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または私は如何にして一読者であることを止めてnippperに投稿するようになったか
39歳、真夏の大冒険について記録しておこうと思う。
nippperというサイトがある。
「ニッパーを握るすべての人と、モケイの楽しさを シェアするサイトです。」という紹介通り、宣材による商品紹介とかモデラ―による超絶技巧とかではなく、このプラモが楽しかった、こんなやり方したら超かっこよくなった、この工具や塗料が素敵だった、こんな風に考えながらプラモ作ってみた、とかそういう記事が集まっているサイトだ。
毎日3記事アップされるので、私は仕事前に前日投稿された分を読んでいる。憂鬱な休日明けは記事がたくさん溜まっているので少し楽しい気分で仕事が始められる。
シェアするサイト、という名前のとおり、記事はいろんな人からの投稿で成り立っている。投稿とは言え掲示板のように好きにアップできるわけでもなく、編集さんに送って、採用されれば掲載という形をとっている。
このサイトを知ったのは、確かウェザリングペーストを買おうとして色味を調べていた時だったと思う。
個人サイトっぽくない見た目なのに、商業とは思えないほど軽い文体で、でも必要な写真は乗っていて助かったと思ったことを覚えている。
遡って記事を読んで、面白いなと思いたまにサイトを訪れるようになり、そのうち毎日更新していることに気がついて、訪問するのが毎朝のルーティンとなった。
その頃はプラモに復帰してからしばらく経っていた時期で、昔なかった塗料とか工具とかでただ作るのが楽しかった時期から、合わせ目を消さ「ねばならない」、ヒケを埋め「ねばならない」そんな風に思いながら作るプラモが少し億劫になって来ていた時期であった。
仕事から帰ってきて作りかけのプラモを「○○をしなきゃなー」とか風呂に入りながら考えて、さっぱりして、面倒になって、結局スマホをポチポチして寝るみたいな日が多くなっていた。
そんな風にプラモを作ったり作らなかったりしながら毎日nippperを浴びる生活をしていると、自分の思い違いにふと気が付く。誰もプラモで「ねばならない」なんて言ってない。滑り台に艦船を貼り付けたり、
ランナーのまま飾ったり、
一色だけで塗ってみたり、
勿論しっかり塗装や工作をしてみたり。
作品を作りあげることだけが楽しいのではなく、楽しいことが楽しいのだと、思い知った。
思い知ったあとは塗りたいときは塗るし、掘りたいときは掘るし、埋めたいときは埋める。そういう付き合い方に変えてみた。趣味として気楽に向き合うこととしたプラモデルは楽しい。
仕事から帰ってきて作りかけのプラモを「○○してぇな」とか風呂に入りながら考えて、さっぱりして、机に向かうのを繰り返しているうちに、いつの間にか10年間色々やってたスマホゲーから卒業したりしていた。
そんなこんなで過ごしていた今年の7月、いつものように休み明けのnippperを楽しんでいると、アバンテJrについて書かれた記事に出会った。
私は比較的おじさんなのでアバンテの熱狂をリアルタイムで体験していたし、そうだったそうだったという懐かしい目線で読んでいた時、ふと自分のエンペラーの思い出を思い出した。
思い出して、今ならエンペラー作るのも楽しい気がするな、作って楽しんだらこのエピソードはちょっとnippper的であるな、と思った。思ってしまった。
そうして投稿してみたら楽しそうだと気が付いてしまったので、ポチポチ文章を打ってエンペラーをポチった。
後に掲載された記事がこちら。
折角今までやったことないことやるのだから、と、nippper的に戦力カウントされる5記事を目標としてみようと設定。
今まで使ってきた工具とか、積んでるキットとかを使えば本数は書けそうだなと思い、とりあえず、名前が好きで買って以来愛用のきさげヴァジュラの文章もポチポチ打った。
掲載された記事はこちら。
勢いで2本書いて、数日寝かせて推敲して、一週間後、写真も撮らずに文章だけでいきなり送り付けた。ぼろくそに言われるかと思ったが、文面にはさほど触れられず、写真をつけろとなったので写真撮影の準備とか構図とか悩んでまた一週間くらい。ヴァジュラの写真を撮って送って、リテイク待ちをしていたら、来週の木曜掲載とか言われて焦った。
影山ヒロノブありきのあの怪文書が通るんですか……?と恐れおののきながら、初めての掲載となった。
エンペラーはまだ組み立ててもいなかった。
いくら編集を通したとはいえ、自分の打った文章と撮った写真がそれなりのPVの所に載ってしまうというのは結構な恐怖であったので、模型部屋にこもってビールを飲みながらエンペラーを組み立てて、アップされる時を待っていた。
実際にアップされて、それが人の目に触れるというのは中々の快感であることを知った。ネットストーカーじみた検索でもって反応を眺めて、気持ちよくなって、ピッチを上げてエンペラーを完成させて写真を撮った。
エンペラーの方がどう考えてもエピソード力は強いと思っていた通りで、それまでブログを読んでいたり、作品を見ていたモデラ―さんが反応しているのを見て明確に投稿にハマったと思う。
ラジオにネタを送ってパーソナリティが笑ってくれた感覚に大変近い。
誰かに何かが届くこと。海に投げ入れたボトルメールに反応があったようなそんな感覚は今まで味わったことがなく、自分の楽しいという感覚がだれかの楽しそうにつながるという経験は投稿童貞を喪失した私を更なる投稿へと駆り立てた。
3本を一気に書いて、1本はリテイクからの書き直しを経て、無事に目標としていた5記事の掲載に達した。
個人的に一番はティラノだった。ポンデリングとフレンチクルーラーとオールドファッションとビッグマックを買ってきてどれが一番いい感じかとプラモと並べるというのは、投稿戦士にならなければ一生やることのない行動であったし、なんなら投稿戦士でも一生やらない。
作ることが楽しいプラモが、伝えることも楽しいプラモにもなる。1+1が200で10倍になるような感覚といえばわかりやすいだろう。
とそんなことを言いつつ、ここ2週間はろくすっぽプラモを作らずに自由時間は地球防衛軍6ばかりしている。地球は俺に任せろ。
守ったぜ(40時間かけてクリアした)
2週間も離れているとまた楽しそうなことが頭の中に溜まってきているので、そろそろ防衛軍から投稿戦士に戻ろうかと思う。
趣味は趣味として、楽しいように楽しいものをやっていけばいいのだと。
ついでにその楽しいを誰かに伝えていければさらに楽しいのだと。
そして別に趣味だからといって楽しま「ねばならない」わけではないのだと、そう学んだプラモを一生の趣味として付き合っていければと、そう思った真夏のお話。