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小説「氷磨と王子」第四章 前半

これまでのお話

 これまでのお話はこちらのマガジンにまとめています。更新の間が開いてしまいましたし、なんとなくことのあらましはリンクの下に書きます。作者ですら混乱するので関係図も置いておきますね。

 これはある国に、二つの民族が住んでいるお話です。もともと「東の民族」が住んでいた土地に、「西の民族」が入ってきます。西は侵略者ですが、やがて二つの民族は争いをやめ、互いに混ざるようにもなります。しかし、このお話で扱う時代に西の民族の王になったのは、東の民族を忌み嫌う王でした。彼は東の王の一族を滅ぼしてしまいます。王様は自分の子、この物語の主人公である「王子」にも、東の民族は「鬼」であり、我々西の民族は「神」である、と教えました。ところがある時、王様が討ち滅ぼしたはずの「東の民族」の王が吹く笛の音が、聞こえます。折しも王子が15歳となり、成人した頃でした。15歳になった王子は、王子に仕える侍従とともに、「成人の儀」に向かいます。そして加えて、なぜ笛の音が聞こえたのか調べることになりました。
 笛を吹いていたのは、西の王に存在が隠されていた東の王の末の息子、もう一人の主人公「氷磨ひょうま」でした。王子の侍従は、彼のことを知っていました。彼は本来、東と西、両方の血を引き、二つの国の王を繋ぐ「絆」という訳目を負っていたからです。でも、生きているとは信じられずにいました。侍従は十年前、王が東の一族を滅ぼしたその現場にいたのでした。侍従は、氷磨を守ろうと思い、王様に笛を吹いたのは自分だと嘘をつきます。そこで王様は王子に、侍従を処刑するよう命じました。困った王子のところに、王の相談役の「老人」が現れます。この老人と、王子の許嫁の父である「将軍」は、実は今の王をあまりよく思っていません。氷磨と王子に、今の王が東の王の一族を殺すまでのいきさつを明かしました。実は王様の兄が本当の西の王で、その母は、殺された西の王の姉でした。そして王様の兄には、子どもがいました。それが侍従だというのです。王様の兄は、王位を先代から受け継いですぐ、若くして亡くなっています。
 王子は侍従の首を刎ねろと言われていますが、そうしたくはありません。かといって、氷磨の存在を王に明かせば、氷磨が殺されてしまいます。

 第四章では、ついに侍従の処刑の日がやってきます。王子の選択とは。そしてその父親である西の王様の過去とは。そんなお話をしましょう。

関係図(雑ですが)

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第四章

 処刑の日は明日に迫っていた。空には、ほとんど円に近い月が昇った。王は言った。
「明日の満月を東の塔にて迎えよう。あの忌み子を引き据えよ。最後の笛を吹かせてやろう。満月が沈み、朝日が昇ったなら、神の子、王子よ、あの者の首を刎ねよ。神は鬼を克服する。」
 王の言葉は絶対である。王子は恭しく頭を下げた。

第十七節 地下牢

 地下牢は薄暗く、嫌な湿気がある。長い廊下に、格子のはまった独房が連なっているが、一つを除いては空だった。この国がそれほど平和、な訳はない。王が残らず処刑してしまった。王は残忍なわけでも、殺人鬼でもない。ただ神の子として、正義を行使しているに過ぎない。そのためなら手段は選ばなかった。

 足音が冷たい地下牢に響く。恐ろしいほど静かだ。連なる中のたった一つ、錠のかかった独房の前で足を止めた。中にいる青年は昏い目をしている。いつもの彼ではなかった。
「話を、しにきた。」
 そう声をかけると、小さな声で答えた。
「いいえ、もはや話すことなどありませぬ。私を殺してください。王子様。」
 王子は首を横に振った。
「ここに来たのは、明日、そなたの命を助けるためだ。私の従兄、本当は王子である、そなたを。」
 侍従もまた首を横に振って、深くため息をついた。
「なぜです。なぜあなたはそれほどまでにお優しいのですか。なぜ、私の言うことを聞き、後を追うだけの子どもではいてくださらぬのか。師匠が何を吹き込んだか想像はつきますが、あなたは守られていればよかった。ただ、守られて。いつかは王様もお亡くなりになる。それを待っていれば、あなたの治世が訪れる。それまで氷磨を隠し通せれば、再び東にも希望が灯る。そのために、私は死ぬと決めたのです。ですから、」

