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Bar シェリル⑨ ~その男コージ~
全く参っちまったなぁ…。家路を急ぐ人の流れにため息をつきながら駅の改札口を出るのは、コージ…。
そう、あのコージである。
まさか居座られるとはね。
あの夜、シェリルに連れて行った女、千草が段々重たく面倒に感じ始めている。
最初は良かったんだよ、良い感じで客あしらいも上手くってさ。サバサバした性格も気に入ってたし。
出会いは2年ほど前に出張先でたまたま立ち寄ったスナック。千草はそこのママだった。
店の名前と同じなのよ、初めて行ったときにそう言って笑った顔と目の下にある泣きボクロがセクシーで毎晩のように通って。あそこに出張が決まったら正直なとこウキウキだったもんな…。
何度目かの出張の最後の日
コーちゃん、今日でこの店ともバイバイなのよ。寂しそうに千草は言った。
え?なんで?急な話に驚きを隠せずに訊いてみると、元々は華やかな通りも次第に客足が遠のき、今や閉ざされたシャッターとネオンの消えた空しい看板ばかりが目立っていた。
そんな中でも『スナック千草』は出張でやってくる客でなんとかもっていたがついに閉店を決意したらしい。
ま、そんな訳だから今夜は飲みましょ。
お代は要らないわ。そう言いながら
長い髪をかきあげて肩に流すと堪えていた涙が頬を伝わっていた。
帰るに帰れず、そのまま朝を迎えて気がつけば「気晴らしにウチ来ない?」というセリフと共に新幹線に乗り、コージの元に千草はやってきた。
2日ほどで帰るだろうと軽く考えて、いそいそと新婚気分で身の回りの世話をしてくれる千草を好ましくも思っていたがかれこれ一週間という辺りで、気が付けば洗面所には化粧品、タオル類も見たことのないピンク色が増え、お揃いのマグカップにスリッパ…。
ウソだろ…。
あ!お帰りなさい!ねぇ今日はビーフシチュー作ったの。カーテンもくすんでたから替えちゃった!
千草の弾む声に応えようとしたが、言い様のない疲れを覚えて「先にフロ入ってくるわ」と言い残してバスルームに向かうと新しいパジャマが用意されている。もちろんお揃いの柄…。
マズイ、大変マズイ状況だ…なんとかしないと…。
そんな夜を過ごして何の策も浮かばないうちにまた夜になった。
品行方正だったわけじゃない、これまでだってその場の雰囲気で一緒に飲みに行ったり食事にも行く相手はいたが、ここまで踏み込まれたのはいなかった。
さてどうしたものかと改札口を出てしばらく歩いていたら雨が降ってきた。
ツイてねぇな。舌打ちしながらカバンを頭に乗せようとするコージに
良かったら入っていきませんか?コージさんでしょ?
え!?と思って花柄の傘を見ると
たくちゃんのお店でお見かけしたことありますよね?とにっこり微笑む女性。
ヒカリちゃん?だっけ?近くに住んでるの?
いえ、今からたくちゃんママの所に行くんです。セツコさん退院して、シェリルに来てるって連絡があって。まだ松葉杖は外せないそうなんですけどわたしの顔が見たいって言われて。
そうなんだ。じゃあオレもシェリルに行こうかな。一緒でもいい?
わたしは構いませんけど、彼女さんは?気にされませんか?
大丈夫だよ、彼女なんてオレいないよ!
こうしてシェリルに向かったオレのスマホには千草からの着信が20件入っていた。
やべーな…でも妻でも恋人でもないし、そもそも恋人なんて必要ない。オレにはオレの生活ってもんがあるんだし。開き直りが肝心と
ヒカリからオレが持つからと傘を取って濡れないようにとそっとヒカリを引き寄せた。身を固くするのをその手に感じる…。可愛いじゃん。
その男、コージ。飽き性で女性関係には事欠かないが終るときはいつもフェードアウト。
ヒカリには十分危険なオトコ。
だけど出会ってしまった。