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やさしさとりどり。 ①
押し出されるところてんのように電車を降りて、右手に持った参考書を落とさないようにしつつ左ポッケから定期を取り出す。
改札をくぐろうとすると横から汗をかいたおじさんがバタバタと私の前に割り込んできて、私から後ろに並んでいた数人が危うく玉突きになるところだった。
全く、急ぐならもっと余裕を持って家を出るだとか、他の人のことも考えてくれればいいのに。
改札を抜けると、スッと冷えた風が当たった。
つい数日前まで焼けるような暑さだったのも忘れ、いよいよここからと気合が入る。
高校生活も、残り数ヶ月といったところか。
学校に向かっていると、同じ制服が同じ参考書を持って通りすぎて行った。
みゆだ。
同じクラスだけど、ほとんど話したことがない。
そういえば昼休みも教室にいることないし、放課後もすぐ帰っちゃうし。
「坂本なら、この調子で頑張ればいけるんじゃないかな。板橋も同じ大学だから、切磋琢磨して頑張れよ」
担任との二者面談は何事もなく終わった。
板橋って、みゆのことだ。同じ志望校だったんだ。
ていうか先生、人の志望校あけすけに言っちゃっていいのかな。
みゆも、私が同じ大学受けるの知ってるのかな。
今度、話しかけてみようかな。
話しかけるチャンスは早くも次の日にやってきた。
昨日のデジャヴかのように、改札を出た私を、またも同じ参考書を持ったみゆが通り過ぎていった。昨日と違う点は、みゆが早くも薄手のマフラーを身につけ始めたことだ。
「おはよう!」
後ろから声をかけた。
私の発声で驚いたように振り返ったみゆは「あ、えっと…すず?」と言った後、小さくおはよう、と返して参考書に目を戻した。
なんだなんだ、随分そっけないな。
仕方なく私も同じ参考書を開いて、みゆの少し後ろを歩く。
昼休みも放課後も、やっぱりみゆはいなかった。
違うところで勉強してるのかなと思って、他の教室をちらちら覗いてみたり、図書館で勉強したりしてみたけど、いない。
ちゃんと勉強、できてるのかな。
まあ、私が心配することでもないけど。
でも、気になったりするじゃん。そういうのって。
それに、一緒に勉強したらもっと捗る気がするのに。せっかくクラスも志望校も一緒なんだから。
朝起きるのがやけに辛いと思ったら、今日は雪が降りそうな天気らしい。
手袋をつけておかないと寒いから、通学中は参考書の代わりにイヤホンをつけて英語のリスニングに切り替えた。
乗り継ぎ待ちで電車がしばらく止まっていると、みゆが同じ車両に乗ってきた。
みゆも手袋とイヤホンをしている。
私には気づいてないようす。
話しかけにいこうかなと思ったが、やめた。
また前みたいに二宮金次郎が2人並んでる絵になるのがオチだ。
リスニングの音量を少し上げて、自分の勉強に集中した。
みゆとは乗る電車がいつも同じみたいで、それからほとんど毎日、改札から周りも見ず通り過ぎていく姿を見るようになった。
私はリスニングに集中してるふりをして、みゆを気にかけないようにした。