ー安楽死を宣告された猫との35日間ー 14日目
BAKENEKO DIARY /DAY 14. Hさんのラブラドール
ミータの様子は変わらず。こんこんと眠り、声をかければうっすらと目を開ける。たまにヨロヨロと起き出して用を足す。そしてまたノロノロとベッドに戻る。
何か刺激をと思い、ミータが寝ている私の寝室の前と、トイレの近くの二カ所にドライフードを置いておくことにした。10粒数えて小さなお皿に乗せておく。10粒。ほんのちょっとだ。
娘のSはテニス部に入っていて、仲の良いテニス友だちにNちゃんという子がいた。Nちゃんのお母さんHさんもテニスが好きで、よくSを大人のテニス練習会に誘ってくれる。この日も、Sは一緒に練習させてもらっていたので、迎えに行くことにした。
練習の終わったSたちがコートから出てきた。Hさんにはミータのことをラインで少し話してあった。
「猫ちゃん、どう?」
「まあ、ぼちぼちで。後は静養するしかないのかな~。」
「ペットがそんなことになるって本当に辛いよね。わかるわ……うちもね……」
Hさんが話しだした。
結婚してから長い間、カナダで暮らしていたHさんは、一匹のラブラドールを飼っていた。現地でアウトドア関係の事業をしていて、そのラブラドールは仕事の場でも大活躍。お客さんたちにも愛され、Hさんもご主人もとてもかわいがっていたそう。
時が過ぎて、Hさんと子どもたちは、事情で先に日本に帰ることになった。ところがその後、愛犬は癌になってしまい、下半身が不自由になった。ご主人は愛犬のために車椅子を自作し、愛犬は車椅子を装着して室内で過ごしていたという。
そんなある日、ご主人が仕事から戻ると、愛犬が車椅子ごと転倒して倒れていた。ご主人は急いで動物病院へ愛犬を連れて行ったが、状態が悪く、ひどく苦しがっていたので、安楽死を選ぶしかなくなった。
「それで安楽死させる前に、国際電話をつないでね、犬の名前を子どもたちと呼んだの。電話ごしで、聞こえてるかどうかもわからなかったけど。できることはそれだけだった。そのあと安楽死させたけど、主人が大丈夫かなってくらいに落ち込んで。本当にあんなに落ち込んだのって、あの時だけ。私も立ち直るのに1年くらいかかったよ~。」
それからHさんは、自分のテニス仲間に往診専門の獣医さんがいるので、必要があればいつでも紹介すると言ってくれた。その心遣いに胸が熱くなった。
Hさんにお礼を言って、Sと帰途についた。ミータが帰ってきてからは最低限の外出しかしておらず、2時間近く家を空けたのは久しぶり。階段から落ちたり、変なところから外へ出ようとしたりしていないといいけど、と少しドキドキ。
家に帰ってみると、ミータはちゃんとベッドで寝ていた。良かった。ん?寝室近くに置いたフードが少し減ってる? 数えてみる。1,2,3、4…あれ?7粒? それに粒の配置が少し変わっている? ミータが、自分で食べようとしはじめた?
「S~。ミータがフードを食べたかも!!」
「えっ!! 本当に?」
明るい兆しが見えてきた。