「潜在意識に訴える」手法の文化的背景 NLPの場合
NLP、というものがある。
ほとんどのひとは知らないし、興味もないだろう。
しかしこれがけっこう、やばかったのである。
何がどう、やばいのか。
NLPは、アメリカ発の実践心理学で、Neuro Linguistic Programming(神経言語プログラミング)の略である。
この横文字の時点で読むのやめようと思ったひと、もうちょっとだけ待ってほしい。
世の中には「潜在意識に訴えかける」手法というものがあって、そのひとつである。
そしてたいがいの潜在意識に迫る系の話と同様、NLPもまた、うさんくさい背景を持つ。
けれどそのうさんくささは、文化的に見るとおもしろいポイントでもある。
■NLPは、どんなひとたちに使われているか
たとえば占い師の会話法を暴露したベストセラー『コールド・リーディング』シリーズや、催眠を応用したナンパ術『即効魅惑術』のような俗っぽい書籍から、ジェイ・C・レビンソンらによる『ゲリラ・マーケティング進化論』のようなビジネス書までがそのバックボーンとし、政治の世界でもビル・クリントン元アメリカ大統領がスピーチ・トレーニングを受けたという。
親密な心理状態「ラポール」を築き上げる手法だとか対話者の目の動きからその人が過去/未来のいい/わるいことを想像しているかを把握し、会話を誘導する「アクセシング・キュー」の技法なんかはときどきTVでも紹介されていた。
■NLPのなにがやばいのか?
NLPは、シャーマンがやっていることといっしょである。
え? 何それトンデモ?
と思っただろう。ある意味では、トンデモです。
NLPにハマっているひとの多くは、あっち系。
でもまじめに言うと、人間の潜在意識にはたらきかけ、変性意識(トランス)状態をコントロールしようとするものがNLPであり、シャーマンがかつて担っていた仕事、という点では、いっしょである。
実際、そういうことを意図していた。
NLPの創始者リチャード・バンドラーとジョン・グリンダーが1975年に刊行した最初の書物のタイトルは『魔術の構造』。
かれらはオルダス・ハクスリー『知覚の扉』に言及し、のちにはアメリカン・カウンターカルチャーのヒーロー(細野晴臣のこころの師)、人類学者カルロス・カスタネダとそのメンターであるメキシコはヤキ族の呪術師ドン・ファンがしめした「世界を止め」「見る」ことを参照していた。
スティーブ&コニリー・アンドレアス『こころを変えるNLP』なんて、70年代にマリファナ入りクッキーを食ったときの話からはじまっている(苦笑)。
かんたんに言うと、土俗的で呪術的と言われていた領域に、心理学者として踏みこもうとした、ということだ。
結果はどうあれ、そのスタンス自体はおもしろいことだと思う。
*
■NLPの文化的なバックボーンはやばすぎる
NLPは催眠療法のミルトン・エリクソン、ゲシュタルト心理学のフレデリック・パールズ、家庭療法のバージニア・サティアの治療テクニックを理論化してつくられた。
ほかにもアルフレッド・コージブスキーの一般意味論(ハインラインやヴァン・ヴォークトといったSF作家、マウスをつくったダグラス・エンゲルバートに影響をあたえた)やポリティカルな言語学者として著名なノーム・チョムスキーの変形生成文法、人類学者グレゴリー・ベイトソンの成果もとりいれていた。
このへんの話は普通のひとは興味ないだろうが、サブカル的には耳がピクッとなるひともいるだろう。
ベイトソンといえば日本では思想家・文芸批評家の柄谷行人が80年代に主張していた「ダブル・バインド」理論の提唱者として知られている。
柄谷は「○○しろ」という命令と「○○するな」という相矛盾する命令をだすと決定不能、思考停止状態におちいる、ひいては統合失調症になる(?)、というダブル・バインド理論を(ベイトソンじしんの枠組みからはけっこう離れて)ゲーデルの不完全性定理やジャック・デリダの脱構築とむすびつけて論じていた。
今こうして書くと、それの何を大問題としていたのかがよくわかりませんね……。
……話を戻すと、ベイトソンも西海岸カウンターカルチャー史上の重要人物だった。
かれはLSDをキメてイルカと交信したトンデモ脳科学者ジョン・C・リリー博士と交流があり、研究所をタコまみれにしてそのリリーにさえ呆れられた奇人だった。
イルカのコミュニケーション分析からダブルバインド理論って導きだされたんだけど、なんでイルカだったかっつったら、リリーの影響ぬきにはかんがえられない。
映画『わんぱくフリッパー』の元ネタがリリー博士です。はい。
で、どうしてNLPとベイトソンが関係あるのか?
