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【番外編】トラックメイカーとしての武器を見直そう
悲しいけれど私にはトラックメイカーとしての才能がない。
これは決して大袈裟に言っているわけでもなく、ましてや謙遜の類でもないことは、八年も身を投じていながら未だ小さな結果すらも出せていないことが歴とした事実として証明している。認めてしまえば気が狂いそうになるが、もはや認めざるを得ないほどにことごとくラッパーに持ちかけた楽曲提供の話は固辞され、楽曲コンテストには落選し続けている。いかな根が眠れる野心家にできている私でもさすがに三十四歳という年齢にあって今も尚無名のままでいると、よもや二十代の頃と同じ熱量ではいられなくなっており、先の・・・即ち第二の人生というのも天然自然と想起してしまうのだが、しかしながらこれと言って他にやりたいことも思い浮かばないからどうも暗澹たる気分となってしまう。その落ち込みようが極端なときには自分で自分にケリをつけてしまおうか、なぞいうやたけたな手段も浮かんでくる始末なのである。
思うに、そもそも自分にはトラックメイカーとしての素養がないのだと思う。聴いた人を釘つけにする突出したセンスも無ければ、競争を勝ち抜くアイデアも浮かばない。一昔前では考えられないほどにヒップホップがチャートに上がり飽和状態にある時代の中で、私の作った90-2000年代をなぞっただけの新しくもなんともない楽曲なぞ埋もれて然るべきだと自分でも思う。それでも業界のコネがあったりすればラッパーと共作して名売りができたりするのだろうが、これまでの人生において人付き合いを避けてきた私は一切その方の人脈がない。
更に根本的に己を見つめ直してみれば、私はそもそもトラックメイクにもさほど興味がないのかもしれない。本当にそれが好きで、心からトラックメイカーになりたいと願っているのであれば自ずともっと新旧問わず作品や、そのトラックの制作手法をディグしているはずである。
実のところ私は本当の“骨絡み”の熱量を知っている。
中学生の頃の話である。
深夜にたまたまブラウン管テレビから流れてきた新日本プロレスに心を持っていかれ、忽ち夢中となった。毎週必ずVHSに焼いてはテープが擦り切れるくらいに何度も何度も繰り返したり、少ない小遣いをGONGというプロレス専門誌に充てて学校の休憩時間になると隅から隅まで読みふけたものである。自分を若きプロレス博士と自認するほどに頭の中が四六時中プロレスのことでいっぱいとなっており一寸狂気じみていたが、あの時分間違いなく私はハマるということを体感していた。
だからこそ、今のトラックメイカーとしての熱がどこかフェイクなことも分かっているのである。
と、ここまで自己卑下をネチネチと呪詛のように吐いてきたが、惰性とはいえ八年もやっている内にはそこそこの知識は有するようにはなってきた。それにあたっては師事した (と言っていいものか要はレッスンというかたちで教えてもらっているのだが) 作曲家兼エンジニアの方が二名おり、私の音楽制作の全てはその方々からの受け売りと言っても全くの過言ではない。
(本当はこの素晴らしいお二方についても話したいのだが、本題と外れてしまうので割愛)
で、お二方の内の一人、A先生には特にLOW END (ローエンド) -即ち重低音を叩き込まれ、これがそのまま今の私の唯一の長所となり得ている。
それについて詳しく言及する前にまずLOW ENDの定義は何か。
調べてみるとこれと確たるものはないが大体20Hz〜200Hzの周波数を差すようである。私はDTMを始めた当初この辺りの帯域の処理が苦手で、先生に添削というかたちで自作曲を聴いてもらう度に「なんと言ったらいいものか・・・」という困った表情をされながら、こちらを傷つけないように柔らかな物言いでLOWが全然出ていないことをUSのヒップホップと引き合いに出されながら幾度も指摘されてきた。
はなの内はいまいちピンときていなかった私だったが、来る日も来る日もLOW ENDの直しを受けていると段々と意識が下の方に向いてくるようになり、極め付けは先生の勧め通り既存のスピーカーに加え、サブウーファーをLRで二個装備したことで完全にLOWの耳になった。
因みに今の私のスピーカーはこんな感じ↓
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KRKのV6S4に同じくKRKの10.4を繋げている。
低音は指向性がないらしいからサブウーファーは中央に一個でもいいのではと思ったが、先生曰くパワーが違ってくるとのこと。 (本当はもっと位相云々の専門的な説明をしてくれたが、私の頭では理解しきれなかった)
確かに実際比べてみると一台より二台の方が音のパワーを実感できる気がする。
専門的な見方をすれば壁から○ ○ cm離した方がいいとか、空間補正プラグインを入れた方がいいとかあるだろうけどその辺は乞う容認。
私がLOWを学ぶことに前のめりな姿勢を見せたことで、先生の言うことも更に深化していきLOW ENDに対して以下のような心掛けを教え込まれた。
◾️LOW ENDの中にも更に細分化された上中下の層があるがLOWの最下層を出すようにすること。
◾️前から来るLOWではない。下から突き上げるLOWを出すこと。
◾️聴覚上、高域成分と低域成分だと高域の方が先に聞こえて、低域の方が遅れて聞こえる。この差がアンバランスだとグルーヴを損なうので必要に応じてコンプ掛けやEQでならしてサウンドを研磨すること。
