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シンデレラの策略6.5

*前回のあらすじ*
青年の正体はリチャード王子だった。「ガラスの靴がぴったり合う女性が、王子の結婚相手にふさわしい」という魔法使いオーリーの言葉に従い、リチャードはその策に乗ることにする。

「あのエラという少女について、気になることがある」

リチャードは足を組み直した。
エラは、明らかに貴族であるにもかかわらず、粗末な服を着て平民のフリをしていた。お供も連れず白昼堂々と街を歩く姿から、貴族の娘がお忍びで出歩いているとは想像し難い。リチャードが問うても、頑なに自分は使用人であると主張する。何か事情があるのだろうと察するが、それが何かは分からない。
リチャードの話を聞いたオーリーは、しばらく顎髭に手を当てていた。

「エラ様のご両親はすでに亡くなられており、後妻の方とその娘様たちと共にお暮しになられていると聞いております。しかし、御父上が身まかられてからは経済状況はあまり良くないようです」
「だからと言って、貴族の娘が使用人の真似事などするのか?」

この国では厳格に身分が分かれており、それにより従事できる仕事も区別されている。昔に比べその区分は緩やかになっているが、使用人という下働きの仕事を、没落したとはいえ貴族であるエラがしていることは考えられない。

「どうやら、後妻に入られた夫人と上手くいっていないとのこと。社交界の場にも、夫人と血の繋がった娘様たちだけが来られ、エラ様のお姿を見た者は近年いないようです」
「…どういうことだ」

王子は眉根を寄せた。
社交界は貴族にとって、避けては通れない場所である。特に年頃の娘はこうした場で人脈を広げ、周囲に自分の存在をアピールしておかなければいけない。良い結婚相手に巡り合うためには、まず、周りの評価を良くしておくことが必要だ。
この国で貴族の女性が生きていくためには、結婚は必ずしなければばならないものなのである。
そうであるにも関わらず、エラが姿を見せていないということは、自らの意思というより夫人の意向が絡んでいるのでは、と考えざるを得ない。

「おそらく、夫人が関係しているのでしょう」

オーリーがリチャードの考えを見透かしたように、相槌を打った。

「ならば、どうする。エラが舞踏会に行きたいと言っても、夫人が邪魔をしては行けないではないか」
「それは心配いりません。エラ様には強力な保護者が付いていますから」
「なに」

保護者ならば彼女をもっと守って然るべきではないか、と言い返そうとしてリチャードははっとした。どうして、自分はこんなにも今、会ったばかりの少女に感情移入しているのか。彼女が昔、城で出会った少女によく似ていたからか。いや、本当にそれだけ?

「オーリー、エラの家名は?」
「ベアーリングです」

ベアーリング家―聞いたことはないが、「リング」の付く家系は昔、王族が降って興ったものが多い。没落して力を失い、宮廷から遠のいた一族だろうか。

「エラ様の御父上は婿養子で、もともと貿易を生業とする新興貴族のご出身です。絹の売買に長けていらっしゃり、貴重な絹を入手して王族にも献上したことがあるとか」

絹、と聞いてリチャードは記憶に引っ掛かりを覚えた。
確か、10年以上前、隣国で生産される絹が滑らかで発色が良いと、宮廷で流行したことがある。后もそれを大変気に入り、その中でも特に質が良いものを定期的に献上させていた。その献上のために、エラの父親が宮廷に出入りしていたとしたら。
当時、リチャードはある貿易商の男が連れてくる子供と、よく遊んでいた。子供の名前は忘れてしまったが、明るくて活発な彼女といるととても楽しく、ついつい時間を忘れて城中で遊びまわっていたのを覚えている。同世代の少女と言えば、大人しく、外を走り回ることなど絶対にしない貴族の姫ばかりだったから、彼女の存在は新鮮だったのだ。
―あの少女が、エラだったとしたら。
そう思うと、ぱっと霧が晴れたような心地がした。
ー似ていたのではなく、本人だったのだ。

「…そうか。あの子が」

リチャードは一人笑んだ。

「何か良いことでも?」
「ああ」
「教えて下さらないのですか」
「教えん。お前が全部知っているというのも、癪だからな」

常にないリチャードの嬉しそうな様子に、オーリーは目を丸くした。

「お気持ちが態度に出ていいらっしゃる王子は、大変珍しゅうございますな」
「そうか」

リチャードは決まり悪そうに咳を一つすると、話題を変えるために宙を見た。

「ところで、お前のその情報はどこで仕入れたのだ?」

オーリーはよく城をふらっと出て行っては、いつの間にか帰ってくる。その間、何をしているのか聞いても、いつも上手くはぐらかされてしまうが、城外で情報集めをしているのではないか、とリチャードは踏んでいる。

「魔法を使ったのか」
「いいえ。魔法など使わなくても、これぐらいの情報は簡単に手に入ります」
「どうやって、と聞いても答える気はないんだろうな」

オーリーは目尻のしわを深くした。
リチャードは諦めて、椅子を立つと、オーリーを連れ城へと帰って行った。

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蒼樹唯恭
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