かれはミルトン・エリクソンの催眠テクニックに心酔し、エリクソンの弟子ジェイ・ヘイリーたちと共同研究をしていた。
つまりふたつはもともとちかい距離にあった。
ベイトソンとはちがうミルトン・モデルのダブル・バインドってのもある(『コールド・リーディング』の石井裕之はよくこっちを使っている)。
思想や批評が好きな日本人からミルトン・モデルのダブル・バインドについて話を聞いたことはほとんどない。
精神科医・斎藤環の最初の本『文脈病』のサブタイトルは「ラカン・ベイトソン・マトゥラーナ」だったけど、さいたま先生がミルトン・エリクソンやNLPについて触れてるのを見かけたこともない(著作を全部読んだわけではないけど……)。
しかし、バンドラー&グリンダーの『魔術の構造』の序文はベイトソンが書いている。
アメリカの文献やビジネス書でのNLP人気(知名度)を見るにつけ、日米の落差にはふしぎなものがある。
それはさておき。
■NLPからニューロマーケティングへ 潜在意識訴えかけよう話の変遷
冒頭でちょっと触れたジェイ・C・レビンソンはじぶんが開発したゲリラ・マーケティングの手法のなかで、顧客の無意識(潜在意識)にうったえかけることを初期から重視していた。あとじぶんの人生においてベイトソンが重要だってことも書いていた。
レビンソンは2000年代以降、マーケティングにはNLPを採りいれるべきだと主張している。
で、そのNLPはカスタネダが砂漠でペヨーテ(幻覚サボテン)とか食って体験したことを心理療法から日常会話、ビジネスにおける交渉術やマーケティングにまで応用しようとしたものなわけだ。
ベイトソンはイルカ研究だったけど、カスタネダは砂漠で修行して烏になったり虹色の犬と戯れたり……どっちにしてもNLPが参照する「潜在意識」とは、ようするに動物の世界だ。人間の根っこのほうにある無意識=動物的な感覚をあやつる技術(呪術?)がNLPなのだ。
いつもは砂漠できたない格好をしていたドン・ファンが街中にスーツを着てあらわれ、弁護士と仕事をしていたと言ったときカスタネダはぶったまげていたけれど、もうおどろくことじゃない。
スーツを着た呪術師は世界じゅうにいる。
いまやビジネスの主戦場は意識=言語ではなく無意識=非言語の世界にある。
*
ただ、このへんの潜在意識に訴えていく試みは、2010年代にはもっと科学的にちゃんとしたバックボーンを持って取り組もうとしているニューロマーケティングに取ってかわられていっているように思う。NLPは、アメリカではそれなりの影響力を持ったのだから、実践知としては役立つものだったのだろう。しかし、いかんせんここで紹介してきたように、いかがわしい話が多すぎる。
脳科学や神経科学をもとに人間の原始的な部分を研究し、ビジネスに活かす、という方が受け入れられやすいに決まっている。
NLPは文化的に見ると興味深い存在ではあったけれど、文化の部分は削ぎ落とされていき、科学的なものに代替されていくのが、世の常である。
いずれにしても。
あたらしい手法や理論が現れたら、そのバックボーンをさぐったほうがいい。
なぜそんな研究をしているのか。どんな文脈から生まれてきたのか。
それを知らないと、いつのまにかやばいほうに取り込まれてしまう可能性もある。
取り込まれた人生も、それはそれで、楽しいのかもしれないけれど……