◾️LOWの最下層をEQで上げても底から突き出す感じにならない場合は、そもそもの素材が間違っているので、サンプル選択から見直した方がいい。
◾️メーター上の数値ではなく実際にウーファーから流れる低音の圧でLOWが出ているか否かを判断すること。
などなど。
先にLOWの耳になったと述懐したが、これは少し語弊がある。90Hz以下になると“聴く”ではなく“感じる”周波数帯域になる。
例えばBASSを90Hz付近で鳴らすと地面が振動する。KICKの30Hz〜60Hzを鳴らすと地面の底が突き上がるのを体感できる。(どちらも基音が適正な帯域で鳴っていることが前提)
EQ例:BASS
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私の場合は大体このかたちになることが多い。100Hz付近を出しすぎるとコモるので、ここは丁度いい塩梅になるように抑えつつ、地鳴り帯域の60Hz〜90Hzを上げ、ヌケが良くなるように500Hz〜1khzを上げることをよくやる。
EQ例:KICK
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こんなに持ち上げる(ときもある)。地面の底から突き上げるLOWを意識している。
※注意点
EQはあくまでも加工補正をするものであって、どの帯域を何db上下するかは元の素材によって大きく異なる。例えば60Hzを10db上げると数値的にも視覚的にもやりすぎのような印象を受けるかもしれないが、結局は元の音源に対して足りない部分を補っているだけなので数値は気にしないで耳と体で判断した方がいい。
また世に出回っている参考書のEQチャートシートをあてにし過ぎるのはよくない。もう一度言うが何Hzを何db上げるとどうなるという答えはない。(私は参考書を買い漁ってきた結果、何が正解か分からなくなり沼にハマった経験がある)
〈余談〉
LOW ENDとは異なる話だが、KICKのリリース (長さ) は特に意識した方がいい。
「ドスッ」「ドスン」「ドッ」
「ブーン」「ブンー」「ブン」
ではグルーヴが全然違ってくる。
どれか正解かという良し悪しの基準は楽曲によって変わってくるので明確な答えはグルーヴがあるかないかの曖昧な一択になってしまうが、どの長さであれば首を振れるかを考えながら制作することが大事。
私の場合
◾️オーディオカット+フェードアウト処理
◾️Enveloper (Logic)
◾️Noise Gate (Logic)
でリリースを調整している。
もっと以前にはBOOM成分 (90Hz以下) にマルチバンドトランジェントシェイパー (例:Neutron Tansient Shaper) を使用したり、OZONEのLow End Focusを挿して無理くりLOW ENDの補強をするなど加工に加工を施したようなことをしていたが、そんなに弄るくらいなら適正なサンプルを選び直した方がいいことに気づいて今ではシンプルな処理しかしていない。
音のリリースはBASSにもウワモノに対しても意識をした方がいいが、KICKができれば自ずとできると思うのでまずはKICKだけでも作り込んだ方がいい。
グルーヴは「間」が肝心。
これらのことはいずれもサブウーファーを導入してから分かるようになったことである。
難しかった低音の処理は修行を続けたことで最近になってようやく安定した形になってきたと思う。
ではここまで磨いたLOW ENDが武器になりえるかと思うと残念ながら答えは“否”である。
下の楽曲を聴き比べてみてほしい。
ZORN / Rep feat. MACCHO
Lil Durk - F*ck U Thought
どちらもテイストが似ているので比較しやすい。耳に残る不穏なKEYのメロディーリフに808 / 909系の重低音+シンセベースという構造。
前者は言わずとしれたインディーとメジャーを行き来する日本のトッププロデューサーBACHLOGHCが手がけた曲。私も憧れのお方である。
後者は現行US HIPHOP最前線にいるLil Durkの曲。Chopsquad DJという者がプロデュースしているらしい。調べてみるとバックグランドはピアノのようである。
両曲をイヤホンで聴くとREPの方がLOWの迫力があるように感じるのだが、より可聴周波数が広いサブウーファーを入れたスピーカーで聴くとF*ck U Thoughtの方がLOWの最下層が出ている。REPは「前からくるLOW」、F*ck U ThoughtはよりKICKの重心が下で、「底から突き上げるLOW」という感じがする。
これはほんの僅かな差なのでよほど意識しないと分からない。音量を上げると地面の揺れ具合に違いが出てくる。
一応言っておくが楽曲の良し悪しの話ではない。製作者の意図であえてこういったMIXにしているのかもしれないし。
もう一曲
Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」
Lil Uzi Vert - Just Wanna Rock
大流行り中のCreepy Nutsの楽曲とUSの人気ラッパーLil Uzi Vertの楽曲。
一見すると世界観が異なるように思うかもしれないが、共通点があってそれはジャージークラブのドン・ドン・ドッ・ドッ・ドッというリズム。(得意気に語っているがジャージークラブなんて最近知った)
