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産声が聞こえる。 こんな深夜にも命は生まれるのだと、別に時刻が誕生に関係するわけでもないのに、不思議に思える。 数時間経って、また産声が聞こえた。 カーテンの隙間から見える空は白み始めている。 私が寝ているあいだに、たくさんの人が出産のために働いていたのだろう。 自分の腹に手をやった。 まだ眠っているのか微動だにしない。 それでも新しい命はここにあると感じる。 今日の朝ごはんはなんだろうな、最近の病院食はおいしくて幸せだな、などと考えながら私はまた眠りについた
彼のために。 そう思って作ったのに、肝心の相手は鶏肉しか手をつけなかった。 「もう二度と筑前煮は作らない」 私がそう言うと、彼は困った顔をして笑っていた。 なにが面白いのか。はらわたが煮えくり返るような思いがした。 日曜日の夕方。 私は台所に立っていた。 リビングでは彼が横になってテレビを観ている。 いつもと同じ風景。 聞きなれたテレビの音。 嫌いじゃないはずの料理。 それなのに私の心の底では、黒いかたまりがくすぶっていた。 そのかたまりは灰色の煙を細
ブロッコリーは色こそきれいだが、味はあまり好かない。 お弁当にブロッコリーのマヨネーズ和えを詰めていた理香子は、悟の言葉を思い出したが、すぐにもうひと房ブロッコリーを追加した。 なんか、お母さんって感じ。 先日、鏡の前に座って化粧をする理香子の後ろ姿をまじまじと見ながら、悟は言った。 「お母さんみたい」という婉曲的な言い方ではあったが、理香子は悟が何を言わんとしているかとっさに理解した。 理香子はもともと華奢で、女性らしい服装が似合うことを内心、自慢に思っていた。
今日の献立 ・イワシの梅干し煮 ・なすの煮びたし ・梅と大葉のごはん イワシに大葉が合います:-) 《ショートストーリー》 「ばあちゃん、骨残してるわ」 母が膳を下げながら、身だけがきれいにはぎとられたイワシの骨を見た。 「ふん。ちょっと硬かったもんなぁ」 「そうやね」 イワシの梅干し煮は本来、骨まですべて食べるものだが、今回はしょうがない。 初めて作ったにしては上手くできたが、骨、とくに背骨は硬くて飲み込むのが億劫だった。私でもそうなのだから、飲み込む力の弱い祖母はな