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ー安楽死を宣告された猫との35日間ー  34日目

BAKENEKO DIARY /DAY 34. だから猫が好き

 明日は10日ぶりにミータの診察のためZ 動物病院に行く。まだ冬休み中の娘のSも「ミータがもう大丈夫かどうか聞きたい」から付いてくると言う。

「ミータ、明日は病院だからね。」

じろりとこちらを見るミータ。「なんか用?」とも言いたげなふてぶしい表情がかわいい。

「わかった? 明日は病院に行くんだよ。」

言いながら、ふと思った。私はいつから、まるで人と話すかのように猫に話しかけるようになったのだろう。なぜ、猫の毛があちこちに飛び散っている状況を「汚いな~」とは思っても、不快に感じなくなったのだろう。

いつの間にか猫が大好きになっている。犬も鴨もフクロウもパンダも好きだけど、やっぱり猫が好きだ。好きな理由は「野生動物っぽさがある」から。私にとって猫の魅力はそれにつきる。動物なのだから当然と言えばそうなのだが、猫を飼っていると「自然の理」を感じるのだ。

野良猫として現れたミータを飼って、自分なりにかわいがってきた。約1か月前に交通事故に遭ってからは、安くないお金を費やして、付きっきりで看護もした。ミータも私たち家族のことをよく認識していて、かなり好きでいてくれていると思う。

でも一方で、もしも今ここに雷が落ちたら、ミータは飛んで逃げていくのだろうな、と確信している。ビックリして、命の危険を感じるから。猫として当然のことだ。数か月したら戻ってくるかもしれない。でもそれはきっと「あの人に会いたい」とかではなくて、「私の縄張りってここだったわよね」という感じだろう。私にとっては、そこがいい。自分がどうがんばっても変えられない存在が身近にあると、私の場合はだが、謙虚でいられる気がする。そして猫は、天候や自然と違い、人間とオーバーラップする部分があって、時にとても深く交流することができる。

「コントロールできない+時にわかりあえる」

この2つの相反する特性の共存とでも言おうか。人間同士ならこんな関係はめずらしくないが、言葉の通じない動物との方が、より純度が高い結びつきのように感じる。

なんだかんだとややこしく書いたが、今、気が付いた。これって、結局のところ「ツンデレの魅力」というフツーの言葉でまとめられるのかもしれない(笑) 

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