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短編小説

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・料理 × ショートストーリー ・『星の約束』シリーズ など短編小説をまとめています。
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#短編小説

【改】パンケーキとあの子

分厚く膨らんだ生地。添えられた空気のような生クリーム。たっぷりのシロップ。載せられた食べ物に対して、大き過ぎる皿。 私はパンケーキが好きじゃない。 流行から文化へと定着しつつあるそれは、2人で使うには小さ過ぎるテーブルを占領している。憎らしいほど我が物顔に。 店内にはハワイアンミュージックが流れ、ゆったりした雰囲気を演出しているが、その努力はあまり功を奏していない。その理由は、一つ一つの席が狭すぎるからだ。 おまけに、どの席にも人が座っているから圧迫感は倍増だ。 ち

『星の約束』a-2.スピカ

☆前回までのストーリー☆ すると、妙な事が起こった。 ぼんやりと輝く光の粒のなかで、スピカだけがチカチカと瞬いているのだ。 その青白い輝きは最初、一定の間隔を開けて瞬いているようだった。 しかし、徐々にその間隔は短くなり激しく明滅し始めたかと思うと、最後に大きくピカッと光って消えた。 一瞬の出来事。 時子は目をしばたかせ、もう一度スピカがあった場所を見た。 そこには、ぽっかりと暗い空間が出来ている。 まるで最初から何もなかったかのように。 時子は呆然としてしばらくそこを

『星の約束』a-1.スピカ

☆前回までのストーリー☆ 時子がプラネタリウムの重い扉を開けると、なかにはすでに数人の客がいた。 子ども連れや高齢の男性、大学生らしいカップルがお互い間隔をあけて座っている。 座席は部屋の中央にある黒い機械を取り囲むようにして、円状に幾重にも並んでいた。 そのバームクーヘンのような並びの座席のひとつに腰を下ろし、隣の座席にコートとカバンを置いた後、座席に深く腰掛ける。 思ったよりも良い座り心地に満足感を覚え、 身体をより深く沈めていくと、リクライニングシートになっている背

『星の約束』ープラネタリウム

田舎の大きな公園の中にあるプラネタリウム。 外観はひどくさびれているが、入口近くに立てられた掲示板には真新しいチラシが貼られている。 チラシには今月のプログラムという大きな文字が印刷され、その下に小さな文字で<春の星座>、<星座にまつわる神話>と書かれていた。 時子は少し屈んでプログラムの開始時刻を確認した後、顔を上げドーム状の屋根を仰いだ。 不意に風が吹き、白いワンピースの裾が揺れる。 もう4月も半ばだというのに風は冷たく、朝晩には薄手のコートが要るほどだ。 時子は薄手

サラダは料理ですか?(改)

時刻は17時。外はまだ昼間の暑さを残したままだ。 私(桜・さくら)は仕事用のリュックサックを背負い、空いた両手で買い物袋を持ちながらアパートの古びた階段を上り切りった。額から汗が流れて首筋を濡らしたが、両手がふさがっているのでどうしようもない。部屋の前までたどり着いたときには、汗の筋は3本になっていた。 私の部屋、と言っても二人暮らしだから正確には私たちの部屋なのだが、は築15年のアパートの2階にある。アパートは駅からもスーパーからも遠いが、1LDKでそこそこ広く大人2人

教室

白井美波の席は、教室の一番後ろだった。 その席を美波はとても気に入っている。 美波の通う高校からは海が見える。 学校には立て直したばかりの校舎と、今年の夏休みに立て直す予定の校舎が二つ建っていて、美波たち一年生は古い校舎を使っていた。 他の同級生たちとは違い、そこらじゅうにガタがきた、ヒビや傷だらけの校舎を美波は結構気に入っている。 年季の入った壁や床からは長い歴史が感じられ、今までこの教室を使っていた生徒の息遣いのようなものが聞こえてくる気さえした。 美波の席からは、

サラダは料理ですか?

時刻は17時。外はまだ昼間の暑さを残したままだ。 私は仕事用のリュックサックを背負い、空いた両手で買い物袋を持ちながらアパートの古びた階段を上り切りった。額から汗が流れて首筋を濡らしたが、両手がふさがっているのでどうしようもない。部屋の前までたどり着いたときには、汗の筋は3本になっていた。 私の部屋、と言っても二人暮らしだから正確には私たちの部屋なのだが、は築30年のアパートの2階、一番端にある。アパートは駅からもスーパーからも遠いけれど、1LDKでそこそこ広く大人2人が住む

ちぎりパン

まるでちぎりパンみたいね、と年配の看護師に言われ美月は自宅に帰ってすぐ写真を撮った。 生後3か月になったばかりの娘・結衣の足は、ミルクしか飲んでいないにもかかわらず肉付きが良く、触ると柔らかで張りがある。 「ほんとにそっくり」 美月は以前、自分が作ったちぎりパンの写真と今日、撮った写真を見比べて笑った。 深夜2時15分前。 明かりを極力落としたリビングで、美月はソファに横たわっている。 もう少ししたら結衣が泣く頃だ。 美月は重い身体を起こしてキッチンに向かった。 コンロの横

オムライスの卵

「俺は、薄焼き卵が好きなわけ」 山崎は向かいに座る斎藤に詰め寄った。 「分かった。でも、俺に言ったってしょうがないだろ。千和ちゃんに直接言えよ」 斎藤は大学の食堂で大声を上げる山崎と距離を取るべく、素早く残りの食事を平らげた。 しかし席を立とうとした瞬間、その腕はがっちりと山崎に掴まれる。 「直接なんて言えるわけないだろ!千和は怒ると怖いんだ。それに千和とはもう別れたから言えない」 「だったら、その話もうどうでもいいじゃんか」 「良くない!俺は世の女子に言いたい