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小説「氷磨と王子」第二章

第一章(振り返りなので不要な方は飛ばして下さい)​

 第一章をまだお読みでない方はぜひ第一章からお読みください。


と言いつつ、振り返りにあらすじを書いておきますと、第一章では、この物語の主人公で、なんだか無気力な「王子」、そしていつも側にいる気の利く、混血の「侍従」、この国で絶対的な存在である「王」、物語を語る「老人」、そして回想に「鬼の子」が登場しました。王子もメロメロの美しいヒロイン「沙耶」もですね。15歳になった王子の成人を祝い、「成人の儀」に送り出すパーティーが催されます。その場では、この国がどのように成り立ったのかという物語が老人の口から語られ、それによると、かつてこの国は「鬼」が支配していたが、「神」の一族がやってきて、それを討伐し、その神の一族の末裔が、王や王子である。という話でした。そして「成人の儀」では、「七日間、東の山にある鬼の社に籠り、鬼にその身を預け、試させよ」というようなことを王様が言います。

 以上のような第〇節、として語られたことのほかに、「回想」として十年前の事件が断片的に描かれます。十年前、「討伐隊」と称して出陣した王。当時15歳で従軍した侍従。王は「真の神の国が成った」と言います。しかし王子の記憶にあるのは、傷ついて戻ってきた侍従の姿。そして、それ以来聞こえなくなった「笛の音」。これには子守歌として言い伝えがあり、満月の夜、美しい調べが聞こえたなら善き徴、恐ろしき調べはその逆のことを暗示している。だから、恐ろしき調べが聞こえたなら、我が身を省みて改めなさい、我が子よ善い方向に進みなさい、と歌っています。この「笛の音」が、王子の成人の夜、再び王子と侍従の耳に届きます。

色々すっ飛ばしていますが第一章は大体こんな内容です。第二章では、「成人の儀」のために王子と侍従が「東の山」へ向かいます。そこで彼らを待ち受けるものとは。侍従の涙、彼の抱えている秘密とは。それでは第二章、はじまりです。

第二章 成人の儀




第五節 約束の日


成人を祝う宴よりひと月の後、王子は東の山へ向かった。再び満月の日である。侍従に導かれ、王子は山を登った。七日間、この山へ籠る。それが成人の儀であった。それだけだ。側に付くのは、「絆」と呼ばれる従者一人である。それを務めるのが、侍従であった。
「そなたはこの山に登ったことがあるのか。」
「来るべきこの日、王子様を導くために、絆として先代に教えを授かりました。十年来、登ってはおりませなんだが。」
「先代と言うと、父上の相談役の爺様か。宴の時に昔話をしていた。」
「さようでございます。」
 山を登っていくと、開けた場所に出た。
「こちらが約束の広間、かつてここで神と鬼との約束が交わされました。」
かつてはこの山に、「鬼」の一族より、「神」の一族の王子を見定める者が訪れ、互いに約束を交わしたのだという。しかし十年前、鬼の一族の長は、家臣に謀反を起こされ、一族もろとも途絶えた。謀反人たちは、我らこそ真の王族と名乗り、神の一族との約束を反故にし、再びこの国を鬼のものとしようとした。それを許さぬため、やむなく神の一族は、鬼の一族を尽く打ち滅ぼした。王子はそう聞かされて育った。だから今は、成人の儀は形ばかりのものだ。しかし、今回の儀式にあたり、王は王子に、あることを課していた。




第六節 王の望み


 時はこの日の朝まで遡る。王子と侍従は、王の前に居た。王は言った。
「神と鬼との約束は今や天にも地にもありはしない。十年前、我らは、我らが神に弓引く者どもを討ち果たした。はずだ。」
 王の目が、ぎらりと光った。眉根を寄せ、忌わしげに王子たちを見やる。
「・・・笛の音が、再び聞こえた。聞いたか。」
「聞きました。父上。あれが、なにか。」
「どう思うた。」
美しい、と王子は言いかけたが、侍従がすかさず遮って言った。
「いかがいたしましょう。」
 その声が、かすかに震えている気がして、王子は不審に思った。王は、顎を上げ、目を細めて侍従を見下ろして、言った。
「あれは鬼の笛、約束の証。そなたならばよく知っていよう。鬼の血をその身に宿す者よ。あれは、聞こえるはずのないものだ。鬼を滅したあの日、葬ったはずの忌わしき音色だ。」
 そして王は、宴で王子に授けた剣を示した。
「その剣は神の剣。王子よ、笛の音の主を探し、剣を以て笛を持ち帰れ。それを以て、そなたを次の王と認めよう。そこの鬼子が導くであろう。分からぬことはその者に聞くがよい。どう話すかはその者に任せよう。のう、鬼子よ。そなたの初陣の日を、思い出せ。」
 侍従の手が、いつになく強く、拳を作っているのを、王子は見逃さなかった。十年前のあの日、一体何があったというのだろうか。