そのリズムを打っているKICKのLOW ENDを比較してみるとCreepy Nutsの方は軽くて、Lil Uzi Vertの方が重く重心が下にある。後者は今にも暴動が起きそうな感じ。
だがこれもイヤホンで聴く分には違いがあまり分からず、やはりウーファーのしっかりしたモニター環境でないと判別できないかと思う。
いずれもLOW ENDの層の比較の話だが、適正なモニター環境があってはじめて分かる違いである。裏を返せばサブウーファーを使用していないリスナーにはどんなに仕上げたLOW ENDも届かないので無意味なものとなる。
更にもっと根本的なことを言えば、音は意識をしないと聴こえてすらこない。
ミックス界隈でたまに聞くカクテルパーティー効果というワードがある。
カクテルパーティー効果とは、カクテルパーティーのような騒がしい場所であっても自分の名前や興味関心がある話題は自然と耳に入ってくるという心理効果です。
多人数の中でも意識している特定の人の声だけが聞こえるという現象のことなのだが、音楽も同様にほとんどの人はアーティストの歌声を意識して聴いているだろうから、KICKやBASSなんて雑踏のようになんとなく感知していても、よほど気を配らなければ耳に残っていないだろう。
実際私だってミックスエンジニアの勉強をする前の只の一般リスナーだった頃は歌を聴いているときに低音がどうこうなんて考えもせず、ただ歌詞とメロディーのみを聴いて「やっぱ桑田さんの詞は心に沁みるわ〜」なぞとアホみたいな顔をして感慨に耽っているだけだった。
つい最近、十年以上前に聴いていた宇多田ヒカルのAutomaticを今のLOWの耳で聴いてみたのだが、こんなに低音が出ていてグルーヴがある曲だったのかと驚いてしまった。
つまりLOW ENDに関してまず意識なんてしていないだろうリスナーに対して私が修行してきた低音処理など武器にも何にもなりえないのである。
USやUSに寄った海外勢 (K-POPなど) からしたらLOW ENDは出していて当たり前、日本からしたら意識がないので聴いてすらもらえないという状態で競争を勝ち抜くカラーにはなっていないのが現状だと思う。
だからといって自分が学んできたこと磨いてきたものが無駄だと思っていない。寧ろできているかは別としても、一応はLOWの有識者としての矜持がある。LOW ENDのことを知れて本当に良かったし、このことを叩き込んでくれた先生には衷心よりの感謝がある。
要するにLOW ENDを出せるようになったその上で、更なる武器が必要になってくる。LOW ENDが地味で分かりにくいものだとすれば、必要なのは分かりやすく印象的なもの。Still D.R.E.でいうところのピアノリフのような誰の耳も惹くようなキャッチーさ。
これらを考えた時に自分のカラーとして、人生において影響を受けたものを投影した
◾️アブストラクト (西村賢太)
◾️耳に残るリフ (Scott Storch)
※西村賢太-私小説家 2022年2月5日没。
※Scott Storch-2000年代に活躍したアメリカ西海岸のトッププロデューサー。Still D.R.E.やCandy Shopを生み出した。私が一番敬愛する作曲家である。因みに二番目はDr. DRE。
に落ち着いているが、これは永遠の課題として常に模索し続けなければいけないと思っている。
少し前にYouTube上で小池都知事の名言『密です』を使ってビートにしているクリエイターがいて話題になったが、ああいう時代の流行を切り取ったアイデアも積極的に取り入れていかなければならない。
そして最後に一番大事なこと。
トラックメイカーとして武器を磨くのは前提とした上で、売れるためになによりも必要な要素はこれなのではないかということを、最近人気知名度が急上昇しているShotGunDandy氏(@ShotGunDandymk3)がX上でポストしていたので引用したい。
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どうでもいいだろうが ここで急に俺の気持ちをこぼす 本当は俺もカッコつけてSNSとかやらない、使わない という選択を取りたいけど 俺からしたらそれは「贅沢」 俺みたいな無名でどうでも良いやつが、 俺が持ってる大きな夢を叶えるためには 俺一人の力じゃ無理だし そもそも誰も俺なんて見てないのよ だから、しつこいぐらい自分のスキルを SNSでもどこでも誇示していかないといけない 俺には 「SNSを使わないという贅沢」が出来ないのよ 「投稿しないという贅沢」が選択肢の中に入ってないのよ 本当はさ DOOMやMadlibみたいにさ 勝手に良い音楽作って、 それを勝手に聴いてくれる そんな夢のような生活を送りたい けど、現状 俺なんて何者でもないのよ だから 夢を叶えるために SNSでも何でも攻略してやるよ 使えるツールを使って何が悪いんだって話 今の俺の恥なんて、夢を叶えた時、どうでも良くなるぐらい笑ってやる!
午後8:48 · 2024年4月3日
私はこれを読んだときに思わず目頭が熱くなった。
大切なことは全てこの言葉に集約されていると思う。これは別段トラックメイカーでなくとも、全ての夢を追う人にあてはまるだろう。
何者でもない内はとにかく恥も外聞も捨ててとにかくがむしゃらに動き続けるしかない。私のような才能もコネもない凡百未満の人間がカッコつけていてもだめだ。
結句、行動するより他に方途なし。