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ー安楽死を宣告された猫との35日間ー  10日目

BAKENEKO DIARY /DAY 10. 家に帰った途端

 さあ、いよいよ今日は退院! 長かったような、無我夢中であっという間だったような。まずは支払い明細の紹介から。

ICU 5日間 35000円
入院料 9日間 36000円
静脈・皮下注射 8回 8000円
点滴 静脈 5日 17500円
留置針設置 2回 6000円
痛み止め注射 1000円
X 線 撮影 5000円
超音波 2000円
ノミダニ除去 1000円
麻酔料 6000円
手術料 31000円
食道チューブ設置 10000円
尿カテーテル設置 3000円
クリティカルリキッド 院内6本 持ち帰り5本 11000円
-内金(10000円)差引
              税込合計金額 16万9000円

 ペット保険に入っていなかったので、支払いはこんな金額になった。もちろん痛い出費だが、事故をしてからのことを思い返すと高過ぎるとは感じなかった。他にもケージやオムツ、フード等々、いろんな費用はかかったし、時間も費やしたが、惜しいという気持ちもない。だって、一時はあきらめかけたミータの命が戻ってきたのだから。 と格好いいことを書いているが、単に必死すぎてお金のことまで頭が回っていなかっただけような気も。

 看護師さんが、ミルクをシリンジでチューブから注入する方法を説明してくれるのを、娘のSと真剣に聞く。それから、移動用のバッグにそっとミータを入れてもらった。

「おうちの匂いがとれてしまうので、一度も洗濯していないんですよ」といって、ミータをくるんできた赤いブランケットも渡された。あちこちに血やよだれのシミがつき、毛がつき、相当に汚い。少しでもミータの役にたってくれたのかなと思うと、ジンとくる。娘のSが慎重にバッグをかかえ、車に乗り込んだ。やっと帰れるよ、ミータ。

「帰ってきたよ~」
 Sが元気に声かけして、移動用のバッグをリビングに運んだ。リビングの隅には、浴室マットを敷き、その横に寝床用の古タオルを入れたケージも準備OK。ミータ、帰ってきたよ。

 バッグの側面をあけて、ミータに周囲を見せる。自分で出られないだろうから、上から抱き上げて出そう。そう考えていたのに。家に入った途端、ミータの様子は明らかに変わっていた。鼻をヒクヒクさせ、瞳が何かを探すかのように、意志的に動く。そして、すぐにバッグから自分で歩いて出た。おぼつかない足取りで、フラフラと身体を揺らし、倒れそうになりながら。ミータは、家に帰ってきたことがわかっている! そして、まっすぐに猫ドアに向かう。猫ドアはロックしてあるし、なにより、その弱々しい足取りではロックしていなくても、ドアを押し開けることすらできない。ミータはやっぱり、外が好きなんだ。外に行きたいんだ。ミータが歩けたことはうれしかったが、変わってしまった身体の状態に胸がつまった。

「ミータ、外は行けないよ」
 猫ドアが開けられないとわかると、ミータは何度も倒れかけながら、ヨタヨタと部屋を歩き回った。そしてひと通りチェックし終えたのか、階段を昇り始めた。準備したケージの寝床には目もくれないで、いつも寝場所へ向かう。こちらは階段から落ちるのではと気が気でない。ハイハイの赤ちゃんに付き添うように、階段をいち段、いち段、昇っていくミータに後ろから手を添えながら付いていく。ミータはSの部屋に向かい、なんとSのベッドにあがった。事故前に寝ていた場所だ。

 すごい、と思った。事故以来、まともに歩いておらず、口から何も食べていない。1週間前に、瀕死の状態で安楽死を提案された。それが家に帰ってきた途端、歩き出し、階段をあがっていつもの寝床へ向かう。動物の生命力か本能かなんだかわからないが、「大けがをした」「痛いから動きたくない」などという恐れは見えない。自分で動こうとしている。”いつも通り”にしようとする。「普通に暮らせるまでに1ヶ月はかかるかな」とぼんやり予想していたが、この様子ならもっと早いかもしれない。そして何より、ミータは家のことをちゃんと覚えていた。運動機能に障害が残る可能性はあっても、他は前と同じじゃないか!

 しかし、帰宅したミータが、意志を持って動いているように見えたのは、この時だけだった。このあと数日は、ただ眠るだけの日が続くことになる。



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