リア王密室に死す / 感想

ミステリのネタバレなど御法度だという方は急いで回れ右していただきたい。この記事はネタバレに配慮をしないことを明記しておく。

龍神池の小さな死体を読んでからカジタツこと梶龍雄を気にし始め、このたび二作目の新装版、リア王密室に死すを読んだ。
戦後の空気感、ナンバースクールという学校でありながら当時の日本からすれば開放的で自由な学校の寮の密室で「リア王」とあだ名される優秀な生徒が亡くなった――そんな出だしの青春ミステリ小説だ。

青春ミステリ小説だなんて言うと敬遠する方も多かろう。けれどこれに関しては勿体ない。ぜひ「青春小説」と「ミステリ小説」が美しく融合した今作にチャレンジしてみて欲しい。

前後編に別れている作りも最初は鼻白んだが、いざ読み終われば、前半の主人公「ボン」の優秀だが人を疑うということをしらない青年の物語と、30年後の以外な探偵の案配が妙だ。その30年に一体何があったのか、を追想するのも楽しい。

殺人のトリック自体はあまり新鮮味はないかもしれない。そこに至る道筋も、前作と似ているといえばそうだ。けれど、そのトリックに至るまで、そのトリックが為されたあと、私たちはのんびり読んでいたこれが、青春小説として追っていた物語が、本物のミステリだったのだと思い知る。――そう、どの部分にも余計な部分がないのである。どこの場面も、どこの記述も、全てが青春小説でありミステリの伏線なのだ。こんなに見事な物語はそうそうない。

「リア王密室に死す」というタイトルを変えるべきだという意見も目にしたが、私はこのタイトルこそが良いのだとも思う。全てを読み終わった後にこのタイトルをみて、この据わりの悪さに、この言い知れない苦くも爽やかな読後感に酔える、良いタイトルに思える。

ナンバースクールのことはあまりに無知で、京大をもじった架空の学校が舞台なのかと思ってしまった。調べると、ざっくばらんに言えば京大になる前の大学のような扱いだったらしい。そんな風に戦後の空気感も、戦後の世界も知らぬ世代とはいえ、面白く読むことができた。当時を考えれば、とても身近な物語だったのかと思いを馳せている。

30年はあまりに長い。30年前の殺人事件を解きあかすだなんて無謀であろうに、30年後の探偵は華麗に解いてみせる。ただし、彼が名探偵だったというよりは、30年経ってこそ解き明かせる謎だったのかもしれない。特定の探偵が不在である。それもまた、カジタツの面白さなのかも知れない。彼はきっと今後は探偵などしないだろうし、することもないのだろう、そんな人生を思って仕舞う。

30年前の恋の結末もビターだ。苦くて爽やかな結末に、思わず感嘆の声がでた。青春小説の皮を被ったミステリ…ではなくて、本当に青春小説でありミステリだと自信を持って進めることの出来るよい物語であった。


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