【短編】女達の戦い、時々ブロッコリー #同じテーマで小説を書こう
僕の彼女は、スーパーモデルだ。
しがない一般人が何を言う、気でも狂ったのかと思われるかもしれないが、本当のことだから仕方がない。それに僕はスーパーモデルと付き合ったのではなく、彼女がスーパーモデルになったという順番なので、誤解のないように。
しかし彼女が世界に羽ばたくまでの道のりは、決して平坦なものではなかった。先々に立ちはだかる羨望、嫉妬、足の引っ張り合い。そして行く手を阻む、ブロッコリー。
それらをどうやって乗り越えたのか、少しだけ話をしよう。
*
時代を席巻した第一次ブロッコリーブームを日本で最も嘆いたのは、きっと彼女だったろう。
一際太い茎と緑の深い花蕾。彼女が口にしているところを見たことがないそれは、いつも皿のの端に避けられていた。
「食べないの?」
と聞くと彼女は青ざめた顔で首を振った。ブロッコリーを愛する僕は、女の子はみんなブロッコリーが好きなものなのだと勘違いしていた。
現に人気の女優さんたちはインスタで毎日「#今日のブロッコリー」と銘打って写真を投稿していたし、彼女たちがマヨネーズ片手にブロッコリーにかぶりつく絵は見ていて爽快だった。
スラリとした手足に整った顔立ち、モデルを夢見る彼女も同じだろうと思っていたけれど、どうやらそういうわけでもないらしい。
「昔からブロッコリーだけは駄目なの」
俯く彼女にワケを聞くと、小さい頃に見た黒人のアフロダンサーのキレキレダンスが怖くて、今でもトラウマになっているらしい。だからアフロに似たモジャモジャを見ると青ざめてしまって何も喉を通らないと説明してくれた。
はじめは冗談かと思ったが、彼女の顔色の悪さを見ると納得せざるを得ない。いつも明るい笑顔が、その時ばかりは歪んでブロッコリーから必死で逃げているようだった。
僕は誓った。僕が一生ブロッコリーから彼女を守るんだ。
*
しかしその誓いはいとも簡単に崩れ去ってしまった。
モデル仲間との女子会だと言って出ていった彼女が、やつれた様子で泣きながら帰ってきた。話を聞くと、今日の女子会のメニューというのがお店オリジナルの「ブロッコリーづくし」だったらしい。
彼女は女子会に参加する際にあらかじめ「ブロッコリーが食べられない」と言っておいたというのに、彼女をよく思わない数名が仕組んでそのメニューに決めたのだという。
確かに彼女は最近モデル業が忙しく、大学に通うのも一苦労という状態だった。確実に雑誌で目にする機会も増えてきている。今が頑張りどきだと言って笑っていた。
それなのに食べられないブロッコリーを目の前にして青ざめる彼女。それを見てニヤニヤ笑っているモデル仲間たち。僕は優しく彼女の頭を撫でながら、叫んだ。
「そんなやつら、みんなブロッコリーになってしまえばいいんだ」
そんな言葉は気休めにしかならないとわかっていたけど、言わずにはいられなかった。彼女を守れなかった自分の不甲斐なさもあるが、まっすぐに努力する彼女を蹴落とそうとする女達が許せない。
どうにか彼女が、これからも幸せにモデルを続けられる道はないだろうか。泣き疲れて寝入ってしまった彼女の横で、僕は必死に考えた。
*
今までで一番大きな仕事が入ったという。
新進気鋭のデザイナーの新作発表会。写真だけでなくランウェイを歩けるその仕事は、彼女の今後のモデル人生を大きく左右するらしい。
だが喜んでばかりはいられなかった。以前女子会で彼女を貶めたモデル仲間たちも呼ばれている。中でも一押しの新作を着られる彼女の妨害を企んでいることは目に見えている。
前回で学んだことだが、常に僕が近くにいて彼女を守ることはできない。それに今後の活躍を考えたら、ますます彼女はやっかみの対象になっていくだろう。
