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なりきりチャットに人生を捧げていた大人の思い出話6

その夜、私はいのりさんに全ての事情を伝えた。

「何を言ってるのかわからないよ………」
これはいのりさんの演じる受キャラクターの言葉だ。

一呼吸置いた後、いのりさんは自分自身の言葉で言った。

「いっちの気持ちはわからないでもないよ。
いっちとレイカはリアルでも仲いいもんね。
私たちは本当の恋人同士ではないし、こういうのは仕方ないと思う。

でも…私の演じる受キャラクターは傷ついたと思うから、封印することだけは許してね。

これでいっちとの友情が終わる訳じゃないよ。
なりきりチャットを始める前の状態に戻るだけ。

これからも仲良くしてくれると嬉しい。」

いのりさんはやはり大人だった。
現実と、なりきりを混同して考えてたのは、私とレイカだけだったんだ。


「ごめんね………。
いのりさんと話してる時間は本当に楽しいよ。
これからも仲良くしてね。」

その後は………
レイカの演じる受キャラクターとの日々が始まったのかというと、そうではなかった。
私たちは「なりきりをする」というよりもリアルで遊ぶ方が多くなった。


「お互い相手がいる状態だったから燃えたんだよね。
そういうシチュエーションだから良かったんだよ」

レイカが以前言った言葉。
ああ、こういうことだったんだなあ、とこの時始めて理解する。


レイカとはその後も仲が良かったことには変わりないけれど、ちょっとしたきっかけで疎遠になり、それから連絡を取らなくなった。
ただ、レイカのアドバイスで進路を決め、アドバイス通りの進路に進んだ。
数年後、私のウェブサイトを見たレイカがメッセージを送ってきた。

「おめでとう、受験受かったんだね」

その言葉が純粋に嬉しかった。

いのりさんは………
いつも通りチャットで会話をして、いつも通り「またね」と言って落ちて。

それから二度と私の前に姿を現さなくなった。

いのりさんは小説書きで、創作者だった。
自分が演じて、作り出した受キャラクターが深く傷ついたことが、やはり許せなかったんだろう。
私はそう解釈し、彼女と無理に連絡を取ることはやめた。

いのりさんのウェブサイトに、「今までありがとう」とメッセージだけ残して。
自分のPCから彼女のいた痕跡を全て消してしまった。

ふたつの友情を得ようとして、結局後には何も残らなかったけれど。
彼女らの存在が私の人生に大きな影響を与えていったことは確かだ。
毎日同じことの繰り返しで、つまらなかった高校生活も、彼女たちのおかげて楽しく過ごすことができた。

なりきりチャットの世界はどこかおかしくて、普通の人には到底理解できないものかもしれない。
それでも、自分にとって、

この経験は

「人生の一部」

なのだ。

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