パン屋の女(写真はイメージ)
バ先のパン屋には就業体験として高校生がやって来る。
本来就業体験とは、卒業後は就職を希望する高校生が、実際の社会的環境に身を置き、社会の一員として生きることを実感する機会であるが、うちのパン屋に限っては悲しくなるほど就業体験とは名ばかりである。
溜まったお盆を拭いて、洗い物をして、チラシを折って、床を掃除する…
いやシンデレラ
やってること小間使いのシンデレラと大して変わんねえのよ
社会に出た自分を想像するには、その弱すぎるラインナップじゃあまりにも難しすぎやしないか。
うちのパン屋(名前は伏せたいのでこの呼び方でいく)では就業体験の目的8割も達成させてあげられていないんじゃないかという気がしてならないし、先生は一体こんなところで何を学んでほしいのか、はたまた生徒は何を学んだのか聞いてみたいものである。
暇を持て余したパン屋で。
え???私そんな店で働いてんの?
うわあびっくりした。自分のことまで下げててびっくりした。何もそこまで言わなくたっていいじゃん。
"うちのパン屋"で働く一メンバーとして、そんなプライドのないこと言うのはとりあえずやめとこうじゃないか。
そうは言いつつも、こちら側もほんのり申し訳なさを感じながら、丁寧に、ゆっくりと、時間をかけて作業する高校生を見守り時に声をかけて、さりげなく効率の良い方法へと導く。
本当に、本当に、本当にゆっくりだから、でも悪気は無いから、やんわり丁寧に教えてあげるのがコツだ。
大抵の子は「分かりました!」と受け入れ、言った通りにしようとする。素直でいい子だ。しかし遅い。待ちくたびれて首が出そうなほど遅い。
作業効率は断然改善されたが、スピードで勝負する気は到底ないようだ。
まあいい、彼らが近い将来社会の荒波でもみくちゃにされた時、"うちのパン屋"=あまりにも優しすぎる社会があったということ、何年先でもいい。
あのお姉さん優しかったなあなんて…私のさりげない優しさに気付いてくれたらいいな…。
なんてことにはきっとならないでしょう。
話を戻します。
高校生に洗い物をしてもらっている時、本当は少し離れて社員さんたちとおしゃべりしたかった。
でも、その子をほったらかして社員さんたちと喋るのは少し気が引けたから、気遣いのつもりでその子の隣で食器拭きながらおしゃべり役に徹することにした。
話下手な私にとってこれはかなり挑戦だ。
いくら気心知れた仲であっても、何話そう、、、のお決まりワードが気づけば頭の中を埋め尽くしがんじがらめになっている、そんな私が!自ら話し相手に買って出たのだ。
我ながらすごい。いい心意気だ!
練習だと思って話を続けちゃおう!!
人間を相手に練習できる機会なんてめったにないもん!!!!!!!
よろしくお願いしまーーーす!!!!!!!!!!
調子はよかった。
部活のこと、学校のこと、就職のこと。対話が苦手な私は、練習相手と化した高校生をまるでsiri相手かのようにあれやこれやと聞いては、それなりに会話を続けていた。
キャッチボールは思いの外長く続き、手応えも実感していた頃、やっと洗い物が終わった。長かった。
そして少しの沈黙。
高校生:『他に何か聞きたいことありますか?』
え、そうくる???
私は思わず「えっ?」と聞き返してしまった。リスニングも出来たし、理解もできた。これが国語のリスニングテストであれば、私はガッツポーズでもしていただろう、というくらいには。
でもまさか、私に、そんなこと聞くかな?????
『あっ、他に聞きたいことありますか?なんでもいいですよ。(笑)』
びっっくりした。本当に言ってた。私日本語ちゃんと理解できてたんだ。マスクの後ろで笑いが止まらない。
「え、え〜!!他に、、、??
んーなんだろう………逆に…………ある???」
一か八か聞いてみた。
「いやあ〜。特に無いですね……すみません…」
謝んな。
謝んなよ!!!!!!!!!!!
そりゃそうだろうよ、初対面で名前も年齢も知らないパン屋の女の何を知りたいんだよ。
でもな、私も君に興味があってお話ししていたわけじゃないんだよ。私なりの気遣いだったんだよ、、、、、泣
ゼェゼェゼェ…………
大人気ない。
そんなこと言えないし言わない。
でも恥ずかしかった。恥ずかしいというかなんというか。こっちは心遣いのつもりで話しかけてただけなのに、
"えっ、なんかめちゃ聞いてくるこのパン屋の女…
僕にそんなに興味あるのかな……"
なんて思われてたってこと??
たまったもんじゃねえ!!!!!!!
私は何でもかんでも聞いてくる、名前も知らないパン屋の女で認知されちゃったのかにゃ???
やれやれ。
気遣いや優しさが裏目に出るとはこういうことを言うんだろうか。
違うよなあ。
裏目に出たと言うよりは、ちょっぴり珍しい思考タイプの人間に出会ったと言った方が合ってるのかもしれない。なかなか興味深い出会いだ。
この気持ちはなんだろう。いつか歌った合唱曲が記憶の彼方でハーモニーを奏でている。懐かしい。そして恥ずかしい。この気持ちはなんだろう。
ああ…
次はかの有名な小田和正のメロディがエモーショナルなCMとともに脳裏で再生されている。
ははは。これを読んだ人は、どんなことを思うかなあ。この気持ち、ぜひ言語化してほしい。
私はいまだに、言葉にできない。
〜 ♪ 〜
ありがとうございました。