女神異聞録ペルソナ0 ゼロ・ストリーム【序章02】
大急ぎで緋皇 獅と白砂 春華が飛空警察署にやってくるが、すでに正面玄関は完全に歪んだ空間への入口と化していた。ただ、その規模は望月警部の連絡から大きな変化はなく、警察署全体を覆い尽くすほどのサイズではない。交番ならスッポリと収まっていたかもしれないが、飛空警察署は規模の大きな建物で、パッと見でも5階はありそうな堅牢なビルだ。状況慣れしている獅が一見しただけでも「上階からなら脱出できるんじゃないか?」と感じた。
「警察署なら抜け道っていうか……裏口とか非常階段から避難できそうだな」
その言葉に、春華も頷く。
「異界化が拡大してないなら、まだいけるかな。でも、この状況を把握できない人にとっては難しいんじゃない?」
彼女の懸念については、獅も大いに納得である。ましてや、ここは警察署だ。異界化を理解したとて、警察官が職務を放り投げて逃げ出す訳にもいかない。ここにいる全員が、決して善人ではないのだから。
それに加え、ペルソナ使いである二人は、すでに歪みの奥からシャドウの気配を察知していた。異界化には元凶となる存在がいることは明らかであり、初手を誤ると異界化の急拡大を招く危険すらある。慎重な判断をしようとするほど、その場から動かずに思案する時間が進んでいく。「風雲急を告げる」とは、まさにこのことである。
そんな二人の元に駆け寄ってきた人物がいた。正義を示すかのごとく白いスーツを着たその男は、髪を振り乱し、息を切らせながらやってくる。
「望月さん! 脱出できたんですか?!」
この人こそ、獅の電話で助けを求めてきた張本人である警部・望月 高行、その人である。
「はぁっ、はぁっ……き、来てくれると思ってたよ、シンちゃん!」
「はいはーい、ついでに私も!」
春華も手早く自己紹介をすると、望月の呼吸も自然と落ち着きを取り戻していく。
「で、クレーマーって、真耶ちゃんをひき逃げした容疑者なの?」
友達を傷つけた相手の顔を想像しながら、指をポキポキ鳴らしつつ話を進める春華。返答次第では今すぐにでも突っ込んでいきそうな剣幕と仕草に、男衆はいろんな意味で震え上がった。
「そうらしいんだけど、ちょっとおかしいんだ……」
「春華、ステイ。望月さん、詳しく聞かせてもらえますか?」
少しでも署内の情報を得たい獅は、望月に「違和感に思えたコトは全部話してほしい」と前置きして話させた。
「俺、助けを呼びに行くって外に出る前に、部下に確認させたんだよ。ったら、留置所に容疑者の東屋はいるって……!」
「じゃあ、受付に現れた東屋っぽいヤツって、いったい誰なんだ?」
獅はそう言いつつも、おぼろげながら大枠を掴んだ気がした。東屋に瓜二つのクレーマーが現れてからの異界化騒ぎ……状況は思ったよりも深刻だ。ただ、規模が小さいのが不幸中の幸いか。
「よし、春華。行くか」
「今日はいつもより強めにやるけど、いいよね?」
徒手空拳でも大人顔負けの力を発揮する春華は、敵をボコボコにする気満々だ。獅は「その意気でちょうどいいかもしれない」と笑うと、いざ歪みの入口へと歩き出した。
「あ、シンちゃん! いちおう応援は呼んであるから!」
「じゃあ、そいつには『俺たちはもう入った』って伝えといてくれ」
獅は望月警部の方を振り向かずにそう言伝し、声も届かぬ異界へと足を踏み入れるのであった。
警察署のロビーは異界化の影響か、赤黒く爛れた景色へと変貌していた。それに飲まれた無辜の人々は地に伏し、小刻みに震えている。誰もが瞳を金色に染めており、どこにも焦点が合っていない。
「生身の人間がいていい空間じゃないからな、ここは。早く何とかしないと……」
「シンちゃん、あそこ!」
春華が指さす先に、異様な人影があった。その女性は立って歩く者を見つけた瞬間、醜いまでの表情と口調を晒してくる。
