Formula1 2024年アブダビでのプレシーズンテストを見て思うこと〜ピトー管の設置で何が分かるのか?
2024年Formula1のプレシーズンテストが始まりました。
気がついた方もいらっしゃるでしょうが、F1マシーンの前方や後方に網の目のようなピトー管が張り巡らされています。これは空気の流れや圧力を計測していると考えられます。
学生時代流体力学を学びながら、様々なレース車輌の風洞実験に立ち会った経験から、ピトー管を用いるFormula1の空力についてまとめてみます。
モーターサイクルの空力スペシャリストではないので、参考程度に読んでもらい(^^)、F1を違う角度から観るのも面白いと思います。
1.Formula1マシーンの網の目:ピトー管について
ピトー管内の空気流量と圧力の測定原理
Formula1のテスト時にフロントタイヤの後ろに網の目のようなモノを装着して走行していますが、これは『ピトー管』を用いた(今回は)測定部品です。ピトー管は流体の流速を測定するために使用される装置です。
18世紀初頭にフランスの技術者アンリピトーによって発明されました。基本的なピトー管は、流体の流れに直接向けられた管で構成されています。このチューブには流体が入っているため、圧力を測定できます。流れを継続できる出口がないため、動いている流体は停止(停滞)します。この圧力は流体のよどみ圧力であり、全圧又はピトー圧とも呼ばれます。測定されたよどみ圧力そのものを使用して流体の流速を決定することはできません。ただし、ベルヌーイの方程式では、よどみ圧力は静圧力と動圧力を加算したものに等しいと述べています。従って、動圧はよどみ圧と静圧の差です。流体速度は動圧の平方根に直接比例します。測定により得られるデータの例
流体速度は、式V=1096.7√(hv/d)を使用して計算できます。空気の場合、Vは速度、dはアプリケーション内の空気の密度、hvは測定装置からの速度圧力です。速度計算から、式Q=AVを使用して体積流量を決定できます。ここで、Qは流量、Aはダクト又はパイプの断面積、Vは速度です。空力部品の改良
ピトー管の測定から得られたデータは、実際に空力部品の改善につながる可能性があります。車両の様々な部分の空気の流れと圧力を理解することで、エンジニアは空気抵抗を減らし、ダウンフォースを増加させ、全体的なパフォーマンスを向上させるための調整を行うことができます。これは、小さな空力変化でも速度とハンドリングに大きな影響を与える可能性がある、F1レースのような高速アプリケーションでは特に重要です。実測と風洞試験の比較による改善アプローチ
実際の航空機のピトー管の測定結果と大規模な風洞試験によるシミュレーションを比較すると、貴重なデータが得られます。風洞試験では条件を制御し、様々なシナリオをシミュレートできますが、現実世界の条件を完全に再現することはできません。2つのデータセットを比較することで、エンジニアは不一致を特定し、モデルや設計を調整できます。このテスト、比較、調整の反復プロセスは、空力性能を継続的に改良し、改善するのに役立ちます。
このことは後述【スケールアップ乗数】のところでもう少し詳しく説明します。
2.ピトー管とダウンフォース
ピトー管で得られるデータは、F1マシンの何に寄与するのでしょうか?得られた速度や圧力は、最高速度の追求やダウンフォースによるコーナリング効果に大きく貢献しています。その方法は次のとおりです。
最高速度への貢献:ピトー管は、車の上部を流れる風の速度を測定します。この測定は、風速、風向、車の速度などの要因に影響されます。これらの要因を理解することで、エンジニアは車両の設計を調整して空気抵抗を低減し、それによって車両の最高速度を向上させることができます。
ダウンフォースへの貢献:F1マシンのコーナリング性能にはダウンフォースが不可欠です。これにより、コーナーでも車が路面にしっかりとくっつき、より速く走れるようになります。ピトー管からのデータは、車の敏感な領域の周囲の気圧を理解するために使用できます。この情報を使用して車の空気力学を調整し、ダウンフォースを最適化できます。
F1におけるピトー管のその他の用途の1つとして、プレシーズンテストやフリープラクティスセッション(FP)にて、チームは、ピトー管を使用して車の周囲の気圧を測定し、数値流体力学(CFD)シミュレーションと比較します。これは、シミュレーション値にできるだけ近く一致するように車の空気力学を調整するのに役立ちます。これらのテストから得られたデータは、車の空気力学と全体的なパフォーマンスを向上させるために使用されます。
