ギャラ飲み女子のプライベート合コンat六本木like江國香織
さて、私は六本木のバーで飲んでいたはずが『気付いたら隣で一緒に飲んでいた男』が後日開いた食事会に来ている。男の職業も年齢も知らないのに路チューをした時LINEをしっかり交換していて「3:3で飲もう」ということになり、恵比寿の隠れ家バルにコンカフェ勤務時代の仲間を召喚したのだ。
男性陣の27歳N証券勤務(豊洲住み)、27歳経産省勤務(赤坂住み)、28歳大手レコード会社勤務(神南住み)という隙のない自己紹介から始まった。Tinderに登録したら無双できるであろうビジュだ。一方で私が呼んだ2人は仕事を聞かれても「美容系」「就活中」と濁す実家住まいのギャラ飲み女子25歳。私と同類。
人はレベルの差がありすぎる相手とは仲良くできない。伊藤忠勤務の友人から誘われた飲み会ではビジネスパーソン達との共通言語がなさすぎて一言も話せなかったし、事業に失敗して借金を背負い貧困になった友人が居酒屋の余った鍋の汁を水筒に入れて持ち帰ってるのを見てからはご飯に誘えなくなった。
結局一緒にいて落ち着くのは「男性相手に職業を濁すことが当然」の恥ずかしい生き方をしてきた自覚のある今日のメンバーだった。絵里は「ギャラが出ない飲みなんて…」と言っていたが男性陣のビジュと仕事を聞いた途端に愛想が良くなり率先して料理を取り分け始めた。友達のテンションが高いと面白い。
「女の子たちはどこに住んでるの?」と路チューした幹事の経産省勤務、瑛が聞いてきた。「私は神田」と答えると「神田は限界独身証券マンが住んでる率高いよ!」とN村証券が早口でTwitter文学とかいう文章にでも書いてありそうな知識を披露してきたのでだるい奴認定をして曖昧に笑った。本当かよ。
彼らには何の期待もしていない。レベルの差がありすぎると対等に仲良くなれないのなら恋は始まらないのだ。これまでの生き方も仕事も何もかもが違うのだから今夜という一日を楽しませてくれたらそれで良い。だから絵里のように料理を取り分けないし彩のように一生懸命盛り上げないしお酒も注がない。
ギャラ飲みで貯めた金額は最近2千万を超えた。貯金だけでいえば目の前の彼らよりもあるだろう。しかし稼げるのはせいぜいあと5年だ。コンカフェとギャラ飲み以外の仕事をしたことがない私に何ができるというのか。1軒目の会計は「月80万まで経費が使えるから」と音楽業界人が全部払ってくれた。
2軒目はダーツバーに移動することになり店を出たが私は件の路チューをかました彼と2人で赤坂のバーに行った。マルガリータを飲みながら「彼女いる?」と彼に聞くと「いる」と答えた。「彼氏いる?」と聞かれたので「いる」と答えた。「いいね」と彼は言った。そこにどんな感情の色も見当たらなかった。
彼のマンションに行きシャワーを浴びてやることをやった後、仕事について聞いてみた。中小企業庁らしい。「起業したいとかある?」と聞かれた。「夢も目標もやりたいこともない」と答えると彼は眉を寄せたので「だから人の夢をサポートできるようになりたい」と付け加えておいた。夢がなくて何が悪い。
夢を持てと教育されその夢がより安定する方にねじ曲げられそれが叶わず「不甲斐ない子」という扱いを受けてきた。それからずっと夢や目標がなくたって生きてこれた。20代のうちにギャラ飲みであと2千万は達成できるはずだし30代になったら簡単に資格が取れそうなまつ毛パーマのサロンでも開けばいい。
「おはよ、俺すぐ出なきゃいけないから出るとき鍵閉めてポストに入れておいてもらえる?」……朝。いつの間にか眠ってしまったようだ。「また連絡する」と彼は慌てた様子で玄関を出ていった。いつも11時に起きる私にとって8時はまだ早朝だったが二度寝するのも気が引けたのでごそごそと準備を始めた。
本命彼女のものであろうイプサの化粧水やエスティローダーの美容液を平気で使った。リステリンで口を濯いで服を着て預かった鍵で部屋を閉めてポストを開けると大量の郵便物がバサっと落ちてきた。だらしないところもあるんだな、と郵便物を拾い上げようとすると一枚の写真入りハガキに目が止まった。
『赤ちゃんが産まれました!成川夫妻、これからもよろしくね!翠さんも出産がんばれ〜♡』。赤子の写真と油性ペンで書かれたそのメッセージを何度かなぞった後ハガキをひっくり返すと『成川 瑛さま 翠さま 宛』だった。彼女ではなく既婚者だったようだ。妻が里帰り出産中の悪事だったわけである。
古の昔から伝わるあるあるな話だ。しかし実際に目の当たりにするとますます結婚への夢が遠ざかる。『成川翠』でInstagramをサーチするとヒットした。……今朝、突然の陣痛により予定より早く産まれていた。彼は私で2回射精してから数時間のその身体で、どんな気持ちでわが子を抱くのだろうか。
全裸で私を抱き枕にして眠っていた間、妻が必死で命をこの世に産み出していたことを知った彼はどんな気持ちなのだろうか。赤子のハガキに持っていたアイライナーで『夢はあなたのような人と結婚しないこと♡』と書き足して鍵と一緒にポストに入れた。機械的な動作と気持ちでLINEをブロックした。(完)