 侍従は言葉を詰まらせた。こちらに向き直って、独房の格子を掴んだ。目が合った。その目に王子はぞくりとした。真っ黒な瞳は、底なしの闇を見ているように深く、彼の背負ったすべての悲しみを湛えていた。その闇の中から、一筋の涙が落ちた。
「殺して下さい。王子様。殺して、ください。私を。そのお優しさをかけてくださると言うのならむしろ、殺してください。」
 泣きながら、侍従は王子に懇願した。格子に両手をかけたまま、その腕の間に頭を垂れて、冷たく硬い床に膝をついて。ずっと張りつめていた糸が切れてしまった。純粋無垢な王子には、己の闇は見せまいと虚勢を張ってきた。王にずたずたにされた心も、何も知らない王子が笑うだけで、それを守ろうと決意するほど、誤魔化していられたのに。王子は大人になる。初陣の日の自分と同じように、現実の無慈悲さを知ろうとしている。ならばせめて、王子が殺すのは、自分だけでいい。

 侍従の懇願は、王子の心を深く抉った。王子の目からも涙が溢れた。この男は、自分を見捨てようとしている。ずっと憧れてきた兄同然の男が、目の前で壊れてしまうのを目の当たりにして、心が痛くて堪らなかった。けれど、侍従の感情の剣が王子をどんなに深く傷つけても、王子は逃げずに受け止めた。格子を掴んだ侍従の手に、そっと自分の手を重ねた。侍従の手はひどく冷たく、荒れていた。王子の頬にも、涙が伝った。王子は静かに言った。
「そなたの手が、この格子を離さぬのは、そなたが本当は、生きたいと望むからではないのか。そなたには生きてもらわねばならぬ。もちろん氷魔にも。死ぬなど許さぬ。私は、父上に抗ってでも、この難局を越える。越えねばならぬ。そのためにはそなたが必要だ。」
 王子はまっすぐに侍従を見た。
「あの笛、そなたも吹けるそうだな。」
「爺さまに、お聞きになられましたか。」
「それもあるが・・・氷磨だ。」

 氷磨は、一つ思い出した、と王子たちに語った。
「昨晩、夢を見た。昔の夢だ。一番上の兄上が笛を教えてくれた。私の横に、絆もいた。あの時、絆も笛を教わって吹いていたように思う。絆は笛が吹ける。だから俺から笛を受け取り、賭けたのではないか。西の王が証明しろと言えば、あの男は吹いて見せることができる。」
 老人は頷いた。
「確かに、あの子はそれができる。その上で、王子様。我らも賭けに出ましょう。」

 王子は侍従の右手を格子から引きはがして、自分の両手でしっかりと握った。
「氷磨と約束した。必ずそなたを助け出す。頼む。私にもそなたが必要だ。側に、居てくれ。…生きてくれ。」
 侍従は何も答えなかった。

第十八節 処刑前夜

 満月は辺りを照らしていたが、今宵は笛の音が聞こえぬ。笛は今、王の手の中にある。王は東の塔に登り、笛の音の主を待っていた。円筒状の東の塔の上、東端から下を覗けば、この城を囲う深い堀が水を湛えている。西端には、簡易的な椅子に腰かけた王、その隣には、王子、老人、数人の従者。やがて、縄打たれた侍従が、南端の階段から現れ、王の前に引き据えられた。王は笛を差し出して言った。
「最後の笛を吹かせてやる。これで全て終いにしよう。兄上も東の王も、もうこの世には居ない。ここは真の神の国となる。月が沈み、日が昇れば、王子よ、そなたは最後の鬼を倒し、英雄となれ。」
 侍従の縛めが解かれた。おとなしく笛を押し頂いて、侍従は吹いて見せた。その音色は、東の山にも届いただろう。吹き終わると、王はにやりと笑って、侍従に言った。
「言い残すことはあるか。」
 侍従も笑った。
「王様が不肖私にお授けになった数多の苦しみ、悲しみ、痛みすら、ああ、なんと私は王様に目をかけていただいたものかと、骨身に染みまする。ましてやそれを、神の子、あなた様のお子、我が主、王子様に断ち切っていただけるとは、我が父も、我が大叔父も、いかな思いでご覧あそばされましょうや。」
 王は声をたてて笑った。
「あいつによく似たその忌々しい顔も見納めとは、さぞや王子にも寂しきことであろう。王子よ、震えているな。怖いか。兄のように慕っていたのは知っている。だがこれが現実だ。こやつの首を刎ね、鬼を滅ぼし、我らが神としてこの国を統治せねばならぬ。これが真の成人の儀と思え。儂もそうだった。手を汚さずに王になどなれぬ。」

