【二次創作小説】 あの子との距離① 〜研修旅行
俺とは距離を置く岩田があいつとは自然に話す。
ずいぶん前から、いやな予感はしていたんだ。
初めて不穏な気配を感じたのは研修旅行だった。
「神城、好きな子いるってほんとう?」
陽が沈み、暗くなったホテルの中庭。
長年の片想いの相手、岩田朔英からそう訊かれたときには驚いた。
バスで出かけた研修旅行。
高校入学後、はじめての泊まりイベントだ。
その日の夕方、ホテルのロビーで岩田のおでこを傷つけてしまって、めちゃくちゃ焦って落ち込んだ。
夕食後、友達のホテル探検の誘いを断って、俺は中庭にいた。
岩田を呼び出して謝ろうかな、どうしよ…と悩みながらスマホを弄ってたら、後ろから突然本人に「神城」と声をかけられた。
驚いてスマホを落としそうになってしまう。
「ごめんごめん、ごめんびっくりさせて」
「いや俺がびびりなだけ」
岩田のこと考えてたから、本人登場でびっくりしただけ。という本音は言えない。
「おでこ平気?」
心配だったことを真っ先に訊く。
「もう全然」とはにかむ岩田。
女の子の顔に怪我をさせたのに、岩田はちっとも怒らない。
それどころか、こういう時には相手を思って大丈夫だと嘘をつくこともある。
「ほんと?」と自分で岩田のおでこを確認する。
ん?
「岩田、髪濡れてね?」
「ドライヤーが混んでたから…」
風呂上がり?!
俺、風呂上がりの岩田にくっついちゃった?!
「あっごめん近かったよね!! 卒業式んときもやったよねごめん!」
焦って体を離すと突然岩田が言った。
「神城、好きな子いるってほんとう?」
突然の質問にほっぺが真っ赤になるのが自分でもわかった。
「え、なんで……!あ、小野寺か…!?」
そういえば小野寺に、好きな子がいるか訊かれて「いるよ」って答えたんだった。
岩田の友達だから、もし距離詰められたらちょっと面倒だなと思って言っておいたんだけど。
岩田に伝わることにまで頭が回ってなかった。
「…片想いなんだ」
俺は白状した。
まだ岩田に相応しい男にはなれてない。
なかなか意識してもらえないし、頼ってもらえてない。
だから告白はまだできない。
でも、そこだけは嘘をつけなかった。
自分の気持ちは否定しちゃだめだと思った。
「…手が届かない感じの人なんだよなあ」
「岩田はさー、俺のかっこ悪いとことか知ってるじゃん?」
「俺、小学校の時ちいさかったし、勉強もそんなできないし」
「今、追いつきたくてがんばってるとこ」
「俺にとっては太陽超えて眩しい星みたいな人」
ぜんぶ本音。相手以外は。
人狼ですっとぼけるコツは、ほんとうの中に少しだけ嘘を混ぜること。
でも今はポーカーフェイスはムリだ。
恥ずかしすぎて岩田の顔を見られない。
星を見るフリをしてごまかす。
「かっこよかったよ」
予想外の台詞に、驚いて岩田の顔を見る。
「神城は小学校の時からすごく優しくて」
「神城のことを知ったら、絶対神城を好きになると思うよ」
「神城が好きな人とうまくいくといいね」
天使みたいな笑顔で俺を褒めてくれるのを聞いて、ほんとうにびっくりした。
中学に入ってからの岩田は、俺と話す時、いつもちょっと距離を取る。
たくさん頷いてくれるけど、いつも俺ばっかり話してるなーと思う。
頼ってほしい時にも「大丈夫」と遠慮がちに笑って一歩引かれてしまう。
岩田がはっきり意思表示するのはヘタレな俺を助けてくれる時だけ。
だから、まさか俺のことを「かっこいい」って言ってくれるなんて思わなかった。
「…………ありがとー」
やべ、胸がいっぱいで言葉が出てこない。
「…なんか、岩田にそう言われると嬉しいわ」
「岩田俺のこと小学校の時から知ってるもんなぁ」
「よく隣の席とかなってさ…」
「楽しかったよね」
隣の席で笑ってた小学生の岩田を思い出して、自然と笑顔になる。
俺、あの時からずっと、岩田の隣に並べる男になるためにがんばってる。
その夜は内心ガッツポーズで部屋に戻った。
だって、俺のことを知ったら絶対好きになるって言ってくれたし。
「絶対」!
