メモ 情報戦について網羅的な知見はまだないらしい。あるいはレピュテーション・マネジメント産業躍進の話。

日本国内、特に政府の各省庁が情報戦、認知戦について予算と人員を用意しはじめたおかげで、そのおこぼれで今年は公式、非公式にいろいろなところにお招きいただいた。中には海外から世界的な権威を招いたものもあった。登壇者として呼ばれたにもかかわらず私が学ぶことの方がおおかった。恐縮です。いろいろ新しいことや再確認したことがあったが、印象に残ったのは「網羅的な知見を持つ人や組織は存在しないらしい」ということだった。

この領域は安全保障、メディア、心理学、計算社会学、サイバーセキュリティなどさまざまな関連領域があり、想像していたよりもはるかに広い。そもそも全領域全方位の戦いというのが昨今の流行なので、なにをやっても広い領域になるかもしれない。
お招きいただいた会では私がふだんなじみのない分野の専門家野方の話をきいてかなり刺激を受けることが多かった。ほんとに知らないことが多い。そして、同様に他の専門家の方々も知らないことが多いようだった。その領域ではよく知られていることでも他の領域の専門家からすると完全に未知の世界らしい。

2020年の対策は偽・誤情報の拡散を抑制するという意味では成功とされているが、ネット上の活動が社会を不安定にするのを防ぐという意味では失敗だった、とある会で私が説明し、2021年にアメリカ連邦議事堂が襲撃されたことを例としてあげた時のことだ。
海外では権威のひとりとされている計算社会学の専門家は、連邦議事堂襲撃が起こるなんて誰も予想できなかったし、どのアクターがそのような行動を起こすかもわかっていなかったという意味の話をした。
その時は時間がなくて、説明できなかったが、それは完全な誤りである。たとえばACLEDという武力紛争を監視している組織は事前に、組織的で暴力的な事件が起こることも、アクターがどれであるかも把握し、警告を出していた。他の対テロ組織も同様だっただろう。ACLEDは認知戦などの研究機関と連動することはあまりないようだし、計算社会学ともないだろう。だから知らなかったのだ。その専門家の問題というよりは研究が進んでいると思われている欧米でもその有様なのでいまだに攻撃の全体像もわからないし、全体が見えなければ効果的な防御手段もうてない。そもそも目的すらわからないこともあるだろう。
結果として見えている範囲を叩く対症療法に徹することになる。ファクトチェックやリテラシー向上、マルチステークホルダーアプローチなどがいい例だ。

次に驚いたのは防衛手段として状況を悪化させる方法を取っていることが多い点だ。自国の情報空間の防衛のためのレピュテーション・マネジメント企業を利用することが世界的に広がっているのだ。確かに表面的に敵対的なコンテンツやアカウントを排除できて、「やった感」が出るし、成果を説明しやすいのだろう。そのせいで各国で利用が進んでいる。もちろん日本政府も利用されている。
これまで暴露されたレピュテーション・マネジメント企業の手法は、攻撃側とほぼ同じだ。つまり、自国の情報空間に意図的に偏りを生み出し、議論を誘導する。敵国からの攻撃を排除するために自分で自分の領土を焦土にするようなものだ。
情報空間が不安定になれば、新しい干渉もやりやすくなる。新しい干渉があれば、またレピュテーション・マネジメント企業の仕事になる。なので、レピュテーション・マネジメント企業にといっては、クライアントが発注を止められないサイクルにはまってくれるのでビジネスとしては大成功だ。しかもクライアントの担当者は毎回成果をあげられるので大喜び。その国に暮らす国民は別として直接ビジネスに関わる人間にはよいことしかない。すぐに結果が出ない根本的な対策をやる理由はどこにもない。
しかも政府がこうした活動に関与していることが暴露されるとパーセプション・ハッキングの効果が高まる。日本の場合、マスコミはこぞって政府関与の世論操作を批判するだろう。そしてなにかあれば、政府関与の可能性が頭をよぎることになる。するとますます政府はネット世論対策に注力することになる。

こうしたことを考えると、世界選挙大戦=2024年、レピュテーション・マネジメント企業はさらに成長を続けるだろう……という気がしてきた。

参考
●連邦議事堂襲撃について下記。
昨年の合衆国議会議事堂暴動を生んだ暴力のエコシステム「Parler and the Road to the Capitol Attack」、https://note.com/ichi_twnovel/n/nc27a142b81e3

●ACLED関連
ACLEDのレポートが暗示する暴力とオルタナ民兵の時代、https://note.com/ichi_twnovel/n/n25cff2f87e9d

●世界選挙大戦について
2024選挙大戦メモ 来年の選挙が描き出す世界の姿、https://note.com/ichi_twnovel/n/n1f3efc733670

●レピュテーション・マネジメント企業ついては下記。
メモ レピュテーション・マネジメント企業が増加しているらしい、https://note.com/ichi_twnovel/n/n3dff5e327217

20カ国33の選挙に介入していたイスラエルのTeam Jorge、https://note.com/ichi_twnovel/n/n466b4650c1ff

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