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シンデレラの策略24-1:決別
エラはリチャードからの求婚を帰りの馬車でギルバートに伝えたが、返ってきたのは「おめでとうございます」の一言だった。普通の主人と執事の関係なら、その程度で良いのかもしれない。しかしエラは物足りなさを感じていた。
―もう少し何かあってもいいんじゃない?長い間一緒にいて、お父様やお母様が亡くなったあとは唯一信じられる存在だったのに。それとも、ギルバートにとって私はただの雇い主に過ぎないの?お母様の娘だから、恩を感じて未だに仕えていてくれるだけ?
「雇い主に過ぎない」というのは今までのギルバートの態度からは考えられないが、恩を感じているというのは確からしく感じる。そう思うと、たとえようもない虚しさがエラを襲った。
―ギルバードは義理堅いところがあるし、何より…お母様に特別な感情を持っていたもの。
エラが知る限り、ギルバートのそれは主従関係とは別のところにあった。エラがそのことに気が付いたのは、姉も両親も亡くなって随分経ってからのことだった。
―あのとき、偶然お母様の部屋を覗かなかったら、私はずっと気が付かなかったかもしれない。
母の遺品整理をするため部屋にいたギルバートを見つけたとき、エラはその場で動けなくなった。ギルバートが母―イザベルのドレスを抱いたまま泣いていたからだ。最初こそ驚いたが、時が経ってその場面を思い出すたび、エラは胸の奥が締め付けられるように感じた。
その感情は今感じているものに似ている。
―私、おかしいわ。どうしてギルバートのことばかり考えているのかしら。今は王子との婚約のことだけを考えないと。
エラはもやもやとした気持ちを振り払うため、目の前の書類に没頭しようとした。それは今朝、屋敷を訪れた王子の使者から渡されたものだ。そこには数日後に控えている最終婚約者選びについて、詳しく書かれていた。
―まさか、婚約者選びに2次審査があったなんて。リチャード王子から頂いたこの書類がなければ、確実に落とされていたでしょうね。
その分厚い書類には、最終婚約者選びで質問されることや、気を付けるべきことなどがびっしり書き込まれていた。見るだけで頭が痛くなりそうだ。
舞踏会が終わった翌日、エラは早速、王と后に謁見したが、それはあくまでも婚約者候補としてだった。その場にはもう一人の候補者であるローズマリーがいたからだ。
オーリーから後で聞いたところによると、現在の后がローズマリーと同じグレイ家出身であり、その縁でエラより先に婚約者として内定していたらしい。それについてはリチャードもオーリーも直前まで知らされていなかった。
―ローズマリー様の内定がお后様の力によるものであれば、この先は思ったより厳しい道になるかもしれない。
エラは大きなため息をついた。エラの生家はもともと王族の血を汲むもので、歴史は古く由緒も正しい。エラの父親は婿養子だったため、家が途切れることもなかった。しかし、他の旧家と同様、長い戦争や飢饉の影響で地代収入は激減し経済的に困窮している。政治の場からも離れて久しく、この国における影響力はほとんど無いと言っていい。
―頼みはリチャード王子のお心だけ…いえ、弱気になるのは止めましょう。まずは最終婚約者選びを乗り切るのよ。
エラは書類を熱心に読み始めた。
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