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冨士原清一が飲んだコーヒーの味を追体験した話


 冨士原清一(ふじわら・せいいち)1908〜1944


  本日1月10日は、詩人・冨士原清一(1908~1944)のお誕生日です。おめでとうございます。
 そういうわけで、冨士原清一と、コーヒーの話です。

 

そこと毘沙門天の間に「白十字」があって、たしかコーヒーは十銭だったかな、そこで瀧口や冨士原清一、原研吉なんかと一緒にコーヒー飲んで無駄話した記憶がある。

『現代詩手帖』22巻 10号 (1979) 思潮社 p102
「特集●瀧口修造 インタビュー とぎれざる独白  
――若き日の瀧口修造とその時代 佐藤朔氏に聞く」
 

鍵谷〔・・・・・・〕 シュルレアリストは、どうも神楽坂の「白十字」が拠点らしいんですね。そこへ冨士原さんとか瀧口さんがしょっちゅう出入していた。話が前後しますけど、「衣裳の太陽」とか「シュルレアリスム・アンテルナショナル」の発行名義人は冨士原さんですね。そういう行動力があるんだな。

『現代詩手帖』22巻 10号(1979)  思潮社 p106 
「特集●瀧口修造 インタビュー とぎれざる独白  
――若き日の瀧口修造とその時代 佐藤朔氏に聞く」



 かつて神楽坂には、「白十字」(はくじゅうじ)という喫茶店があったそうです。
 そこで近代詩人たちがコーヒーを飲んでいたのですが、残念ながら現在は閉店しています。 

 ただ、「白十字」はチェーン店らしく、全国の様々な場所にあったそう。ほとんどが閉店してしまっていますが、一部は残っているようです。


……チェーン店ということは、おおむね味は同じなのでは?


 というわけで。
 「好きな詩人が飲んでいた味と想像しながら、『白十字』のコーヒーを飲みたい」
 ただそれだけの企画が、私の中で立ち上がったのでした。



 さて、やってきたのは、東京・京成高砂の「喫茶・白十字」。
 
 京成高砂駅から徒歩1分というアクセスの良さに驚きながら店の前へ。昭和レトロな食品サンプルが並ぶウィンドウ、その隣にあるドアを開けると、どことなく懐かしい匂いの漂う店内が現れます。



 年季の入ったベージュの壁、上品な臙脂色の椅子、滑らかな手触りのテーブル。各テーブルには、クリアパネルに入ったメニュー表。ケーキメニューの「チーズケーキ(レアー)」という表記に、レトロを感じます。ほどよい明るさの店内にはクラシック音楽が流れており、長居しやすそうな穏やかな雰囲気でした。

 注文したのはプリンセット。飲み物はもちろんコーヒー。セットにすると大変お得です。この2つで800円です。

 プリンは甘さ控えめのなめらか食感。カラメル特有の苦さがないので、子どもでもおいしく食べられそうな感じです。トッピングのイチゴ、クリーム、ミカンがうれしい。

 コーヒーのカップは、飲み口が薄くて繊細な口当たり。ミルクと砂糖がついてきます。
 お味はというと、まろやかな酸味があり、苦みは控えめ。軽めで飲みやすいコーヒーという印象でした。どこか懐かしさも感じさせるお味です。

 
 さて。
 すでに閉店してしまった神田や銀座の「白十字」のクチコミを見たところ、コーヒーについて「酸味」、「苦味」、「軽め」という言葉が使われているようです。

 おそらくほとんど味が同じか、近いものがあるのでは……?
 チェーン店だから、と予想をつけて来店したのは、あながち間違っていなそうです。


 ということは、神楽坂にあった「白十字」のコーヒーも、このお味だったのでは?


 冨士原清一がこのコーヒーを飲みながら、仲間と詩の話をしていたのだと思うと、興奮が止まりません。時を越えて同じ味を共有していると思うと、彼の詩に初めて出会った時の感動を思い出します。


 そういえば、あの時もコーヒーを飲んでいました。
 たまたま入った喫茶店(「白十字」ではありません)で、ブラックコーヒーを飲みながら『モダニズム詩集Ⅰ 現代詩文庫・特集版3』を読んだのです。
 この時は夏だったのでアイスコーヒーでしたが、なにか運命めいたものを感じ、勝手に嬉しくなってしまいます。

 窓辺には、鉢植えの花が置かれていました。窓にブラインドを下ろした店の中には、私が訪れる前から喫茶をしている初老の男性2人がいました。

 ひとりがずっと話していて、もうひとりがそれに相槌を打っていました。話の内容は次々に展開し、私が店を去る時にもまだ話をされていました。話し続ける友人に相槌を打っていた方は、口数こそ少ないものの、時々笑っているように見えました。


 冨士原清一と彼の友人・瀧口修造の関係性はこんな感じだったのだろうか、と勝手なことを考えたりもしながら、会計をして店を出たのでした。

 

 1月10日、お誕生日おめでとうございます。



 冨士原清一の紹介記事まとめはこちら。


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