「京都ALS嘱託殺人」と「相模原殺傷事件」を結びつけない
難病で苦しむ人や高齢者らを「生き続ける価値がない」と軽視する傾向さえうかがわれ、相模原障害者施設殺傷事件も想起させる。
ただ、相模原事件でも浮き彫りになった命の選別といった問題と今回のALS嘱託殺人に通底するものがあることは確かだろう。
京都ALS嘱託殺人が明るみにでた最初の頃、嘱託殺人の被告と2016年に起こった相模原殺傷事件を結びつけるコメントがありました。
嘱託殺人の被告らがネットに「高齢者を枯らす技術」などの言葉を残していたことが明らかになったので、最初は必然的に被告に悪い印象を持ち、記事のとおり被告に植松死刑囚の思想を思い浮かべました。
その後に、タンゴレオさんのブログやツイート、やりとりを読んだことで、真実はそうではないとがわかり、被告への悪い印象はほぼ払拭されました。
相模原事件 ALSの息子殺害、心中図った母親に猶予判決
2005/02/14読売新聞
話題が変わって過去に遡りますが、2004年に相模原であった安楽死事案では、嘱託殺人の罪に問われたのは母親で、嘱託したのはALS患者の息子さんでした。息子さんからの懇請に応じて母親が苦渋の決断として人工呼吸器を停止し、息子さんは亡くなりました。後に母親はそのことを苦に自殺に近い形で亡くなられています。この母親に2016年の事件の植松死刑囚のような思想は見当たりません。
京都ALS嘱託殺人の深層も本質は同じだと思います。タンゴレオさんとやりとりしていた被告は、彼女の懇請を十分理解していたことが見て取れるからです。被告に託された状況は、嘱託殺人で罪をおった母親と同じなので、被告をことさら植松死刑囚の思想と結びつける必要はありません。端的に思想が違うのです。
また、海外と日本では安楽死の考え方や制度は異なりますが、嘱託された被告の立ち位置は海外の安楽死団体の医師と同じです。自死をほう助する行為に海外の医師が、思想的な背景を懸念されることはありません。
なので、「京都ALS嘱託殺人」と「相模原殺傷事件」の深層は結びつかないと思います。被告は植松死刑囚と同じ思想の持ち主ではないですし、そのように誤解されないことを望みます。二つの事柄を結びつけないこと、結びつけて被告の思想をミスリードしないことが肝心だと思います。
(追記)
とはいえ、一審の判決が出て判決文を読んだところで気持ちは少し揺らぎましたけど、「法定のピエロ」を読んで、被告の真意を改めて理解しました。タンゴレオさんの切なる願いが託されたことが伝わってきます。