思わず顔がにやける。
同じ班で良かった。
明日はたくさん話す!
今の俺を知ってもらって、もっとかっこいいとこ見せなきゃ。
嬉しすぎてなかなか寝れなくて翌朝は寝坊した。
朝食バイキング会場で思わずあくびしたところで岩田を見つけた。
さっそく声をかける。
「おはよー、寝れた?」
「おはよー、寝れた」
バイキングに岩田が好きな料理を見つけた。
「岩田!昨日の肉あったよ、謎の肉!!」
「あ…ありがとー」
あれ??
岩田のテンションがちょっと低い。
別のテーブルでの食事中、目が合ったのでにこっと笑って見せる。
笑顔が返って来ない。
あれ???
朝食のあとはホテルの会議室で研修結果発表会だ。
班ごとに発表をする。
「発表誰がやる?」
岩田を見たらばちっと目が合った。
でも小野寺と香川が「優心!! が」「やるといいのでは?」とブロックしてきた。
岩田は視線を外している。
もうこれは確定だ。
明らかに避けられている。
なんで???
俺が岩田のこと好きなことがばれて迷惑がられてる?
いや、迷惑だったら昨日みたいなことは言わないはず。
どゆこと?
急に寝不足の体が重く感じる。
優心は「俺ぇ?いいけど誰か一緒に…」と言って、小野寺に「優心はひとりでいいと思うな」と塩対応されている。
「いーよ、一緒にやろうぜ」と声をかけて、発表する優心の横に立つことにした。
ただ頭の中は岩田でいっぱいで、あまり発表のことは覚えてない。
荷物をまとめてホテルを出て、バスでオリエンテーリング会場の公園に到着した。
案内看板の向こうをじーっと見ている岩田を見つけて、めげずに笑顔で話しかける。
「そこに何かあるの?」
幽霊にでも会ったような顔で振り返る岩田。
浮かれてたぶん、正直きつい。
でもせっかくの研修旅行、くじけちゃだめだ。
「何かめっちゃあっちじっと見てるけど、何かあんの?」
「…何も」
「ないのかよ!!」
ツッコんで笑ってみたけど、空回ってるのがわかる。
なんでだろう、どうしてこうなった?
俺、気づかないうちに何やらかした?
ゆっくり話したい。
話して誤解をときたい。
オリエンテーリングは男女ペアの10kmレース。
岩田を誘おうとしたら、急に姿が見えなくなった。
香川を見かけて訊いてみる。
「いまこの辺に岩田いなかった?」
「岩ちゃんは鮎川と組になったよ、隣の席だもんね。神城は私と組になろうか、同じく隣の席のよしみってことで」
鮎川?
鮎川と話したくて、俺を避けてた??
いやな予感が背中を這い上がってくる。
いやいや、今まで一番前の席の岩田と鮎川を後ろから見てきたけど、そんな気配はなかった。
大丈夫だ、落ち着け俺。
俺は香川と組むことにした。
香川は運動が苦手みたいなので、ペースを合わせながら森の中をゆったり走る。
すると、木陰の奥でバレーボールのレシーブのような姿勢をしている岩田と鮎川が視界に入った。
「何やってんの?」
俺は迷わず合流した。
ふたりのレシーブ体勢は、落ちた鳥の巣を木の上に戻すために、相手を腕に乗せようとしていたらしい。
予想どおり、鳥の巣を見つけたのは岩田だった。
それにしても、女子が男子を腕に乗せるなんてありえねー!
岩田は誰にでも、鮎川にも、見知らぬ鳥にも優しい。
「したっけ、俺のるわー」
鮎川の上に俺が乗ることにした。
「きついわ、時間かけすぎ」
「もうちょい!もちこたえれ」
笑いながら鳥の巣を戻していたら、最初に言い出したはずの岩田が顔を逸らしていることに気づいた。
やっぱりおかしい。
10年前から知ってるけど、こんな岩田は初めてだ。
オリエンテーリングのあとは、またバスに乗って移動して、今度は大木井川でボートだ。
岩田は女子ひとり余ったらしい。
今度こそ!
