シンデレラの策略 8.5 【ギルバート過去編】
*あらすじ*
継母たちに虐げられながら、屋敷を守るため召使のように働く少女・エラ。
エラを側で見守る執事で魔法使いのギルバートは、継母たちへの復讐に手を貸すことを約束した。
ギルバートは昔、森に住んでいたが好奇心から人間の世界を覗こうとする。そのとき偶然、赤い髪の少女に出会って…。
「あんなことで失神するなんて、魔法使いって繊細なのね」
赤い髪の少女は、呆れたように言った。先程ギルバートに向けられていた短剣は、今、彼女の細くくびれた腰のベルトに収められている。
あの後すぐに、少女は水をかけてギルバートを叩き起こすと、水浴びを覗いていたのかどうか尋問した。「外の人間」に対する恐怖と、自分の失態に対する恥ずかしさとでギルバートは口もきけない状態だったが、魔法使いの誇りのために自分を奮い起こして否定しなければならなかった。
「…人間を見たのは初めてだったので」
ギルバートは地面を見たまま小声で反論した。
「だからって、人間を見る度に気を失ってたんじゃ、そのうち捕まってどこかに売り飛ばされちゃうわよ。魔法使いなんて、私たちの世界じゃ伝説の存在なんだから」
「はあ…」
「私のひいおばあ様の友人にも、それはきれいな銀髪の魔法使いがいたんですって。でも、迫害が厳しくなってどこかに消えてしまったらしいわ。だから、本物の魔法使いを見るのは私、初めてよ」
少女が目を輝かせて近付いてきたので、ギルバートは素早く後ろに下がって距離を取った。
「あなた、ギルバートって言ったかしら、私のことが嫌い?」
真っ直ぐな視線を受けて、ギルバートは今までに感じたことのない居心地の悪さを感じた。
目の前の人間は、どうやら自分が思っていたような「外の人間」とは何かが違う。魔法使いを見ても恐れて排除しようとすることはなく、むしろ興味を持ってこちらのことを知りたがっているように見える。
父親の教えを疑ったことのなかったギルバートは、内心で首を捻った。
「ちょっと、聞いてるの?」
「あ、はい…いえ、嫌いというわけでは」
ここで相手の気分を損ねてしまったら、仲間を呼ばれて捕まってしまうことも考えられる。まだ、この人間を信用してはいけない。ギルバートは曖昧な返事でごまかすことにした。
「じゃあ、怖い?」
少女の質問にギルバートは目を丸くした。
「だって、あなたさっきからずっと肩が震えているわ」
ギルバートが自分の肩に手をやると、小刻みに揺れていた。
「私は人間だけど、あなたを傷つけたりしない。さっきは、まあ、危なかったけれど。でもそれは、あなたが水浴びを覗き見していたと勘違いしたからよ。ごめんなさい」
少女はそう言って、ギルバートの顔を覗き込んだ。
深紅の瞳に映るギルバートは、情けない程驚いた表情をしている。その瞬間、ギルバートは自分が見えない何かに捕らえられたような、不思議な感覚を覚えた。
「ねえ、良かったら私と友達になってくれない?私、外見がこんな感じだから珍しがられてチヤホヤはされるけれど、誰も友達にはなってくれないの」
少女は赤い髪を片手でもてあそびながら言った。
この国では、黒や茶色の髪色が最も多く、金髪は珍しい。それ以上に赤髪、特に彼女のような真っ赤な髪は滅多にある色ではなかった。それに加えてその類まれなる美貌は、より彼女を特別なものとして孤立させた。
「…私は、魔法使いです」
「知ってるわ。でも、それが何だって言うの?」
「…」
「確かに人間は昔、魔法使いに酷いことをしたわ。同じ人間同士なのに、迫害して森に追いやった。それは許されないことよ。でも、今は私とあなたで話しているの」
話に熱が入って勢い余った少女は、一歩、ギルバートに向かって踏み出した。しかし、ギルバートは今度は後ろに退かなかった。
『同じ人間同士』。
その彼女の言葉に、ギルバートは金づちで殴られたような衝撃を受けたのだ。
気が付くと、ギルバートは自分でも気付かないうちに頷いていた。
少女はぱっと表情を明るくすると、彼の手を取って言った。
「ありがとう。とっても嬉しいわ。私はイサベルこれからよろしくね、ギル」
これがイザベルとギルバートの出会いだった。