影響工作の終焉 プーチンがライターを貸すとアメリカが燃える
この記事は思いついたことの備忘録です。背景となる事実はありますが、整理や検証はこれからです。
●要約
・デジタル影響工作は社会やコミュニティの状態によって、その手法、効果、対策が変わる。現状のデジタル影響工作の対策はデジタル影響工作が効果を上げにくい状態でのみ有効に働く。
・現在、世界中に欧米への不信感を持ち、臨界点まで達した反抗心を持つ状態の人々が多数存在する。認知や行動を誘導、変容させる必要がなく、ただその活動を支援するだけでよい。もっともデジタル影響工作が効果を上げやすい状態となっている。
・グローバルサウスでは国単位、グローバルノースでは個人やグループ単位で存在するこうした人々は不可視の弱者、グローバルノースのメディアに取り上げられず、制度的な支援を受けられない、共感を得られない国や人々である。不可視弱者の矛先はメディアによって可視化され保護されている人々=人種、女性、LGBTQ3などに向けられる。アメリカ連邦議事堂襲撃事件、ドイツのクーデター未遂事件などはこうしたことが背景にあり、国内問題であると同時にデジタル影響工作の問題でもある。
・社会が不可視弱者を支援しない限り、この状況が変わることはないが、現在のデジタル影響工作の対策とはかけ離れている。まら、仮に取り組んだとしても困難な面が多々ある。
1.すべてのデジタル影響工作は国内問題と表裏一体
デジタル影響工作について、ずっと違和感があったが、その正体がわかったような気がする。デジタル影響工作によって、人の認知や行動を誘導する、変えるというのが違っていた。
平時のデジタル影響工作は相手国に、分断と混乱を広めるような負の感情をかき立てる影響を与えることが多い。そのためにナラティブや偽情報を使う。しかし、最近は必ずしもそうではない。分断、混乱、負の感情をターゲットにしないようになったわけではなく、それらはすでにそこにあり、増幅、強化することが主たる活動になっている。
多くの人に、「平和だった社会にロシアがデジタル影響工作で干渉してきたために混乱が起きている」という思い込みがあるように感じる。実際には、「社会の不満や問題が鬱積して臨界点に達していたのをロシアに利用された」という方が近い。
なにもないところにロシアがガソリンを撒いて火をつけたのではなく、そこら中にガソリンがぶちまけられているところで立ち止まっている現地人に、ロシアが「ライターありますよ」と声をかけたくらいの違いがある。
簡単な図にするとこうなる。
深刻な状況とは、自殺者増加、不可視弱者支持の活動家や政治家の登場、事件化などである。アメリカでは連邦議事堂襲撃事件や白人至上主義者グループの引き起こした事件はいくつもあるし、QAnon支持の政治家も珍しくない。共感弱者を支持層にした政治家やネット上の活動家は日本にもいる。
コロナ禍でアメリカの反ワクチン陰謀論を中露が拡散していたことは典型的な例だ。ナノインフルエンサーの利用が広がっていることからもそれはわかる。ナノインフルエンサーの多くは自信の信条に合う仕事しか引き受けない。したがって、彼らへの仕事の依頼は、彼らの活動の支援になっている。
もともとデジタル影響工作はなにもないところでやるのではなく、すでにある問題を拡大することが多い。しかし、デジタル影響工作を分析する際のフレームワークではこの点の重要性が認識されていなかったように思う。なぜなら、増幅強化は確かに問題だが、元の問題を解決しなければなにも解決しないからだ。増幅強化だけを対象にしても対症療法にしかすぎない。
また、もともと負の感情によって突き動かされているので、ファクトチェックや情報リテラシー強化は対策にならない。デジタル影響工作が捏造した情報でそれまでとは異なる情報を信じ込ませたわけではないのだ。「ライターありますよ」と言っているプーチンを非難し、行動を止めても火を貸すくらいのことはいくらでもやりようがある。自然発火する可能性もあるのだ。まともな人間ならガソリンを取り除くことを先にやるだろう。
アメリカは内戦が危惧されるくらいに国内は不安定化している。まさにガソリンがまかれている状態で、ライターを持っている人間を見つけて止めることは重要だが、もっとも問題なのはそこではない。EUもアメリカほどではないが、状況はよくない。
EUを始めとする多くの国は、政府、民間企業、市民の協力による総合的な対策を掲げることが多いが、その有効性は限定的だ。なぜなら、少なからぬ数の市民はすでに問題ある状況に陥っているので協力は見込めないし、そもそもそうなるような社会的な問題を放置したままでは有効な対策とはならず、かえって問題を大きくする可能性すらある。
2.世界中の不可視弱者がターゲット
なんども書いたが、ウクライナ侵攻が侵攻が始まってからアメリカを始めとするグローバルノース各国は、グローバルサウスの持つ根深い不信感と不満に気がついた。昨今、グローバルサウスという言葉がよく使われるのは、そのためだ。グローバルサウスはグローバルノースからは不可視の状態だった。そして国際的に支援が必要な状態の国も多かった。
同様にグローバルノースの中にも不可視弱者が多数存在する。低賃金の白人労働者や日本では男性弱者と呼ばれる人々だ。
こうした不可視弱者には彼らを助けるための制度や仕組みがあまりなかった。その理由は簡単で、彼らを助けることが政治的あるいは経済的なメリットをもたらさないためだ。なにしろ不可視なのだから、助けても報道されないし、有権者からの共感も呼ぶことはない。
その一方で弱者であってもメディアに取り上げられて可視化され、救済の対象になる者もいる。ウクライナがそうであり、女性、LGBTQ、有色人種、移民もそうだ。もちろん、こうした人々に支援が必要であることは確かだが、だからといって同じように困窮している相手を無視してよい理由にはならない、少なくとも民主主義的価値感の世界では。