第七節 日は暮れる



 今、王子と侍従は山の広間に居る。
「なあ、」
 王子は侍従に問うた。
「父上は、笛の音の主を探せ、と言ったが、あの笛は一体…」
「あれは、王の仰せの通り、約束の証でございます。十年前までは、鬼の一族の長が吹き、満月の夜、神と鬼とが約束を確認し合っていた。しかし、十年前に笛の音は突然絶えたのです。“謀反”が起こった故に…」
侍従は急に口をつぐんだ。王子は、確認するように言った。
「鬼側で、長に対する謀反が起き、笛の音が絶えた。それゆえ、父上は兵をあげ、その謀反人どもを討った。しかし再び笛を吹くものがいるは不審であると、それはわかった。しかし…そのような約束の笛というのは初めて聞く話だ。そもそも父上から笛の話を聞いたことがなかった。」
「お父上の思惑でございましょう。」
「思惑…?」
「あなた様は、何も知らなくてよい、と。」
「そなた、なにを隠している。父上の前で私の言葉を遮ったな。父上のお言葉にも含みがあった。」
 侍従は明確に答えなかった。
「笛の音が再び聞こえた以上、隠しておくことができなくなったのです。」
 辺りは薄暗くなってきていた。侍従は火を起こし、松明を作った。
「王子様、先へ進みましょう。もう月が昇ります。今宵もあの笛が聞こえたならば、私には確かめたいことがございます。今はまだ、口をつぐむことをお許しください。」
 王子は釈然としなかったが、侍従のただならぬ雰囲気に、ただ「わかった。」と言った。




第八節 山の屋敷


 山の広間よりさらに登っていくと、目の前に屋敷が現れた。侍従は言った。
「かつてここが、東の、鬼の一族の城でございました。儀式の間はここに泊まります。」
 二人は、誰もいない屋敷に、少ない荷物を下ろした。…と、美しい音色が聞こえた。二人は目を合わせた。誰もいないはずの屋敷で。
「王子様、外へ。」
 音色は近い。屋敷を出て、辺りを見回す。王子は、屋敷の屋根に、人影を見つけた。
「そなた何者だ。」
 人影は言った。
「貴様が西の王子か。私は、東の王子だ。私も成人の儀のため、ここに参った。」
 侍従が首を横に振った。
「まさか…いえ、やはり。」
 人影は、屋根の上から屋敷の裏に消えた。下に降りたのだろう。足音が屋敷の裏からこちらへ近づいてくる。やがて現れたのは、王子より華奢で背の低い、少年であった。伸ばした黒い髪を後ろで一つに結って、白い肌を月光に晒して、「東の王子」は立っていた。彼は、侍従に向かって言った。
「そなたが、絆だな。幼き頃に会うたのをわずかに覚えている。」
 侍従は未だ、信じられないというような顔をしながら、しかし確かめるように問うた。
「あなたの名は?」
「氷磨(ひょうま)。十年前、私だけが生き残った。…西の城に笛の音は届いたか?」
王子が答えた。
「届いた。それゆえ我が父は、七日の後、その笛を持ち帰れと仰せられた。」
「俺を殺すのか。」
王子は首を横に振った。
「そうは言っておらぬ。そなたが父上に弓引く気がないのなら。」
「この期に及んで盾つく気はない。十年前、あの殺戮の日より、我ら東の民、つまり貴様らの言う鬼は、西の民、貴様らの言う神と闘う術を失った。ただ私は、忘れぬために笛を吹くまで。…本当のことをな。」
 王子は、あまりに純粋だった。
「父上は不穏を取り除きたいだけだ。そなたが何もせぬというならば、私は命まで取りはせぬ。ただその笛だけは、持ち帰らせてもらう。二度と鬼が反逆せぬという証として。約束の証として。」
 氷磨は、王子を睨んだ。
「約束を反故にしたのはそちらだ!今さら何を言うか。情けをかけるくらいなら、今ここで俺の首を取れ!さすれば王も安心しよう‼俺はそれを覚悟で笛を吹いたのだ。笛だけ持ち帰ったところで、そなたの父は満足するのか?」
 王子には、氷磨の怒りがわからなかった。それは、王子が真実を知らないために。侍従が二人の間に割って入った。
「誤解が、ございます。西の王子は真実を存じませぬ。私もまた、東の王子の存命を知りませなんだ。…儀式は七日、互いに、真実を話し合いましょう。七日の後、答えをお出しなされませ。二人の王子様。私は絆、お二人を繋ぐことが役目でございます。」
 十五の少年が二人、二十五の青年が一人。照らす月は全てを知っているが、決して語らぬ。ただ、見守るだけである。子どもらの行く末を。