 情け容赦なく、朝日は昇る。

第十九節 走れ

 東の塔の上、王は王子に命じた。
「時は満ちた。罪人の首を刎ねよ。それを以て、そなたを次の王と認めよう。」
 王子は剣を持ち、侍従に近づいた。この場の誰よりも、侍従の近くに。剣を振り上げ、次の瞬間放り投げた。父王の方へ。従者たちは慌てて王を庇おうと動いた。そのすきに王子は、侍従に言った。
「立て。」
 賭けだった。侍従が立ち上がってくれなければ、王子とてどうなるか分からない。王子は侍従の腕を掴んで強く引いた。王が怒鳴った。
「階段を塞げ!」
 侍従は王子の目を見た。王子の目に、覚悟を見た。正直王子に勝ち目はないと思った。だが、王子がその道を選んだなら、もはや王は王子すら斬り捨てるかもしれない。ならば、自分の役目は最後まで王子を守ることだ。侍従は立ち上がった。王子の賭けに乗った。しかし立ち上がった瞬間侍従はよろめいた。虜囚生活で身体が思いのほか弱っている。王の従者がこちらへ向かってくる。王子が咄嗟に侍従の脇に腕を回した。侍従は王子の身体の動きに次の行動を悟った。
「王子様、まさかこの塔から…」
「下は水だ。飛び降りるぞ!」
王子は言いながら侍従を抱えるようにして、塔の端から飛び降りた。二人は堀に落ちていった。王は立ち上がり、塔の端に来て下を見下ろした。王は顔をしかめた。堀の対岸に、将軍とその手勢がいて、堀に縄梯子を下ろしている。王は命じた。
「今すぐあやつらを追え!殺して構わん。」

 将軍らは必死に王子たちを堀から引き上げた。しかし王の兵が迫っている。将軍は手勢に命じた。
「我らはこの国の真の王の兵である!戦え!今こそ、あの時潰えかけた真の約束を守り、先の王様のご無念を晴らす時!」
 兜で顔を隠した一人の騎兵が馬に跨り、もう一頭馬を引き、ようやく堀から上がった王子に近寄って手綱を渡した。侍従を乗せ、王子はその後ろに跨る。騎兵の馬は、将軍の元へ向かい、後ろに将軍を乗せた。将軍と王子が手綱を握り、馬を駆った。将軍は自らの兵を鼓舞した。
「義は我らにあり。そなたらこそが英雄である!盾となり偽りの王の兵を食い止めよ!」
 隊長らしき兵が応じる。
「東の王の英霊よ!いまこそ我らは盾となり、あの日の雪辱を果たして見せよう!我らは死すとも忘れまい、この国の真実を照らす月の光に誓って!真実の使者を捕えさせるな!王子様、将軍様、行かれよ!」
 将軍は不敵に笑った。
「いざ行かん!二人の西の王子よ、この国の希望よ。」
 愛馬よ、風より早く馳せよ、悪魔にその尾を掴ませるな。先祖の霊よ我らを守れ。今我らは王より逃げおおせねばならぬ。導きたまえ、真実を照らす光よ、美しき音色よ。