『アンタら、何しに来たのよ! 私は事故なんか起こしてないでしょ! 早くここから出しなさいよ!』
その仕草、その表情……その全てが蟲毒のごときドス黒き醜悪さではあったが、その淵源は瞳から溢れ出る妖しき金色の光に他ならない。獅と春華は瞬時に謎を解き明かし、ペルソナの発露に向けて気持ちを整えていく。
「東屋のシャドウ、か……」
『ハァ? 私は私よ! あんな小娘ひとり、ちょっと車に掠ったくらいで、どいつもこいつもギャーギャーわめきやがって!』
「勝手に言ってれば? 今すぐその性根をへし折ってあげるから」
春華のマジトーンに、獅も「救えねぇとはこのことか」と同意する。
『あの事故はなかったのよ! 今日は、あの日よりも前なのよぉ! あんたらクソガキにはわからないの? 私はね、無実の罪で拘留されてる可哀想な人なのよ! 私は……私が罰せられた3日間を取り戻すために、ここへ来たのよ!』
そんなことを言えば言うほど、春華の闘志に火がつくというのに……獅は呆れながらも、シャドウ東屋の醜い言い分にどこか違和感を得ていた。それは今日の朝から感じているモノによく似ているが、コイツに聞いても仕方ないと思い、ペルソナを発現させた。
「射抜け、フォルセティ!」
『ああああアガガがぁぁァァ! あがシノを罰しようナンデぇ、許、許さ、許ざナイーーーー!』
シャドウ東屋は自らをどんどんと膨張させていく……そしてその姿は、まるで事故車と合体したかのような異形の怪物へと変貌を遂げた。
『我は、残響の念……アズマヤ・モラクス・キミコ……』
そこまで言い切るかの刹那、春華の上段突きが異形の右頬に突き刺さり、その巨体をグラリと揺らがせる。
「もういい。そっちの言い分なんて、聞く気ないから」
『貴様は、何に怒っているのか……我が逆鱗に触れるでないわ!』
シャドウ東屋は腹の付近に配されたヘッドライトを巧みに春華へ向けて、ハイビームのように何度も点灯させる。危険を察知した春華は目を伏せるが、一瞬だけその光が目に入ってしまった。
「くっ! 目つぶし!」
『掠るなど生易しいことはせぬ。一気に轢き殺してくれん!』
「フォルセティ、食い止めろ!」
獅は春華を庇うように両者の間に割って入り、怪物が迫り来るのを庇おうと全身全霊で防御姿勢を取る。相手は車の概念だ。その動きが直線的なのは予測できた。とはいえ、どんな威力で突進してくるのか……獅はわずかに口角を上げる。
「どんなもんなんだ……残響の念の強さとやらは」
危機に相対しても、獅の軸は決してブレない。歴戦のペルソナ使いの覚悟がそこにはあった。
そんな信念に呼応したのか。
シャドウ東屋の行く手を阻むかのように、一発の銃弾が撃ち込まれる。急ブレーキとまでは行かないまでも、怪物は足を止め、新たなる敵に目をやる。
『何者だ!』
そこにはすらりとしたシルエットの人物が、銃を構えて立っていた。その間も警戒を解こうとはせず、動けばもう一発放たんと言わんばかりの自信と威厳に満ち溢れた姿に、敵も思わず気圧される。
「主君の危機とあらば、私が出るしかないでしょう……」
シャドウに牙を剥いたのだから、相手は間違いなく仲間だ。しかし、その言葉を聞いた獅は思わず「げっ!」と言ってしまい、うまく目を慣らしている春華は聞き覚えのある声に声を弾ませる。
「なっちゃん!」
「名を尋ねたな。シャドウに名乗る必要はないが、あえて言おう。私の名は緋許 夏樹……」
そして、夏樹もまたペルソナを発現させ、敵を威嚇する。
「守護せし者たるブリュンヒルドで、お前を撃つ!」
夏樹が自分の持つ銃をクイッと上げると、ペルソナが呼応して銃撃を放つ。膨張した体は狙いがつけやすいのか、あっさりと命中し、敵の勢いをうまく削いだ。
「ったくもう! この時代に主君とか、そういうのいらねぇから!」
