ー安楽死を宣告された猫との35日間ー 3日目-1
BAKENEKO DIARY /DAY 3-1. 試練に耐えるS
この日は、数年前から続けている外国人サポートのボランティアの日だった。期末試験中の娘Sを送り出し、地元の公民館へ。ひと仕事終わって、1年ほど前に飼い犬を老衰で亡くしたボランティア仲間にミータの話をしていると、スマートフォンがなった。Z動物病院から。嫌な予感がする。
「もしもし、Z動物病院です。今、よろしいですか?」
意外と落ち着いた感じの声。
「今日、こちらに来られますか? 先生がお話をしたいと言われているのですが。」
1時間ほどで行けると答えて電話を切ったが、不安いっぱい。もうダメです、とか言われるのだろうか。ボランティア仲間に早退させてもらいたいと話していると、また着信が。Sの通う中学からだ。またもや嫌な予感。
「Sさんが、今日の試験中、過呼吸になってしまいまして。保健室で話しを聞いてみたら、猫ちゃんのことを思い出されたそうなんです。もう落ち着いてはいますけど、みんなのいる教室には戻りたくないそうなので、迎えに来ていただけますか?」
Sもミータのことが心配でならない。受けられない試験科目があったようだけど、仕方がない。まずSを迎えに行き、そのままZ動物病院に向かうことにした。
Sの学校に向かう道中で考える。ミータが助からないと言われたら、受け入れるしかない。死んでほしくないという気持ちでいっぱいだけど、出入り自由で飼っていたからには、事故のリスクがあることは承知していた。ミータも、ミータにあたった車も、責めることはできない。責めるとしたら、飼い主である自分だ。
ミータは、8年前の冬に現われた。子猫とは呼べない年頃の、痩せた若猫だった。私が洗濯物を干しているのを、毎日、遠くのブロック塀から眺めていた。目が合うと逃げるのでこちらも無視していたが、少しずつ少しずつ、距離を詰めてきて、ひと月ほどたつとすぐ足下で洗濯物を干すのを見るようになった。「かわいいな」とは思ったが、それまで猫とは縁がなく、当時はハムスターを飼っていたので、猫を飼う気は全くなかった。
ところがある朝、そのガリガリの若猫が、私の脚にすっと身体を寄せた。それまで、こちらから一歩踏み出すと、飛ぶように去っていたのに。深い気持ちなんてなかった。そんなにお腹がすいているのかな、とパンの耳を投げてやった。それからだった。
猫は、私が洗濯物を干すために庭に出る掃出し窓に、ずっと身体をくっつけて待つようになった。くしゃみや咳をしながら、か細い声でニャアニャアと鳴く。100均に行ったとき、ついついキャットフードを買ってしまった。
少しずつキャットフードをあたえていると、猫はますますドアの前から離れなくなった。当たり前だ。でも、猫を飼ったことはもちろん、さわったことすらほとんどない。しかも、ハムスターはネズミだ。ふんぎりがつかないまま、一週間ほど過ぎて、クリスマスの前後にSと友人親子と旅行に行くことになった。ちょうどいい。旅行の間、エサがもらえなければ、去ってくれるかもしれない。そう思って、3泊ほど家を空けた。
旅行先から帰ると、夫Pが自慢そうに言った。
「猫にエサあげといたから。いなくなると、Sががっかりすると思って。」
Pとしては、オレもこれくらいの気は利くよ、というつもりだったかもしれない。でも、こちらにすると、なんで!! もくろみは完全に潰された。
「飼うしかない」
不妊手術を受けさせるために病院に連れていって、やっと性別を知った。純粋な野良育ちだったミータは、エサはもらっても身体は決して人に触らせなかった。オスだと思って「ミータロー」と呼んでいたら、メスだとわかり、でも名前はそのまま「ミータ」になった。
Sは決まり悪そうにしながら、「テスト中にミータのこと思い出したら、涙が止まらなくなって」と話した。そうだろうね。
「あのさ、さっき病院から電話があって」
息をのむS。
「容態が変わった、とかじゃない。でも、もしかすると、難しいって言われるかもしれないから、それは覚悟して会いに行こう。」
またもやSは涙、涙。悪い話しならば聞きたくない。でも、ミータはきっとがんばっている。飼い主として、容態を聞いてどう対応するかを決めなければならない。
Z動物病院につくと、面会室に通された。すぐに、看護師さんがミータを連れてきてくれた。意識は戻っているように見えるが、うずくまったままで、まだ口からよだれと血が糸のように流れている。目の出血は止まっているようだ。痛々しくて、憐れで、見ているだけで辛い。Sはひたすら「ミータ、来たからね。ミータ、痛いの、痛いね」と声をかける。A先生がやってきた。
「まあ、落ち着いては来たんですけど、大丈夫とは言えません。かなり出血したので、貧血が相当すすんでいます。排泄もないし、食欲も全くありません。食べないともたないので、このままというわけにはいかないのですが、いろいろとリスクが多いです。」
一体、どうすればいいのだ?