 王は塔の上から見下ろしていた。東の塔より堀をはさんで正面、東門で将軍の手勢が盾となり、王の軍の追跡を阻んでいた。王の軍は数で少しずつ押してはいるが、二頭の騎馬が東へ逃げていく時間は十分に稼がれた。王は命じた。
「王子どもは追うな。将軍の手勢を壊滅し次第引け。」
 老人もまた、塔の上に留まっていた。
「よろしいのですか。」
 王は老人を一瞥した。どうしてこの男の目はこれほどまでに冷たいのか。
「狸爺いが。見ろ。あの士気の違いを。鍛え抜かれ、強く、目的の為なら死ぬことを厭わない。あれほどの兵を育て導く将軍とその手勢を、今儂らは失ったのだ。そして、知恵を出したのはどこのどいつか。」
「…では、我が首も召されますか。」
 王は王子が投げ捨てた剣を拾って、老人に突き付けた。
「お前を切るのは容易い。だが老いぼれの命一つとったところで面白くもなんともない。」
「まだ私めがご入用ですか。」
 王は悪魔のように微笑んだ。
「東の山へ行け。王子どもに伝えよ。ひと月後、儂は亡霊を滅しに行くと。死んでも忘れぬと言うのなら、全て葬ってこちらが忘れてやるまで。」
 将軍の手勢は最後まで抵抗した。王は将軍の育てた精鋭を全滅させるまで、兵たちを戦わせた。将軍の手勢より多い王の兵が死に、城は血の海となったが、王は再びあの剣を天へ高く突き上げた。血濡れた剣が、陽光にギラリと光った。

 二頭の騎馬は、城から十分に離れ、追手が来ないと知ると、足を緩めた。将軍の前に乗った騎兵が、兜を取った。その正体を知らなかった侍従は驚いた。
「沙耶姫様。」
 沙耶姫は笑った。
「ああ、重かった。早くこの鎧も外したいわ!」
 侍従は微笑んだ。しかしどこか悲しげだった。
「よかった。姫様もご無事で。…将軍様、兵たちは。」
 将軍は前を向いたまま、淡々と、しかし重みのある口調で答えた。
「全て覚悟の上だ。いかにあの者らがこの国随一の精鋭とて、王の軍勢には敵わぬ。だが十分に雪辱は果たしたと信じる。彼らの遺志はわが胸に刻み、彼らの死は我が背に負うた。決して無駄にはせぬ。だからそなたももう何も言うな。亡き我が王であるそなたの父や、東の王はこのようなこと望まぬやもしれぬ。百も承知。だが東の王子の笛が届いた。西の王子は真実を求めた。亡き先王の子は守るべきものを見定めた。三人の王子の覚悟が、我らを動かした。ゆめゆめ、己のせいで、などど思うな。決めたのは我ら、そなたらの知らぬ時を、亡き者たちと共に生き、盃を交わした、私と、私の部下の選択だ。悔いはない。」
 王子も侍従も、何も言えなかった。口を開いたのは、沙耶姫だった。
「私、お父様の部隊の皆さん、小さいころから苦手だったの。柄も悪いし、…なんか臭いし。でもこのひと月、ひと月もなかったけど、乗馬を教えていただいたの。武具の付け方も。武骨だけど、気の良い人たちだっだわ。今思えば、小さいころからかわいがってくれたし…ちょと当時は怖いと思ってたのだけどね、でも、」
 沙耶姫は涙を拭った。しゃくりあげながら、彼女は笑っていた。
「楽しかったの。そうよ。小さいころから、なんだかんだ遊んでもらってたのよ私。お転婆だったから、木登りして落ちそうになっても、ちょろちょろしてお馬さんに蹴られそうになっても、いつも助けてくれたの。泣いてるとお菓子をくれたの。お母さまには内緒だって。いっつも兵舎は臭かったけど。今はお父様一人ならまだましな方だわ。…うん、でもやっぱり…ねえ、侍従様、そこ替わって下さらない?お父様くさいの。」
 将軍が𠮟るように言った。
「だめだだめだ。まだ嫁入り前だぞ。私と妻と、あの兵たちのかわいいかわいい姫だ。」
 そう言って沙耶姫の背に身体を近づけた。
「くっつかないでよ!臭いって言ってるじゃない。王子様とお馬に乗る機会なんて結婚したってそうないじゃない!」
「だめなものはだめだ!」
「けち!お父様頭が鋼鉄でできてらっしゃるものね!」
  ふっと吹き出したのは侍従だった。背中で王子の身体がちょっと緊張した。たぶんその顔は真っ赤だろう。小さな声で侍従は王子に言った。
「ね、申し上げたでしょう。姫様も王子様をお好きだと。」
 王子はむきになった。
「こんな時にお前は何を言っているんだ。」
「おや、照れ隠しですか。」
「うるさい。…だが減らず口が戻ってなによりだ。」
 二人がなにか言い合っているのを沙耶姫が見つめて、小声で父に言った。
「よかった。いつもの王子様と侍従様に戻ったみたい。」
 将軍が微笑んだ。
「我が姫には敵わん。ありがとう、沙耶。」
「あんな空気耐えられなかっただけよ。」
 侍従が沙耶姫の方を見た。
「姫様、王子様はまだ姫様を乗せるには手綱を持つ手がおぼつきませぬゆえ、熟練の将軍様とご一緒がよろしいかと!」
 沙耶姫は笑顔で応えた。
「大丈夫よ!今に私が手綱を握るんだから!」
 将軍が大きく笑った。侍従も笑っていた。王子は耳まで真っ赤だった。東の山へ、我らは行く。亡き者たちの遺志を胸に、その命を背負い、道を開く。彼らを想う時、想えばこそ我らは笑う。どこまでも行こう。この足の動く限り。我らは忘れない。恐れるものはない。彼らはいつも、我らの側にいる。