獅はなぜか文句を言いながら、フォルセティの槍で追撃を敢行。一気に串刺しを狙ったが、厚みのあるシャドウを仕留めるには至らず。ただ、敵から苦悶の声を引き出したので、効いてない訳ではなさそうだ。
『我に……我に与えられた復讐の時を、奪うつもりか……!』
「何のこと言ってるのかわかんないけど、それはあたしのセリフかな?」
春華は美神とも呼ばれるシタテルヒメにローリングソバットからの正拳突きのコンボを決めさせ、自らも水面蹴りでシャドウ東屋の足元をぐらつかせる。
「いくらシャドウでも、言っていいコトと悪いコトがあると思うんだよね」
『こっ、小生意気な、奴め……き、貴様は許さん……』
シャドウは何とか言い返すも、もはやその力を維持できない程に弱っているのは明白であった。獅は倒れた敵に渾身の力を込めてフォルセティの槍を突き立てんとする。しかし、またヘッドライトが目映く光った。
「こざかしい! 何をしようが、これで終わらせるだけだ!」
『愚か者が! 当たらなければ意味はない!』
その傲慢を黙らせるかのように、一筋の光が駆け抜け、突然ヘッドライトは脆くも砕け散ってしまう。獅の行く手を阻むモノを阻止したのは、夏樹のペルソナ・ブリュンヒルドの持つ刃であった。
「言ったはずです。主君を守るのが、私の使命だと」
『こっ、コイツ……!!』
「夏樹さん、そっちは頼む!」
主君の呼びかけに応じ、夏樹は振り返り様に顔の付近へ刃を突き立て、獅は膨張した腹部へと槍と突き立てる。今度は力の逃げ場のない地面に向かっての刺突であるため、シャドウの醜い悲鳴が周囲に轟いた。
『モギャアアァァァァーーーッ!』
「黙っててくれない? 真耶ちゃんが可哀想だから」
夏樹につけられた顔の傷から黒い影が噴出しているというのに、春華は真顔でマウントポジションを取る。
「おい、春華……」
「止めない方がいい。それに、近づくと危険です」
獅を制する夏樹もまた「仕方ない」という表情を浮かべていた。
夏樹が応援に駆け付けた際、春華が愛称で呼んだことからも察せられるように、ふたりにはペルソナ使いとしての縁があり、こうした戦いに身を投じたこともある間柄だ。だからこそ、春華の気質は理解している。普段から極めて明るい性格の彼女ではあるが、とても大切なモノを傷つけられるなどした時は、笑顔が失せ、口数も減り、敵を見境なくトコトンまで痛めつけるのだ。
今回とて例外ではない。ペルソナをも駆使しての殴打は、敵ながら哀れに思えるくらいボコボコにされ続けた。アズマヤ・モラクス・キミコなる残響の念が晴らされ、シャドウ東屋に戻ろうとも、春華の拳は止まることはない。もはや「その姿さえも消え失せろ」とばかりに殴り続けるものだから、さすがに獅が止めに入った。
「さ、さすがに待て! 春華、お前の気持ちもわかるけど、シャドウを消すと本人に影響が……!」
「春華ちゃん、私たちは事態の収拾に来ただけ。人を裁きに来たわけじゃない」
そこまで言われては……とばかりに、春華はようやく「続きは後でね」とだけ言って、シャドウの傍を離れた。とはいえ、もう人の形すら怪しいくらいまで殴られているので、いくらシャドウ言えども東屋の顔は腫れ上がっている。
獅は、今まで気になっていたことをシャドウ東屋に問い質す。
「俺も事情は少しだけわかる。今日はお前の事故を起こす前の日になっているらしい。だからって、お前が事故を起こした事実は変わらない」
『うう……でも、私の自動車は元に戻って、家の車庫に……』
今の夏樹がどこまで事情を知っているかは定かではないが、どこか納得の表情を見せる。
「事故で押収されたはずの車が自宅に無傷で戻っていたから、自分は事故を起こしていなかったと気づいた?」
「なっちゃんさ。この話、ちょっとおかしくない? だって本人は留置所の中にいたのに、なんでそれがわかるの?」
