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[妻]でも[母]でもない[私]のエンジンをかける10分間
私は毎朝、出勤前の10分間だけ
[妻]でも[母]でもない
ただひとりの[私]になる。
まだ窓の外が暗い朝5時、(眠いし怠いから後もう少しこうしていたい)なんて心の声は完全無視して無理やり体を引きずり寒い台所へ移動する。
夫のお弁当を準備しつつ娘の朝ごはんを用意してテーブルの下の床に新聞紙を敷き詰める。家中のゴミ袋をまとめ手を洗うついでに洗顔と歯磨きを済ませ、化粧水と日焼け止めを塗りながらすやすや眠る娘のもとへ。
寝かしつけるのに苦労したと思ったらすぐ今度は起こすのに苦労するなんて、もう少し人間の睡眠システムはなんとかならないものかと嘆きながら寝起きの不機嫌な娘をテーブルへ誘導する。
大癇癪をなだめ歌を歌いダンスを踊りご機嫌をとりながらパンを少しかじってもらったところでタイムオーバー。野菜たっぷりお味噌汁がぶちまけられた新聞紙を急いでゴミ袋にまとめて少し泣きそうになるが無心で雑巾がけをする。
娘のオムツ交換と着替えを済ませたらすぐに自分のスーツを着て眉毛を描きストッキングが伝線していることに気付かぬふりをして娘を抱っこ紐に入れ通勤鞄を掴んで走って保育園へ向かう。
朝は、戦いだ。
頭も体もまだエンジンがかかっていないのに、やるべきことが多すぎる。
自分のことは一旦無視して、
ひたすら必死に
とにかく必死に
安全に娘を保育園へ届けることを最優先にして動き続ける。
妊娠発覚と同時に体調不良で長期休暇をとることになり、産休育休明け約2年ぶりで職場復帰した私は、こんなばたついた朝を過ごしてそのまま出勤し仕事をスタートする生活をしばらく続けていた。年単位の遅れを取り戻すべく、かつての後輩だった上司の指示を歯を食い縛りながら聞き必死に働いて三ヶ月後、突然、朝から職場の更衣室で涙が止まらなくなってしまった。
もう頑張れない。
私、もう頑張れないよ。
朝礼が始まる声が遠くで聞こえるが、うずくまったまま動くことができなかった。
私って何。
私ってどこ。
私の人生が消えちゃったよ。
涙がどんどん溢れてきて、慌ててポケットティッシュを探して通勤鞄をまさぐったら、ティッシュが全部袋から出されてビリビリに破かれていた。
かわいい娘のイタズラだと
普段なら微笑ましく思えるのに
この時は駄目だった。
心が完全に壊れた音がした。
このままではいけない。
しかし、今の生活を変えることは現実的に難しい。
日常を運転しながら私の心を救いだす方法って、何だろう。
しばらく悩んだ私は、今まで無視してきた心の声に耳を傾けることにした。
そして私は、まだ[私]のエンジンがかかっていないうちに、毎朝[妻]と[母]が強制スタートすることで、長い間[私]のエンジンがかからず錆びついてしまっていたことに気づいた。
そうか、[私]のエンジンをかけてあげればいいのか。
長い時間じゃなくていい
高いお金をかけなくていい
ほんのひととき
自分の心と体を労る瞬間を用意することで
[私]のエンジンをかけてあげよう。
翌日から私は毎朝10分早起きして、会社の近くのカフェに寄りモーニングを食べるようになった。ゆっくりは過ごせないが、この瞬間だけは目の前のトーストと珈琲だけに集中して自分の心と向き合うことが出来る。独身時代もカフェのモーニングが大好きでよく利用していたが、久しぶりに来るとより一層この時間の尊さが心に沁みる。
[妻]と[母]として乗りきった朝の慌ただしさと気忙しさを一旦リセットして、[私]のエンジンをかけてあげる。
錆びついた心に潤いが満たされ、温度が上がり、少しずつ生き返ってきた。
保育園から直接ばたばたと職場へ駆け込んでいた時よりも、落ち着いて集中して心を込めて働けるようになった。
退勤後の買い物・夕飯作り・食事介助・食器洗い・風呂掃除・沐浴・仕上げ磨き・寝かしつけ・洗濯・掃除といった怒濤の家事育児ラッシュも、
(明日の朝の[私]の時間を楽しみにして、今の[妻]として[母]としての時間を、なんとか頑張って乗り越えよう!)
と踏ん張れるようになった。
[妻]も[母]も、日常を運転し続ける中で毎日強制スタートされるが、[私]のエンジンをかけてあげられるのは、他の誰でもない、私だけだ。
慌ただしい毎日の中でうっかり忘れてしまっていたところで[私]が涙で教えてくれた、大切な[私]のエンジン。
エンジンのかけ方は、これからの娘の成長や生活の変化に伴い変わってしまうかもしれない。それでも、決して心の声を無視せず、いつでも[私]を大切にする為に、これからも毎朝丁寧に愛を込めて[私]のエンジンをかけてあげよう。
明日も美味しいトーストと珈琲が私を待っている。
楽しみだな。
さて、洗濯物を畳みますか。