回想六 王

 かつて彼は「第二王子」と呼ばれていた。彼には、王位継承権がなかった。兄がいたからだ。彼はこの兄が心底疎ましかった。たったのひと月早く、第一妃が生んだのが兄だった。ひと月遅く、第二妃が生んだのが自分だった。しかも、第一妃は東の王の姉であり、つまり第一王子は混血で、第二王子とは容姿も異なっていた。第二妃は我が子の前でよく不満を漏らしていた。
「どうして蛮族の血を引く鬼子が次の王になるの。我が子こそ西の正当な血を引く王子なのに。」
西の城内には派閥がある。東に友好的な者たちと、東を蔑視する者たちだ。王は争いを避けるため、流れの違う二人の妃を娶った。そんな父のどっちつかずの態度も、第二妃を苛立たせた。第二妃の不満とその言葉が、第二王子の呪いとなった。王子自身、進んでその呪いを纏った。母を喜ばせたかった。兄が気に入らなかった。なにより、兄は幼いころから多くの者の心を惹きつける魅力に溢れていた。それが自分にはないことは、第二王子もわかっていた。しかし、第二妃が言った。
「私の子の方が美しく、賢いのよ。」
自然、第二王子もそれを信じた。実際第二妃は美しかったし、第二王子もその面影を継いでいた。一方で第一妃も、第二妃の西の民族的な美しさとは異なるが、東の民族特有の美しさがあり、加えて誰に対しても、自分を嫌う第二妃に対しても、いつも丁寧に、誠実な態度をとった。それもまた余計に第二妃の心を逆なでした。その子である第一王子は、東と西両方の特徴を持ち、とても愛らしく、やはり自分を嫌う弟のことも、なにかと気に掛けていた。弟が怪我をした、風邪を引いたと聞くと、わざわざ見舞いに来て、本気で心配した。そうして第一王子が訪れるたび、第二妃は我が子に言った。
「あれは点数稼ぎよ。次の王に確実になるためよ。裏では私たちを貶めているのよ。」
 第二妃にとって正しいのは、他でもない第二妃ただ一人だった。第二王子はそんな母に溺愛された。周囲も第二妃を恐れてへつらい、第二王子にちやほやした。
 当時の王もそれを見抜いていた。第二妃に物申しても無駄だったので、何も言わなかったが、第一王子が次の王であることをことあるごとに明言し、成人の儀にも第一王子のみを送り、やがて言葉通り第一王子に王位を渡した。
 第二王子を支持する者たちには、これが面白くなかった。第二妃の自己中心的で悪意ある態度は、城内の多くの者が嫌っていたし、第二妃、第二王子を支持する者たちは、少数派だった。東を忌み嫌っていたはずの者たちでさえ、一部は第一王子を支持するようになっていたことも大きい。しかし、少数派であるからこそ、彼らは自分たちこそが正しいのだと思い込んだ。個人では自分の正しさなど証明できないような者たちが、第二妃を筆頭に第二王子を神輿に担ぎ上げ、自分たちの正しさの根拠としたのだ。第二王子は彼らの正しさそのものであり、そのことを迷う必要もなかった。それでこそ第二妃の愛を、関心を、その子は手にすることができた。ある時、誰が言い出したか、ある計画が持ち上がった。第二王子は自ら言った。
「私たちの正しい国を創ろう。そのためなら、私は手を汚しても構わない。なぜならこれは、神の子による正義の行使だ。」

