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シンデレラの策略23-3: 王子の求婚
エラが部屋に案内されていくらか経った頃、舞踏会を抜け出してきたリチャードが部屋の前で息を整えていた。
もうすぐエラに会える。そう思うだけで胸が高鳴るのを自分でもおかしいと思う。まるで初めて恋に落ちた少年のようだ。
―いや、それもあながち間違ってはいない。幼い頃一緒に遊んでいた時分、私はあの少女にほのかな恋心を抱いていたのだから。
リチャードの記憶の中で、明るく活発な少女の顔がエラのものと重なる。その想像だけで彼の心臓はより一層大きく脈打った。
リチャードは大きく一つ深呼吸すると、ゆっくり扉を開いた。
「待たせてすまない。少し手間取って…」
用意していた言葉が途中で消え、リチャードはその場に立ち尽くした。目の前で振り返ったエラの姿が、月光を背にして神々しく輝いている。月の女神がいるのなら、きっとこんな姿をしているに違いない。
「お招きいただきありがとうございます」
エラは優雅にドレスの裾をつまむと一礼した。リチャードの視線が自分に注がれているのを意識しながら。
「…ああ。突然すまない」
「こちらこそ昨晩はせっかく使者の方を寄こしてくださいましたのに、そのままお返しして申し訳ありません」
「…構わない。夜も遅かったし…それに、手紙をありがとう」
リチャードは懐から大事そうに薄桃色の封筒を取り出した。エラをそれを見るとにっこりして、
「まあ。舞踏会のあいだ中それをお持ちでいらっしゃったんですか?」といたずらっぽく言った。
「そうだな…いや、どんな手紙でも持ち歩いているわけではない。あなたからの手紙が特別だからだ」
「…」
「あなたも気付いているように、私たちは幼い頃この城で何度か会っている。お父上が絹商人として王室に絹を献上する際、私たち二人は一緒に遊んでいた。そのことをあなたは忘れていると思っていたのだが…覚えていてくれてとても嬉しい」
リチャードは顔をほんのり紅潮させてエラを見た。
「ええ…もちろん覚えています」
エラはリチャードの熱っぽい視線に少したじろぎかけたが、恥ずかしがる振りをして目を伏せ、耐えた。
―思った以上にご執心みたいね。でも、二人とはどういうことかしら?私とお姉様、リチャード王子で三人のはずだけれど…。
―聞き間違いということもあるわ。早めに確かめておきましょう。
「かくれんぼをしたとき、城の中で迷ってしまったことがありましたね。そのときリチャード王子がお助けくださいました」
「ああ、そんなこともあったな。あなたはひどく泣いていて、どうしたら泣き止んでくれるか途方に暮れたものだ」
「…」
リチャードは昔を懐かしんで笑った。しかし、エラは笑わなかった。リチャードの記憶が、自分のものとはっきり異なっていると悟ったからだ。
―…私は泣いてなんかいない。あのとき泣いていたのは、お姉様よ。リチャード王子は私をお姉様だと勘違いしている!
エラの驚愕に気付かないリチャードは、真剣な眼差しで話を続ける。
「いつも明るいあなたといると、私はいつも元気をもらえた。周りにいる同世代の少年や少女は、大人しいか私に気を遣い過ぎるかで一緒に思いきり遊ぶことなんてできなかった」
「…お察ししますわ」
「今回、オーリーからあなたがガラスの靴に選ばれたと聞いて、とても嬉しかった。今思えばあの時から私はあなたに好意を寄せていたのだろう」
「…」
「街ではあなたを騙す形になってしまったが、今言った私の想いは本当だ。エラ・ベアーリング、私と結婚してくれないか?」
リチャードはそう言うとその場に跪き、エラの手を取った。今、リチャードの瞳にはエラしか映っていない。エラは心の中で逡巡した。
―もし私がお姉様でないと分かったら、リチャード王子はどうするのかしら。たとえ初恋の相手ではなくても、ガラスの靴に選ばれたのだから、私を妃にすることは諦めない?
―いいえ、分からないわ。不安の芽は潰しておかないと。この機会を逃したら、永遠に屋敷を取り戻すことはできなくなるのよ。
「エラ嬢、どうだろうか…?」
リチャードが心配そうな瞳でエラを見上げる。その瞳が彼の心を言葉以上に物語っていた。
―リチャード王子の心は今、私にある。たとえ勘違いがきっかけだったとしても、その事実は変わらないわ。
エラは恥ずかしそうに微笑んで言った。
「…喜んで」
こうして二人はめでたく婚約することになった。
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