短編小説_プレゼントはいりません。
朝起きると、ベッドサイドに見覚えのある箱があった。
サンタクロースかな、と考えて自分の歳を思い出す。29歳の私の靴下にさえプレゼントが放り込まれるなら、サンタさんもいよいよ2、3年以内に破産することだろう。
手触りの良い黒いベルベット張りの小さな箱をそっと手に取る。振ったり揺すったりなどしなくてもわかる。中身は光り物だ。しかも、おそらく誰かさんの給料三ヶ月分の。
私はベッドから起きだし、軽く体をほぐしてからリビングへ出た。パンの焼ける香ばしい匂いがふわりと鼻孔をくすぐる。
「あ、綾ちゃん、おはよう」
平介が台所に立っていた。着丈のあっていない黄色のエプロンを肩から下げ、大ぶりのフライパンで目玉焼きを焼いている。カウンターに置かれた2枚の中皿にはすでにサラダとウインナーと、表面がきつね色になったトーストが乗っていた。ぐる、とお腹が鳴る。
朝食ができるのに合わせてコーヒーを淹れよう。そう身体が動いてから、聞くべきことがあったのを思い出した。
「ねぇ、あれ、なに？」
「あれってなんのこと？ サンタさんじゃない？」
平介はわざとらしく視線をそらす。普段からすっとぼけたところのある人だが、生憎それを上手に使うなんてことはできない。やはりあの小箱は平介かららしい。
中身は開けなくてもわかっている。指輪だ。
コーヒー豆をがりがりと挽きながら、つい先日のことを思い出す。平介からの、二度目の結婚の申し込みを断った夜のことだった。
一度目は私の誕生日、夜景の見えるレストランだった。コトンと音を立てて白いクロスの上に置かれた丸みのあるフォルムに背筋がすっと伸びた。ベタベタな場所で開かれた小箱には、私好みのシンプルだけど繊細な指輪。その美しさに一瞬クラっときたけど、申し込みはぴしゃりと断った。
私はまだ働き始めて間もなかったし、ようやく仕事が面白くなってきたところだった。平介のことは好きだったが、まだ早いと思ってお断りした。彼はしばらく落ち込んでいたけど、いつの間にか普段の調子に戻っていた。
そして二度目の結婚の申し込みされたのが先日のことだった。今度は二人が付き合って4年目の記念日。仕事で遅くなって帰ると、明らかにパーティー用に装飾された部屋ととんがり帽で180㎝ある身長をさらに高く盛り上げた平介が待っていた。
ちょっと値段のはるシャンパンやイヴの日らしい食事をあらかた楽しんだあと、あの時と同じ指輪が目の前に差し出された。今度は少し迷ったが、同じように断った。一度突っぱねている以上、そう簡単に答えを出して良いのかという負い目もあった。酔いに任せて誤魔化していたけど、平介はおそらく落ち込んでいた。
そして今日はクリスマス当日、ベッドサイドに置かれた指輪。趣向を変えたプロポーズかと思ったが、シラを切ろうとする様子を見る限りそうではないらしい。
私はマグカップを用意しながら平介に聞く。
「サンタさんはどうしてこの指輪くれたのかなぁ」
「きっと綾ちゃんが光り物が好きだからだよ」
「でもデザインがすっごく私好みなの」
「ほんとに？ やっぱりそうだと思ったんだ！」
平介は「あ、」と漏らしたきり、ぱったりと押し黙る。
「プロポーズ断っておいて、もらえないよ」
「そう言うと思ったから今日にしたんだ。僕は君を困らせたかったんじゃなくて、君に喜んでもらいたくて選んだんだから」
平介の手はせかせかと朝ごはんの用意をするフリして、ほとんど無駄に空を切るだけだった。きっと真剣に話してくれているのだろう。
それに指輪だって、それなりに値段のはる代物だろう。変なところで真面目な平介のことだから、本当にきっちり給料三ヶ月分かもしれない。それなのにフィンランドの白髭おじさんのからの贈り物にしてしまうなんて。
本当に、あなたという人は。
「ねぇ、サンタさんに言っておいて。申し訳ないけど、プレゼントいりませんって」
「どうして？」
「この指輪を貰うのは、次のプロポーズの時って決めてるから」
私がウィンクして答えると、平介はぽかんとした顔からみるみる頬を綻ばせた。お湯を沸かしていたケトルが賑やかな音を立てて一日の始まりを知らせる。
朝食の目玉焼きは底が焦げて固焼きになり、焼き立てだったウインナーは冬の静けさにほんのり冷め始めていた。今日も寒いね、と笑いながら平介と並んでコーヒーを啜る。近所の家具屋で買ったキャメル色のダイニングは柔らかい朝日をよく浴びて滑らかに光っていた。
だってもう応えないわけにはいかない。あなた以上のサンタクロースなんて、この世にはいないから。
コーヒーのカップの底にさらさらと溶けきらない甘さが潜む。頭ひとつ分高い平介の肩が楽しそうに揺れる。私の薬指には真新しい朝が嵌っていた。
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