ー安楽死を宣告された猫との35日間ー 2日目
BAKENEKO DIARY /DAY 2. 24時間経ったけど
翌日。中学3年生の娘Sはこの日から2学期の期末テストだった。一人っ子のSにとって、ミータは親の次に近しい存在。ミータもご飯をくれる人(私)を除けば、Sが一番好き。Sのことは、ご飯をくれなくても大好き。くつろぎたいときはSの膝にのり、Sが勉強しているとノートの上に座り込んで邪魔をする。Sは時々、ミータに八つ当たりをして暴言を吐き、その後「ごめんね、ごめんね」とあやまり、なでまわして「かわいい~」と叫ぶ。元は野良猫で人間嫌いのミータは、基本的に愛想は良くなく、自分がそうしてほしい時以外は、人にかまわれるのは好まない。そして、家族以外の人が家にいると、すぐ外に出ていってしまう。
昨日、ミータにあんなことが起きたので、もちろんSは試験勉強に集中できるわけがなかった。でも、試験は受けに行くと言う。えらいぞ、S。ただ、Sは事故に遭った後のミータの姿は見ていない。それが救いだった。
けれどSは、今日のテストが終わったらすぐに病院に行くと言う。テストだけなので、午前の診療時間内に行ける。やめておけば、とも言えない。ミータはSの姉妹であり、親友なのだ。24時間は経っていないが、とりあえず、一日目の試験が終わったSと病院に向かった。
見舞いに来たと告げると、女性看護師が奥へ案内してくれた。
「ICUに入ってもらってます。うーん、まだね、しんどそうです。」
Z動物病院には長い廊下に面して診察室が2室と面会室があり、ICUは診察室の奥の処置スペースというか、広めのバックヤードの壁際にあった。透明の壁の向こうに、2列×3段ほどのケージがコインロッカーのように設置されていて、各ケージのドアも透明。獣医師や看護師の目がすぐ届くようになっている。下の段のミータの部屋には、「酸素」の札が下がっていた。ミータは、家からくるんできた赤いブランケットにもたれるようにぐったりとして、目を閉じている。半開きの口からは、まだよだれと血が流れ続けている。両手には点滴。導尿管も付いている。
ミータを見て、Sは言葉を失った。看護師さんが透明の扉を開けて「名前を呼んであげてくださいね」というが、意識があるように見えない。
「ミータ。ミータ。ミーくん。ミーくん」
うっすらと目を開けたが、わかっているのか、いないのか。顔には固まった血のりがつき、むくんで顔つきがすっかり変わっている。ひと晩で、毛並みもパサついたようだ。夕方また来ることを告げて、帰宅するため車に乗り込んだ。
「ひどい状態だね」
「うん」
「相当、大変だよね」
「そうだね」
車内に漂う、重苦しい空気。Sもミータの様子を見て、これは危ないのではと感じたようだった。
夕方になると、Sはもう今日は病院には行かないと言った。試験勉強しないといけないから、と言ったけれど、ミータの姿を見るのが辛かったに違いない。試験勉強なんて、できるわけがないのだ。
夕方、病院に行って、A先生と話した。と言っても、A先生もなんとも言えずという状態だった。
「まだね、厳しいですね。今すぐどうこうっていうのは、たぶん、ないかなと思うんですけどね…。顔がこんなに腫れ上がってるってことは、相当ひどく頭を打ってるってことですから。後ろ脚も立たないのでね。脳の損傷がどれくらいかというのは、本当にわからなくて。今の状態だと、CTも撮れないんですよ。」
また明日、来ます。よろしくお願いします。そう言って帰るしかなかった。食事の準備をする気力もわかないが、育ち盛りのS、仕事から帰ってくるP。日常を回すしかない。
家事をすませ、お風呂に入る前に着替えを取りに寝室に向かった。ああ、辛い。泣きたい。一人なのをいいことに、寝室で泣いた。こっそり泣いたつもりだったが、実はSに聞こえていたと後で知った。