなく、唇はひどく荒れている。裕福だった少女時代からはかけ離れたエラの姿を見て、ギルバートは一瞬、館を出てはどうかと言いかけたが、すぐにその言葉を引っ込めた。
エラにとって、この屋敷は両親の形見であり、生きるよすがでもある。ここを離れて生きる人生など、彼女にとっては考えられないことなのだ。
「お嬢様、今日は良い食材がいくつか手に入りました。これで何日かはもつでしょう」
話題を変えるために、ギルバートは街から持ち帰った大きな袋を取り出した。袋の中にはパンやチーズ、干し肉などが目一杯詰め込まれている。
ギルバートはエラの喜ぶ顔を期待してその顔を覗き込んだが、彼女は袋の中身を少し見ただけで難しい顔をした。
「ギルバート、お前また魔法を使ったのね」
袋の中身はエラが持たせたお金では、決して買えないものばかりだ。エラは目を逸らそうとするギルバートの顎を掴んだ。
「本当のことを言って頂戴」
「…いいえ、お嬢様。今は街中が舞踏会の話で浮かれていて、店主が随分まけてくれたんですよ」
「そう。では、お前の短くなった髪はどう説明するの?」
顎を掴まれたままのギルバートは、そのまま右を向かせられる。あらわになった左耳のすぐ横には、あるはずのものがきれいに切り取られて無くなっていた。
「何度も言うけれど、魔法を使うのは危険よ。誰かに知られたらどうするの?」
エラの正論にギルバートは反論する術がなかった。
エラたちの住む国には、魔法使いと呼ばれる少数民族が住んでいる。魔法使いは自らの銀色の髪を用いて、魔法と呼ばれる不思議な力を操ることができた。
土を金に変え、病人やけが人を癒す魔法の力。しかしそれはあまりにも強大であったために、時の権力者に利用され、また他の民族から迫害される理由にもなった。
あるときを境に魔法使いたちは魔法を使うことを禁じられ、深い森の中に隠れて住むようになる。今ではもう、銀色の髪が魔法使いの証であると知る者はこの国にほとんどいない。
「…申し訳ありません」
ギルバートはうなだれた。
エラがギルバートのことについて知らされたのは、彼女がまだ幼い時、母親からだ。しかし、どんな理由で彼が森を出てこの館に使えているのか、どうして母親だけが彼の正体を知っているのか詳しいことをエラは何も知らない。ただ、ギルバートがエラの母親に特別な想いを抱いており、そのために母が亡くなった今でも自分に良く仕えてくれているのだということは理解していた。
「謝ることはないわ。私のためにしてくれたんですもの。でも、次回の買い物は私が行くわよ。ギルバートは留守番していて頂戴」
ギルバートはそれを聞いて慌てた。
「お嬢様、それはいけません。貴族のご息女がお供も連れずに街に出るなど、聞いたことがございません」
「あら、ではどうするの?2人とも街へ行ってしまったら、あの人たちはきっと良からぬことことを企むに決まっているわ」
「しかし、危険です」
「そうね。でも館にあの3人だけを残しておくことの方が、よっぽど危険じゃなくて?」
ギルバートは心の中で大きくため息をついた。エラは一度言い出したら聞かない性格だ。これ以上、反対しても彼女が折れることはないだろう。強情な女主人が納得でき、かつ自分の意見を通せるような解決策はないだろうか。
「わかりました。では私の代わりにこれをお持ちください」
ギルバートはそう言うと、懐から銀のコインを取り出した。
「もし何かあったら、これを空に向かって投げてください。そうすれば鳥が飛んできて、きっとお嬢様を助けてくれるでしょう」
エラは頷いてそのコインを受け取ると、下着のなかに大事にしまった。

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蒼樹唯恭
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