東の王子の唄


我が父よ 我が母よ
なにゆえ 一人残し給うた
苦界に 私だけを 私だけを

我が兄よ 我が姉よ
なにゆえ 共に逝き給うた
あまりに 酷かろう 酷かろう

東の国 西の国
なにゆえ 人はいがみ合うのか
互いに 生きるため 生きるため




第九節 絆の老人


 先代の絆を務めた老人が、王の側近く仕えている。ひと月前、王子の成人の宴で物語をしたあの日、老いた耳にもあの音色が蘇った。しかし老人は思った。とうとうこの耳も、ありもしないものを聞くようになったか、と。翌早朝、絆の役目を継いだ弟子、つまり王子の侍従が、話があります、と老人の部屋を訪れた。彼は昨晩の出来事を語った。
「するとあれは、私が耄碌したわけでなかったか…。」
「お師匠様にも聞こえましたか。」
「微かにな。しかし、今あれを吹くことができる者は…いや、にわかには信じがたいが…」
「お心当たりがおありですか?」
 老人は、侍従をそばへ招き寄せ、なにかを耳打ちした。侍従は、何も言わず、頷いた。
「誰に聞かれているとも限らぬ。王様も油断ならぬお人ゆえ。我らに聞こえたもの、同じく昨晩お聞きあそばしたやも知れぬしな。」
「王様に、お確かめいただけますか。」
「王様にもあれが聞こえたならば、今日のうちにお呼びがかかろう。」
 その通りになった。老人は王の間に呼び出された。王は言った。
「心当たりは。」
「ございませぬ。」
「真か。」
 その目は厳しく、冷たく、人を射すくめる。しかし老人は顔色一つ変えなかった。
「王様は、あの日のことを私よりもご存じのはず。」
「…根に持っておるのか?あの日、そなたを思えばこそ、儂はああしたのだ。そなたは我が国に欠かせぬゆえ。」
「滅相もない。私は王様に忠誠を誓った身でございます。」
「成人の儀にて探らせよう。王子はあれでまだ赤子のようなものだからな、よき試練になろう。そなたの弟子にも、よい薬であろう。あれは私を恨んでおる。釘を刺しておかねばな。この先も王子にはあの男が必要だ。」
 王は不敵な笑みを浮かべていた。
「爺い、下がれ。そなたの弟子によく言い含めておけ。」
 老人は一礼し、王の間を出た。部屋に戻ると、侍従が待っていた。
「いかがでございましたか。」
「思った通りだ。…お前、なにか考えがあるという顔だね。」
 侍従は老人の耳に何か囁いた。老人は眉根を寄せ、首を横に振った。
「まだ確信ではないのだよ。よく考えなさい。ひと月と七日ある。まずは確かめてきておくれ。そして教えておくれ。私の愛する弟子よ。」




