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【12】かぐや姫の憂うつ (短編小説)

12:3つの焦り

その後二人はしばらく話をしたが、結局「何事もなく」ミカドは帰った。

その後ろ姿を見送って、ロウフウフ(老夫婦)は今後の動向を思ってヤキモキし、ヨウは安堵した。

かぐやはまだ月の宮にいて、空を見つめている。

「姫様」

ヨウは恐る恐る声をかけた。

「…何?」

振り向いたかぐやの顔は月明かりに照らされ一層美しい。

しかしその表情には様々な感情が混ざりあっているように見えて、ヨウは再び胸をざわつかせた。

かぐやにとって、怖いと感じたニンゲンはミカドが初めてだった。

会話が進むにつれその恐怖も和らいでいったが、やはり最初に抱いた印象は大きい。

なぜそんなにも怖いと感じたのか、かぐや自身も分からず戸惑っていた。

翌朝、考え事に耽る様子のかぐやを見て、周りの者たちは彼女が恋に落ちたのだと噂し合った。

そんな状況だったから、ヨウは大主人にせっつかれる形で渋々かぐやの部屋に上がることになったのである。

「ヨウ。優秀な遺伝子の条件を覚えている?」

部屋に入るなり投げかけられた問いに、ヨウは嫌な予感を感じた。

「はい。第一に、健康であること。第二に、生き抜くための精神的な強さがあること。第三に、賢いこと。第四に、生殖能力とその意思があることです」

スラスラと答えるヨウに、かぐやは満足した様子で頷いた。

「そう。今までのオトコたちは、どれかが欠けていた。でも、あの人は合格よ」

「あの人」がミカドであることは明白だった。

「…では、計画を実行されるのですか?」

ヨウはざわつく心を鎮めようと、わざと低い声で尋ねた。

「そうね。そうなると思うわ」

「側室の件は?」

「そこが問題よ」

かぐやは手を顎に当て、黙った。

彼女が考えるときの癖だ。

この癖をヨウは好ましく感じていたが、今はその感情に苦いものが混ざっている。

「私が月に帰るまでの時間は、あまりないわ」

「…はい」

「だからその間に、子を腹に宿さなければいけない」

かぐやの視線は、外へ移る。

「万が一、ソクシツになったとしても、腹の子と共に月へ帰る手もある。私の力があれば、それは可能よ」

「では…何を迷っていらっしゃるのですか?」

言ってから、ヨウは後悔した。

その先は聞きたくない、と反射的に思ったからだ。

かぐやはチラッとヨウを見てから、また外へと視線を戻し黙った。

ミカドは手紙を書こうとしてやめ、再び筆を持ち、また下ろすのを繰り返していた。

大きなため息が、少し遠くに座る花愛君にまで伝わってくる。

「ヘイカ、そのため息を包んで届ければ、きっとあの方も感動されるに違いありません」

「…それ、気持ち悪くないか?」

「とんでもない!オンナというものは、いいオトコを虜にしているという満足感と優越感に身もだえるものですよ」

花愛君は真面目とも不真面目とも取れる表情で言った。

「私は、本気で悩んでいるのだ」

「分かっております。誠実なヘイカのことです、かぐや様をソクシツにされることに罪悪感を感じておられるのでしょう」

図星を指されたミカドは、不機嫌そうに黙った。

「世継ぎの誕生は急務です。うるさい大臣たちを黙らせるためにも、早いに越したことはない。しかし、かぐや様がソクシツになれば、かのお方が陰謀に巻き込まれることは必須」
「ああ…」

「悩みますね。とても深刻に」

「お前が言うと、全く深刻に聞こえんな」

花愛君は気を抜くと緩んでしまう口元を隠した。

「かぐや様を政治のごたごたに巻き込みたくなければ、ソクシツにこだわらずとも良いのでは?」

「そう簡単に言ってくれるな」

「しかし、かぐや様の血筋に問題があるのは事実です。あのロウフウフは親戚の子だと言っていますが、どうも怪しい。そもそも、彼らも親戚もキゾクではないでしょう。その辺りを、きっと大臣たちは糾弾してくるに違いありません」

「分かっている。だが、恋人になったからといって、命を狙われる危険がないわけではない。それに何より、私には強力な後ろ盾のある跡継ぎが必要なのだ」

ミカドは頭を振って立ち上がり、部屋を出ていった。

その後ろ姿には疲れが見える。

「面白いことになってきたな」

花愛君は一人笑みを深くした。

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蒼樹唯恭
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