ろうそくの火を吹き消さない誕生日パーティー
東日本大震災が発生したのは、誕生日の前日だった。
春休みで授業も部活動もない昼下がり。親は仕事の為わたしは祖母宅に預けられ、ソファに寝転び携帯小説を読んでいた。
突然、地球がガターしたような大きな違和感を覚えた時にはもう目の前で電子レンジが飛んで食器棚に突き刺さっていた。
家は壊れてもう住めない。水も電気もない。親は仕事で避難所の運営に24時間奔走している。当然わたしの誕生日どころではないと思っていた。
ところが 非常用と書かれた極太ろうそくが灯る中、わたしの目の前に焼き菓子の詰め合わせとコーヒーが出てきた。時間も資源も限られた環境で、親がわたしの為に準備してくれたのだ。
紙皿に焼き菓子をのせ、紙コップにコーヒーを注ぎ、ろうそくの火を吹き消さない誕生日パーティーが開催された。ラジオからは常に津波の死者行方不明者と原発の状況が流れていた。死と隣り合わせの誕生日。ひとつ齢を重ねられることの奇跡を痛感した。一生忘れられない、忘れたくない、忘れてはならない誕生日になった。
毎年、誕生日が近づくとあの時のラジオから流れる音や周囲の空気感が身体中を支配し、死の匂いを思いだすようになった。
友人とパチパチ煌めく花火が刺さったサプライズケーキを食べた年も
同僚とレストランでチーズフォンデュを食べた年も
恋人と綺麗な夜景を眺めながらフルコースを食べた年も
家族で焼肉食べ放題に行った年も
毎年(なんとか奇跡的に死なずにこの日を迎え、無事にひとつ齢を重ねることができた)という意識は常に頭にこびりついていた。
同時に、あの日からもう一生わたしは誕生日を心の底から楽しむことは出来ないという事実に激しく落ち込んだ。
今年は流行病の影響で、まるであの日のようにラジオやテレビから死の匂いを強く感じる機会が増えた。どこにも出かけず家の中で誕生日を迎え、テレビの画面上部の速報で流れる死者数に涙が止まらなくなった。過去の恐怖心から全く逃れられない自分が嫌で嫌で仕方なかった。
そんな時にこの本と出会い、椎名さんと知世ちゃんの世界に触れた時、初めてそんな自分をまるごと愛そうと思えた。
椎名さんも知世ちゃんも最初から強かったわけではない。椎名さんの抱える問題について、2人ともたくさん悩み、時に弱り、そこから己を奮い立たせて、お互いの存在が強さになり、愛を持って乗り越えていった。
わたしは今まであの日のことを誰にも話したことがない。誕生日は明るく喜ぶ自分でいたかった。
でも、もうひとりで泣くのはやめよう。
きちんと自分の痛みを愛する人へ伝えて、ひとりで膝を抱えてただ怖がるだけの段階から1歩踏み出そう。
過去にあったことはもう消せないけれど、それでも常に時間は流れ続けていく。
命の尊さに気づけた奇跡に感謝し、限りある時間の中で、愛する人と美味しいものを食べて、楽しい思い出を作り続けていこう。
そう思えるきっかけをくれた
椎名さん、知世ちゃん
強く美しい愛をありがとう。
[わたしたちは銀のフォークと薬を手にして/島本理生/幻冬舎文庫]