第十節 真実と決断


 芳しい山の朝に、王子は目を覚ました。侍従はもう起きた後だった。どこからか煮炊きをしている良い匂いがしてくる。王子は身を整え、匂いの方へ向かった。
「お目覚めでございますか。朝餉の用意ができますよ。」
 台所に、侍従と、昨晩の少年、氷磨(ひょうま)がいた。
「遅いな、起きるのが。王子と言うのはそうなのか。」
 氷磨は、どうにも王子のことが気に食わないような口調で言った。
「…明日はもっと早く起きよう。」
 侍従が間に入った。
「昨晩はお疲れと思いましたゆえ、起こさなかったのです。氷磨様も、このようなこと私がいたしますのに。」
「このようなこととは朝飯の準備のことか。自分の世話くらい自分でするもの。あなたに世話を焼かれる理由もない。この王子とは違う。」
 王子はむっとした。
「私も手伝おう。」
 そうは言ったものの、どうしたらいいやらわからない。王子が戸惑っているうちに準備ができると、三人で食卓を囲む格好になった。侍従は一人台所の片付けに残ろうとしたのを、氷磨に半ば無理矢理止められ、席につかされた。食事をしながら、王子は昨晩よく見えなかった氷磨の顔を改めて見た。綺麗な整った顔をしている。きれいな二重瞼に、長い睫毛、美しい黒い瞳。顔が小さく、顎も細い。鼻筋も通って、その下には整った唇がある。侍従によく似ていた。
「俺の顔になにかついているか。」
 見つめられているのに気づいて、氷磨が怪訝な顔をした。
「いや、…一つ聞いても構わぬか。」
 氷磨はため息をついた。
「なんだ。」
「東の王子、と言ったな。しかし、私は東の鬼の長の一族は、一族内の裏切りに会い、さらにその裏切り者どもを我が父らが討ち、鬼の一族は滅びた、と聞いている。そなたはその容姿を見るに、鬼の血を引くことは確かなようだが、何ゆえ今、東の王子と名乗る。」
 それを聞いて氷磨は、侍従に言った。
「絆よ、西の王子は何を言っている?」
「氷磨様、西の王は、少々事実を捻じ曲げて、我が子にお伝えになったのです。しかし、私の口から真実を申せば、私は殺されかねません。それゆえ、今日まで隠して参りました。しかし今や、それには無理がございます。」
 王子は戸惑った。
「どういうことだ。父上が嘘をついている、と?」
「そうです。信じるかどうかは、王子様次第でございますが。」
「話してくれ。」
「十年前、王様は西の一族、つまり神の一族を利するため、東の一族、つまり鬼の一族に対し、一方的に攻め寄せ、滅ぼしたのです。東の一族に、裏切り者などいなかった。」
 侍従は、十年前のことを話しだした。あの殺戮の回想を。王子にとっては、にわかには信じがたい話だった。しかしずっと疑問に思っていたことが、腑に落ちた気もした。侍従と王は、ずっとぎくしゃくしていた。それに話すにつれ、侍従は辛そうな顔になっていく。王子の脳裏にはその顔が刻まれていた。十年前、出陣から意識を失って戻り、目覚めて王子を見て泣いていた、あの顔だった。
「この国は、二つの一族、二人の王によって成る国だったのです。王子様の父上である西の王と、私がこの手で殺した、東の王。…そして、東の王の子、東の王子が、氷磨様、あなたなのでしょう?信じがたいことではございましたが、生き残っているとすれば、あなただけだろう、と先代の絆も申しておりました。昨晩その名を聞いて、そのお顔を見て、確信いたしました。」
 侍従は泣きそうな声で言った。尚も何か言おうとするのを、王子は遮った。
「もうよい。…そなたが、嘘などつくまい。氷磨どの、そうなのか。」
 氷磨は、表情を変えない。ただ静かに答えた。
「俺はあの日、父上に笛を託された。西の王が攻め寄せた時、俺は草陰から全て見ていた。父上に、そこにいる絆が、止めを刺した時も。父上が、あなたにそれを乞うたようだった。幼くともそれは、わかった。」
 侍従が再び口を開いた。
「氷磨様、それでも私は、あの日王様に従うことを選んだのです。私は、あなたの仇。」
「仇なものか。あの日あなたは、父を西の王の手にかけさせなかった。父の最期の望みを、叶えてくれた。恩こそあれ、恨みなどない。あの王に逆らえば、あなたも今この世にはいなかったはずだ。」
 十年前のあの日、王は東の一族を裏切り、滅ぼしたのだ。西の一族のために。己を利するために。それが王の正義であった。侍従は知っていて、ずっと黙ってきたのだった。王子の知らないところで、この男はどれほどのものを背負ってきたのだろうか。王子は、侍従と氷磨に問うた。
「父上を、…王を、恨んでいるのか。それを晴らしたいと、思うか?」