「データをいろいろ見てみる」はこの違いを共感格差と呼んで分析している(https://shioshio3.hatenablog.com/entry/2022/09/03/191426)。共感は政治的・社会的リソースであり、メディアによって分配されている。共感リソースが圧倒的に足りないのは労働者階級、特に非大卒白人だった。共感を得られない人々は、まさに不可視弱者である。
不可視弱者のターゲットになりやすいのが、女性、LGBTQなど共感強者というのもリソースの不公平な配分への怒りを考えると納得できる。日本でも反フェミなど共感強者を攻撃する活動家はおり、共感弱者の支持を集めている。
繰り返しご紹介してきたように、不可視弱者の一部は陰謀論者、白人至上主義者などとなって活動し、武装化し、アメリカの国内安全保障上の脅威のトップとなっている。
国単位あるいは人種、民族単位で不可視弱者となっているグローバルサウスの多くの国では、欧米に対する不信感と距離を置く動きが広がり、グローバルサウス内で結びつくことが増えてきた。
こうした不可視弱者たちは世界中に多数おり、それぞれ独自に活動を行っている。一部はナノインフルエンサーになっている。彼らの言動を増幅強化することは捏造した情報を信じさせるより、はるかに容易だ。ただ、拡散するだけで不可視弱者のフォロワーとエンゲージメントが増加し、雪だるま式に広がってゆく。
アメリカでは連邦議事堂が襲撃され、ドイツではクーデター未遂事件が起き、ブラジルでは暴動が起きたことを考えると、すでに不可視弱者たちの数と不満、不信感は臨界点に達している。拡散するだけで、さらに危険な状況にできる。そもそも臨界点に達しているので、ロシアの干渉があったからそうなったのかどうかの判別もできない。
ウクライナ侵攻当初、多くのグローバルノースのメディアはプーチンの発言を荒唐無稽と報じたが、不可視弱者であるグローバルサウスとグローバルノースの共感弱者には届いていた。
本来、国際的に連携することのなかった不可視弱者がコロナやウクライナ侵攻で結びつきつつある。それを後押ししているのが、ロシアのデジタル影響工作とも言える。
3.不可視弱者への救済をさらに阻む要因
さきほどの比喩で言うと、ガソリンがぶちまけられた状況をなんとかしなければいけないのだが、少なくとも現在ほとんどの国で考えられている対策はそうではない。
仮に対策が施されたとしても、今後しばらくは気候変動、疫病、移民、エネルギー不足、食糧不足によって社会の不安定化、弱者の経済的困窮はまぬがれない。こうした場合、不可視弱者の優先度は決して高くない。
無数の不可視弱者が世界にあふれている状況が続く限り、「ライターありますよ」程度の増幅強化によって相手国に打撃を与えることは可能だ。
問題をさらに悪化させているのが、2021年から始まった暴力の時代だ。それまで多くの現状変更は選挙によって行われてきた(不正や操作があったとしても)。2021年から暴力による現状変更が増加し、2022年にはウクライナ侵攻が始まった。世界各地でこうした暴力による現状変更がしばらくは常態化するだろう。暴力の常態化は不可視弱者の中の過激なグループの暴力をさらに過激にする可能性がある。また、暴力による現状変更は多くの場合、気候変動、疫病、移民、エネルギー不足、食糧不足といった問題を悪化させる。
4.まずは正しい状況認識と整理
まずは正しい現状認識をする必要がある。本当にガソリンがぶちまけられているのか、それは具体的にはどこなのかなど明らかにしなければならないことが多い。なにしろ相手は不可視だったのだ。
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『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。
出典
「データをいろいろ見てみる」共感格差、2022-09-03
https://shioshio3.hatenablog.com/entry/2022/09/03/191426
ウクライナ侵攻から1年、世界の半分以上はウクライナを支持していない
2023年03月06日
https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2023/03/1.php
PCIO国際会議の記録 関係者が見過ごしている影響工作の課題
2023年4月20日
https://note.com/ichi_twnovel/n/nc3f65977e34e
ウクライナ侵攻から1年 権威主義的デジタル影響工作対策の有効性
2023年4月2日
https://note.com/ichi_twnovel/n/n704674d6e7a3
「共感」地政学 デジタル影響工作はグローバルサウスと共感弱者を狙う
2023年3月26日
https://note.com/ichi_twnovel/n/na33ed79d6e27
『Manufacturing Consensus』はデジタル影響工作の新手法とトレンドを学べる良書
2023年2月3日
https://note.com/ichi_twnovel/n/nfd072b81bcf8
世界各地で同時発生した反ワクチンから親ロ発言への転換
2022年3月31日
https://note.com/ichi_twnovel/n/nce3b3fc468a7
アメリカ内戦を予見した衝撃のベストセラー『How Civil Wars Start』
2022年8月17日
https://note.com/ichi_twnovel/n/n96588acc900a
2022年の回顧:グローバルサウスと「価値を共有」した中東主要国、2022年12月31日、https://www.fsight.jp/articles/-/49453