 即位して間もない兄を、弟は酒席に誘った。兄は何かを察したらしかったが、弟に対し、あくまで誠実さを貫くらしい。止めた者もいたらしいが、弟の誘いに乗ってきた。料理人や給仕には、兄を慕う者たちが配置された。だがそのようなことはどうでもよかった。弟は、兄の盃に注ぐ酒に、周囲に気付かれぬよう自らの手で毒を盛った。ああなんと、自分は恐ろしいことをしているのかと思うと同時に、自分が優位に立っている、という快感が、彼を酔わせ、突き動かした。これで母にも認められる。我らの悲願が叶い、王位を奪取することができる。
 兄に騒がれたら終わりだった。しかし、兄は賢明だった。この毒がもはや取り返しのつかぬものだと悟った。ここで事を大きくすれば、この国は大混乱に陥るだろう。ならばこのまま、弟を王位につかせてしまった方がこの国の為だ。兄は気分が悪いだろうに、少し青ざめながらも終始笑顔を振りまき、問題はないと装って、最後の晩餐を平らげた。最後の最後、弟の側により、弟だけに囁いた。
「私のかわいそうな弟。そなたを助けられずに死ぬことは、ふがいなく思う。だが、今日のことは、死んでも忘れぬ。」
 そして、いかにも優しげに微笑んで見せ、周囲に聞こえるように言った。
「幸あるように。最愛の弟よ。」
しかし目があった時、弟は戦慄した。その目の奥にある抑えきれぬ怒りが、毒よりも深く弟を刺した。弟は思い知った。全て見透かされている。絶対に、この兄には敵わない。怒りを抱きながら、同時にこの兄は、確かに自分を弟として愛していたのだ。その瞬間、弟は脳裏に否応なく浮かぶ兄のくれた愛情の全てと、込み上げる罪悪感を否定し、自らに言い聞かせた。「奴は私を恨んでいる。だが、私が勝った。もうこいつは死ぬ。邪魔者はいなくなる。」それは、最大の呪いとなった。恐れとなって、彼の内に巣食った。

兄は無事死んだ。たった一晩で、この世から去った。簡単なものだ。弟の中の恐れは安堵した。父も体を悪くしている。もはやそう長くはあるまい。まだ兄に妃も子もいなかった。直接、王の血筋を引く男子は自分だけになる。兄の葬儀の席で、次の王となる弟は、冷たく参列者を眺めていた。東の王も、妃と長男を伴って、葬儀に現れた。弟は思った。
《邪魔だ》
と。もう彼に罪悪感など欠片もなかった。あったとしてもそれは、兄の面影を想起させる、東の王とその家族の面立ちへの嫌悪にしかならなかった。もはや彼は、彼自身が否定したものを忘れてしまった。ただ思うことは一つ。
《儂は神の子。正しき神の国を創るのだ。》

次回 第四章 後半

 次回以降、ラストへ向かいます。あと更新2~3回でしょうか。

 第四章前半、いかがでしたでしょうか。私が20歳くらいの頃に書いたバージョンがありまして、それでは将軍の部隊が登場しないので、壊滅しないんですけどね・・・あの場面で、侍従と沙耶姫を守って実質王子と将軍二人だけで切り抜けるのはかなり無理があるのと、将軍を慕う兵たちがいないわけはないだろうと。結果血の海です。これまで回想で東の山が血の海になった十年前の事件を描いてきましたが、今度は西の城が血の海になってしまいました。

 次回、東の山に、王子、氷磨、侍従、沙耶姫、サヤ、将軍、老人が勢ぞろいします。戦いは避けられないでしょう。なにせあの王様です。さあどうなるか、作者もまだわかりませんので、更新は遅めになってしまうかとおもいますが、お付き合いいただけると嬉しいです。
 今回の見出し画像は、王様にお出ましいただきました。王様の背後、左が王様の兄、右が東の王と、王様に殺されてしまった二人になります。最後に落書きを一つ。氷磨です。

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