氷磨が答えた。
「王子、今恨みに任せ、お前を殺すこともできる。王が俺の家族を殺したように。お前を殺して、王にそれを示すこともできる。しかしそうすれば必ず私も殺される。それにお前は何も知らない。あの殺戮になんの責任もない。さらに言えば、絆、あなたは王子を守ってきた者だ。俺がもし王子を殺す、と言ったらどうする。」
 侍従は氷磨を見つめた。
「私は…お二人のどちらかを選ぶことはできませぬ。かつて私は、幼き氷磨様にお会いしております。そのお父上、東の王にも、先代の絆の弟子としてお世話になったご恩がございます。されど、西の王のお考えをよく存じております。あの方は、西の一族こそ、神の一族こそこの地を治めるに相応しいとのお考え、私も実際、それに加担しております。その西の王に生かされ、王子様のご成長をずっと見守って参りました。王子様が無事ご成人あそばされ、いずれ王になった暁には、亡くなられた東の王やご一族のご恩に報いるような、よき政を、よき国を創っていただきたいと、そう望んで、王子様にお仕えしてまいりました。私は、二人の王子が共にこの国にあることを望みます。」
「つまり、王子は殺させぬ、と。」
「西の王子も、東の王子もです。」
 氷磨は厳しい顔をした。
「甘くはないか?私が笛を吹いた以上、西の王は確かめるまで気が済むまい。私はここで笛を吹く覚悟をしたのだ。王に殺されたとしても、王に真実を突き付けるために。」
 王子は、氷磨に問うた。
「氷磨どの、…最初から殺されるつもりだったとでも言うつもりか?」
 氷磨はあまりにあっさりと答えた。
「でなければこんなことはしない。」
「なぜ。」
 氷磨はため息をついた。
「村人は父上に恩があると、俺を育ててくれた。西の王にはばれぬように。役人がくれば隠したりして。だがどんなに会いたいと願っても家族はもういない。このまま隠れて生きていたところで、俺が生かされた意味はあるのか、と思ったゆえ、笛を吹くことにした。」
 侍従は、首を横に振った。
「私はお二人を生かす道を探ります。氷磨様がそのおつもりでも、みすみすそれを許すことはできませぬ。甘いかもしれません。それでも、私は…」
 侍従の目に、強い光が宿った。
「後悔はしたくないのです。もう、二度と。」
 三人には、この日を含めてあと六日、考える猶予があった。共に寝起きし、食料を獲りに出かけ、煮炊きをした。多くを語り合い、互いを知った。案外、王子と氷磨は気が合った。次第に打ち解け、信頼が生まれた。五日目、氷磨が言った。
「ずっと昔から、互いを知っていたような気がする。」
 王子は笑った。
「私もだ。こんなに気の合う友に出会えるなどと、夢にも思わなかった。」
 王子には、同年代の気のおけぬ友というものがいなかった。王子という立場もあろう、仲良くなろうというよりは、今のうちから取り入っておこう、という者が多かった。私利私欲なく王子に接してくれるのは、侍従だけだった。その侍従も楽しそうだった。ただ、この先のことを考える時を除いては。
 七日目がやってきた。三人はそれぞれに腹を決めた。氷磨が言った。
「聞き入れよう。これより俺は笛を吹かぬ。絆の言う通り、生きていよう。この笛は大切なものだ。しかし、二人の友ができた。いずれその友の治める国ならば、この目で見届けたい。笛を渡そう。」
 侍従は氷磨に、生きることを必死に求めた。今の王が崩御あそばされ、王子が次の王となるまでは今まで通り息をひそめていてくれ、と。氷磨はそれを聞き入れたのだった。侍従は微笑み、頷いた。
「笛はお預かりいたします。もし、この笛をお渡ししたうえで王様がご納得なされぬ時は、私に考えがございます。…もう、後悔はしたくないのです。」
 王子は頷いた。
「わかった。私もできる限りのことはする。」
 王子と侍従は、氷磨に別れを告げ、山を下りた。笛を手に、約束を胸に。王は城にて、二人を待っている。

次回 第三章

 さて、王様は納得するのでしょうか。王は何を考えているのでしょう。そして侍従を王子の側に置くほど重用しているのに、どうして「鬼子」と貶し、嫌うのでしょう。

「笛はお預かりいたします。もし、この笛をお渡ししたうえで王様がご納得なされぬ時は、私に考えがございます。…もう、後悔はしたくないのです。」

侍従は何を考えているのでしょう。老人にも、彼は何か考えを囁いていますね。そして王子ですが、彼にも甘えはもう捨てていただきましょう。

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