俺はすばやく岩田が動かしているボートへ手をかけた。
笑顔を心がけて明るく話しかける。
「男子もひとり余ったんだよね」
同乗を断られることはなかったけど、岩田は無言のまま、すごい勢いでめっちゃ漕いだ。
やっぱり、俺との会話を避けてる。
「岩田めっちゃ漕ぐね」
「もうちょっとゆっくり漕がね?俺ら結構リードしたと思う」
やっと手を緩めてくれた。
チャンスだ。
「あの肉、何の肉なんだろーね」
「え?」
「謎の肉。食べたよね、わかった?」
「…ひき肉?」
「何のひき肉だよ!」
笑ってみせてから、俺は核心に斬り込んだ。
「岩田さ、今日俺のこと避けてない?」
岩田がビクッとするのがわかる。
その顔をじっと見つめる。
反応がこわいけど、いつも相手に気を遣う岩田だから、言葉よりもふとした表情に答えがある。
ぜったいに見逃さないようにする。
「…神城、好きな人がいるって言ってたから」
「一緒にいてその人に誤解されて、神城が好きな人とうまくいかなくなったらいやだから」
…………………。
俺は今度こそ言葉が出なくなった。
岩田は俺の嘘のせいで、俺のためを思って行動してくれてた。
そうだった、これが岩田だった。
いつもいつも、自分よりも相手のことを考えるんだ。
何か言わなきゃ…。
口を開こうとした瞬間、ゴツッと鈍い音がして、ぐらりと世界が回り、ボートが転覆した。
?!?!
川の中に放り出される。
岩田。岩田。
どこだ。
助けたい。
言わなきゃいけないことがある。
朔英!!!
水中で岩田が見えた。
必死に両手を伸ばして足を踏ん張り、岩田を水面に押し上げた。
「岩田と話すの俺好きなんだけど!たぶん岩田が思うよりも全然!!」
びっくりした顔の岩田。
気にせず続ける。
「気遣って離れるとか、さびしい事言わないで欲しいんだけど!!」
「大体…俺が…うまくいくかもわかんないじゃん!」
勢いに任せて告おうかと思ったけど、かろうじて理性が働いて押しとどまった。
まだだ、まだ早すぎる。
「うまくいったとしても話しかけるよ!俺」
「岩田のこと、小学校からの大事な友達だと思ってるから!!」
「あぶない、よけてぇ!」
話し途中で、今度は別のボートが俺らのところにぶつかってきて、またしても川の中に転がった。
ぷはっと水面に顔を出したら、岩田が俺の右腕を掴んで立っている。
「…ここ足つく。浅いとボートってひっくり返っちゃうのかな」
ほんとだ。夢中で気づかなかった。
ていうか俺、カッコつけて話してたくせに、また岩田に助けられた??
クソだせー…。
「…私も好きだよ」
!?!?!?
私も好きだよ私も好きだよ私も好きだよ私もs
「神城と話すの。神城がいいなら友達でいたい」
あ、ああそうか。そうだよな!?
あーだめだ、顔が熱い。
私も好きだよの破壊力。
掴まれたままの右腕も熱い。
思わず左手で顔を隠す。
「…じゃあ、これからも友達で」
こちらは「太陽よりも眩しい星」の二次創作小説第二弾です。
第一弾は第1話冒頭を引用していましたが、今回は4話以降を引用しています。
第一弾はこちら→ ★
※第一弾の神城は、心の中で昔と同じく「朔英」と呼んでいる設定でした。
第二弾は、2話にて咄嗟に「朔英」と口に出てしまう事件が起きたため、「心の中でも呼び捨てはやめよう…」と反省した。という裏設定の上で、オール岩田呼びにしています。
第二弾は長くなりそうなので、一旦ここで切りました。
相変わらずの妄想三昧で恐縮ですが、よろしければ引き続きお付き合いください。