ー安楽死を宣告された猫との35日間ー 8日目
BAKENEKO DIARY /DAY 8. 退院準備あれこれ
私は在宅で仕事をしているのだが、たまたま、この時期は仕事が入っていなかった。入っていてもできなかったに違いないと思うと、タイミングは良かったと言うべきか。もちろん、事故がないのが一番良かったのだけど。
ミータが帰ってきたら目が離せないなと考えて、今のうちにと、事故をしてから休んでいたバドミントンサークルの練習に行った。最近、休んでいた理由を聞かれミータのことを話すと、ペットを飼っているメンバーは目を潤ませながら聞いてくれた。別の一人が言う。
「安楽死なんて…。獣医さん、よくそんなこと言うよね…」
最初は私もそう思った。でも、ミータの状態を見て、リスクや回復の可能性を聞くにつれ、A先生が選択肢に安楽死を含めたのは、現実的で妥当な判断だったのだと思うようになった。猫にとっての幸せとは何か。各家庭の中でのペットの位置づけ。金銭的、時間的な負担。私たちにとってミータは家族同様だったけれど、ペットと人間は違うという意識で飼っている家庭もあるだろうし、それがまちがっているわけでもない。事故以来、ほぼ毎日、病院へ行っているが、たとえば家族の中に高齢者や病人がいたり、仕事が忙しかったりして、見舞いやお世話に時間を割けないケースもたくさんあるだろう。そして何より、ミータは幸いにも退院近くまでこぎつけている。ぽっくり死んでしまっていたらともかく、治療がうまくいかず、今も重体の状態が続いていたら。安楽死させるべきだったと後悔していたかもしれない。ミータは、いろんな幸運が重なってここまで回復できた。A先生はいつもクールで、感情的な面には言及しないが、獣医としての経験から適切な方針を示してくださったのだと思う。
だからこそ、だ。こうなったからにはミータを少しでも、元の状態に戻してあげたい。狩りまでできなくても、外の風にあたりながら気持ちよさそうに昼寝していたり、日なたぼっこしている様子が見たい。けれど「元の状態」を願いながら、外に行かせるのは怖くてこの機会に室内飼いにできないかと思う自分もいる。自分の気持ちと、ミータにとっての幸せと。考えるとわからなくなるので、まずはミータの退院準備に集中することにした。
できるだけ無理なく世話ができるよう、リビングの一角をミータのスペースに。ミータは基本的に夜は私か娘のSのそばで寝ていたが、布団の上だったり、枕元のクッションや座椅子だったり、季節によって寝る場所を変えていた。外へも行きたがるに違いないが、今の身体ではわずかな段差を越えるのはきついに違いない。高い所にのぼってしまって、降りられなくなる可能性もある。猫ドアは締めて、しばらくは家に人がいなくなるときなどに行動範囲が制限できるよう、ケージを買おう。ミータと2回引越しをしているが、貸家に住んでいた時期以外は、トイレは庭の畑で済ませていたので、トイレ砂も買っておかないと。
お風呂の床に引くウレタンマットと、猫用のケージ、おからでできたトイレ砂を準備した(トイレ本体は持っていた)。ウレタンマットの上に古バスタオルを敷き、その横にケージを組み立てる。上部から世話ができるように、ケージの天井は付けない。偏食気味でカリカリばかり食べていたが、これからはそうもいかないだろう。“ちゅーる”と、子猫用と高齢猫用のウェットフード、柔らかそうなカリカリも準備した。今まで、チキンなど肉系ではなく、カツオやツナなど魚系の味を好んでいたので、魚系を数種類。何が食べやすいのかわからないので、ウェットフードはクリーム状のもの、ゼリーと固形のミックス、固形が主な缶詰などを1パックずつ購入した。