【7】かぐや姫の憂うつ (短編小説)
7:作戦会議
「さあ、どうしたものかしら」
かぐやはチチオヤがいなくなった部屋で、ハダギにウチカケ(打掛)というラフな格好になり、あぐらをかいた。
向かいに座るヨウが思わず目を逸らす。
しかし、かぐや自身は全く気にしていない様子だ。
「予想より早いですが、首尾よく進んでいますね。これで、帝の側室になれれば、姫様の目的は達成されるではありませんか」
ヨウは視線を逸らしたまま抑揚のない声で言った。
「そうとも言い切れないわ。ミカドが条件に適うオトコかどうか、私の目で見極めていないもの。もし条件に合わなければ、キゾク以外のオトコからも探そうと思っていたのよ。それに」
「それに?」
「ソクシツになるのはごめんだわ」
「…側室にならず、子が欲しいということですか?」
かぐやは頷く。
「ソクシツなんてなったら、宮中に上がらなきゃならない。今より自由を奪われるじゃない」
ヨウは絶句した。
ミカドの誘いを断るなんて、どうかしてる。
この世にそんなオンナがいるなんて信じられない、と顔に書いてある。
無論、かぐやだって、そうした気持ちは分からないでもない。
この島国に生まれたニンゲンにとって、ミカドは神とも言える存在だ。
そんな存在から誘いを受けたら、誰だってその手を取るに決まっている。
しかし、それはあくまでもニンゲンの話であって、月人であるかぐやには関係がない。
「私は、あなたたちとは違う。帝に言われたからって、関係ないわ」
「…では、どうするおつもりですか?」
ヨウは不安そうな声で問うた。
「ソクシツには相応しくない、と思わせられればいいのではなくて?」
「というと」
「ものすっごい悪女を演じてみせるとか」
「今のままでも十分だと思いますが」
とんできた蹴りを受け止めてヨウは黙った。
「まぁ、セイシツかソクシツの親戚あたりに動いてもらうのが、ベストでしょうね。そうすれば、こちらがわざわざ断らなくてもいいもの」
ヨウは頷くと、立ち上がりビョウブに手を掛けて止まった。
「目的を達成されたら、姫様はすぐに月に帰られるのですか?」
「知りたい?」
「…いいえ。俺は、何があっても、あなたについていきます。あの火事のときから、俺の命は姫様と共にありますから」
「ふん」
ヨウは深くお辞儀をして出て行った。
その後ろ姿を見送った後、かぐやは誰もいないことを確認し、床に寝転がった。
かぐやがヨウに自分の正体と地球に来た目的を話したとき、ヨウが彼女の話を信じるかどうか、自信はなかった。
優秀な遺伝子を月に持ち帰るーこんな突拍子もないことを、信じるニンゲンがいるだろうか。
しかし予想に反して、ヨウは最初からかぐやの話を信じた。
疑うという選択肢は最初からないようだった。
何か裏があるのではと思ったが、数年近くにいてもそんな気配は全く感じない。
本当に、命を救われた恩を返したい、と思っているようだった。
かぐやは、もう一つの可能性を考えていた。
例えば、レンアイカンジョウ(恋愛感情)だ。
ここまで考えて、かぐやはこの場にいない相手に向かって呟いた。
「不毛よ、ヨウ」
かぐやたち月人には、レンアイカンジョウというものが存在しない。
喜怒哀楽といった感情はあるが、人間ほど強くまた複雑ではないのだ。
もし、かぐやがヨウに対してレンアイカンジョウを抱けたとしたら、それは革命的なことだった。
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