これは、先述した★流体速度V=1096.7√(hv/d)のうち、dは空気の密度ですが、FPで空気の密度を確認します。
同サーキットでも夏と冬では密度が異なります。F1マシンを同じセッティングにしていても空気の密度が変われば車速も変化していきます。繊細な空力セッティングをする上で、空気密度を理解することは非常に重要であり、パフォーマンスを最大限発揮するアプローチの時間を短縮することが可能になります。
ピトー管から得られるデータは、速度の最大化からコーナリング性能向上に至るまで、F1マシンのパフォーマンスを最適化する上で重要な役割を果たします。これにより、F1マシンと周囲の空気との相互作用に関する貴重な洞察が得られ、エンジニアは設計の調整や改善について情報に基づいた意思決定を行うことができます。
3.タイヤによる乱流と制御
F1マシンで空気抵抗の最大のポイントはタイヤです。フロントタイヤの真後ろは気流が非常に乱れています。この乱流は、車の空力、特にダウンフォースと抗力に影響を与える可能性があります。そこで、ピトー管を使用してこの乱流を測定し、乱流改善につながるデータを提供できます。
ピトー管測定に基づいた乱流制御の改善の一例は、車のバージボードとサイドポッドの設計に見られます。これらのコンポーネントは、フロントタイヤから出る乱気流を管理し、車の他の部分への影響を最小限に抑える方法で空気を流すように設計されています。ピトー管からのデータを使用することで、エンジニアはこれらのコンポーネントの設計を最適化し、この乱流をより適切に管理できます。
例えば、乱気流を車の後部から遠ざけるようにバージボードを調整すると、ディフューザーやリアウイングの性能に悪影響を及ぼす可能性があります。同様に、サイドポッドは、抗力を増加させることなくダウンフォースに貢献する方法で乱流を導くような形状になっている可能性があります。
さらに、ピトー管からのデータは、数値流体力学(CFD)モデルの検証と改良にも使用できます。これらのモデルは車の周囲の空気の流れをシミュレートし、設計プロセスにおいて重要なツールです。ただし、実世界のデータを使用して検証する必要があるため、ピトー管測定が役に立ちます。CFD予測と実際の測定値を比較することで、エンジニアは矛盾を特定し、それに応じてモデルを調整できます。
ピトー管から得られるデータは、F1マシンの乱気流の制御において重要な役割を果たします。これにより、設計の改善やより正確な空気力学モデルにつながる貴重な洞察が得られます。
4.風洞実験からのアップスケーリングについて
F1マシンの風洞実験は実車の60%以下のサイズでのテストと決められています。このことから、風洞実験の結果は、そのまま実車に適応できず、流体解析結果からスケールアップ乗数を用いて実車の設計をしていると考えられます。F1での風洞実験からのスケールアップシミュレーションには、実際にいくつかの課題があります。
◆スケールアップシミュレーションでの課題
レイノルズ数の相違粘性力に対する慣性力の比の尺度であるレイノルズ数は、模型と実物大のF1マシンでは異なります。この不一致は、揚力、抗力、ピッチングモーメントなどの空力特性の精度に影響を与える可能性があります。
構造の違い風洞模型に使用されている材料や工法は(モックアップ、3D造形、カーボンファイバー樹脂など)、実物大のF1のものを正確に再現していない場合があります。これにより、空気力学的負荷による屈曲などの構造挙動の違いが生じる可能性があります。
乱気流の強さ風洞内の乱気流の強さは、実物大の車が経験する実際の状況と一致しない可能性があります。(例えば、横風、空気密度、タイヤの回転による乱流など)
◆課題解決策
これらの問題に対処するために、解決策は次のようなものが挙げられます。
数値流体力学(CFD)の使用CFDシミュレーションは、より詳細で正確な空気力学データを提供することで風洞試験を補完できます。実際のレイノルズ数と乱流強度で実物大のF1マシンをシミュレートできます。
高度な風洞試験方法論には、連続運動システム、高速データ収集分析、及び超迅速なモデル変更が含まれます。これらの方法論は、実物大のF1マシンが経験する動的条件をより適切に再現するのに役立ちます。
アップスケーリング手法は、風洞実験の結果を実物大のF1マシンに外挿します。レイノルズ数の違いやその他の要因が考慮されます。