彼女のために僕にできること、それはそう多くはなかった。けれどできる限りのことはやったつもりだ。
そして仕事当日、やはり刺客たちはやってきた。
「何あれー」
「ブロッコリーみたーい、かわいー」
客席で見ていた僕は驚いた。序盤で出てきたモデルの髪型がアフロヘアだったのだ。それも一人や二人じゃない、足並みを揃えたかのように大小様々なモジャモジャがランウェイを歩いてくる。
最近若者の間で流行り始めているらしく、ブロッコリー好きの権化とも言えるハイカラな女子たちが口々に「あれいーなー、わたしもしよっかな」と共感を寄せている。第一次ブロッコリーブームは収まるところを知らず、そのまま第二次ブロッコリーブームに移行せんという勢いだ。僕はただ彼女が心配だった。
舞台袖にいる彼女は、きっとブロッコリーの世界に紛れ込んだような気持ちだろう。僕は唇を噛んで彼女が出てくるのを待つ。どうか、どうか立ち向かえますように。
会場すべてのライトが一点を照らし出した。眩しくて目を細めると、ぼんやりと輪郭が見え始める。
ふわふわなのに、ゴツさの残る、全く新しいファッション。それは紛れもなく、
「ブロッコリーだ、」
巨大なブロッコリーを傘のようにしてランウェイを歩く女性。凝ったデザインの真っ白なワンピースとブロッコリーの緑がよくマッチしている。
今までになく盛り上がる黄色い歓声。動じることなく堂々と舞台を闊歩する姿に、動揺や怯えの色は一切感じられない。
僕はニヤリと笑って、彼女の勝ちを確信した。
✳︎
朝のニュースでも話題になった"ランウェイ"を歩く巨大ブロッコリー。タイトルはどこも「第二次ブロッコリーブーム到来!」。
彼女は見事にブロッコリーを克服した。
ーーーーように見せかけられたようだ。
僕は彼女を守るため、少しでもブロッコリーに対する恐怖心が薄れるように特訓したのだ。ゆるいキャラクターのマスコット、ブロッコリーのマークが入った小物。大丈夫そうなものから試したが、そのどれもダメだった。お弁当に入っている彩のブロッコリー ですら避けるのだから、そもそも見えていることがダメなのだとわかる。
途方に暮れた僕は押してダメなら引いてみろの戦術で、彼女に巨大ブロッコリーを持っていった。それはちょうど傘にできるほどの大きさで、近くで茎の部分だけ見る何物なのかよくわからない。彼女も「これなあに?」と不思議そうにペタペタ触っていた。
ようはアフロ部分が見えなければよかったのだ。彼女がブロッコリーを抱えもっていれば一見は「苦手を克服した」ように見せられるし、最悪武器にもなる。視界に映るブロッコリーを見ないように身を隠すこともできる。一石三鳥というやつだ。
そんな見せかけアイテムがどうしたわけか新進気鋭のデザイナーの目に留まり、見事なマッチングで登場したというわけらしい。今や第二次ブームの火付け役として引っ張りだこの彼女は、巨大ブロッコリーとともに日本中を駆け回っている。
でもどうしてあんなに大きなブロッコリーを持っていたのかって?
それは僕が日本一大きなブロッコリー農家のしがない一人息子だからだ。
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こちらの企画に参加しています*
ぶっちゃけすごく苦労しました…笑
でもどうせならこんなときじゃないと書かないようなものを!と頑張って書きました。出来はわかりません、ただ楽しかったので良しとしようと思います。
ちなみにわたしはブロッコリーにバジルソースとかを絡めて食べるのが好きです。冷凍のブロッコリーに市販のパスタソースのバジル味とかかけるだけでもめっちゃ美味しいですよ、おすすめ。
最後になりますが企画してくださったしほさんに感謝*