「シャドウの記憶は本人に影響を及ぼさないが、本人の記憶からシャドウが形成された場合なら可能性はある。例えば、警察官が事故車の紛失を本人に問い質したりしたら……」
夏樹の言葉を要約するなら、こうだ。
シャドウは何らかの形で具現化した自己の悪しき一面であるが、今のようにボコボコにされた事実があったとしても、すぐさま本体に影響を及ぼすことはない。しかし、どのタイミングで本人から抜け出たかによって、有している記憶に差が出るということがある……という理屈だ。これが獅たちが関わる世界の決め事のようなものである。
「夏樹さん、コイツは具体的に3日戻ってると言ってたぞ」
「そこまで把握できているということは……望月警部に詳しく話を聞いた方がよさそうだ」
『わ、私は悪くない……事故がなかったのなら、もう釈放してほしい……』
力でねじ伏せられたにも関わらず、まだ同じことを言うシャドウ東屋。獅は「おい、やめろ!」と制するも、春華の拳が顔面を捉える方が早かった。
『グウ、エェヘ……』
「もういい。元の自分に戻って」
春華がそういうと、シャドウ東屋はその場から消え去った。
それと共に、ゆっくりではあるが、周囲の景色が元の警察署へと戻っていく。異界化の原因は、やはりシャドウ東屋が元凶だったらしい。春華はふうっと息を吐くと、いつの間にかいつもの調子に戻っていた。
「これでお仕事終わりだね~。シンちゃん、なっちゃん、お疲れ様~!」
春華は満面の笑みで二人に話しかけるが、どちらも少し戸惑いの表情を見せていた。
飛空警察署が元の現実に戻り、巻き込まれた人々も身体の不調を訴えながらも命に別状はなく、事件は無事に終わった……かのように思われた。
夏樹は応援として呼び出した望月警部の元へ真っ先に赴き、異界化を解消したことを告げる。
「問題の排除は終わりました。望月警部、警察署内部の対応はお任せしていいですか?」
「おお! いつものことだし、もちろんじゃないか! いやぁ、助かったよ!」
獅と春華も夏樹に追いつき、肝心の質問を突き付けた。
「望月さん、ちょっと聞きたいんですけど……」
「どうしたの、シンちゃん?」
「容疑者の東屋のことで……」
「ん? あず、ま、や……? 田舎の家の離れ……は母屋か。それがどうかしたの?」
3人は思わず、息を飲んだ。
「警部さん? 自分たちで交通事故を起こした犯人捕まえといて、名前忘れるなんてことある?」
「交通事故で逮捕するようなこと、ここ何日かであったっけ?」
獅は「これはマズイ」とばかりに、「何でもないから後処理は任せた」と言い残し、二人を警察署から少し遠くへと誘導した。
「春華、今すぐ蒼馬 真耶に連絡を取ってくれ」
「わかった!」
獅の真意は春華にも読める。彼女はすぐさま電話をかけたが、真耶は学校にいるにも関わらず、今朝会った調子で「どうしたの?」と応答したのだ。どうやら今も生きているらしい。
「俺たちに事故の記憶はある。仮に時間が遡っているとして、今は真耶が生きているのに、容疑者の東屋だけが抜け落ちてる……」
「蒼馬家の子供が交通事故に遭ったのは、私も伝え聞いている。時間が巻き戻るかのような事象が起きているのも、まだ理解はできる。そのせいで、真耶なる子が事故に遭わなかったことになったのも……わからなくもない」
じゃあ、なぜシャドウ東屋を排除した後に、東屋本人の存在はなかったことになっているのか。春華は「えっと、あたしがやりすぎたのかなぁ?」と戸惑うが、一概に彼女のせいとも言い難い。3人とも黙り込んでしまいそうになったその時、春華が近くの公園に何かを見つけた。
「ねぇ、あの青い扉って……何だろうね?」
警察署近くの公園には、忽然と青い扉が置かれていた。周囲には未就学児とその親がまばらにいるのだが、誰もその存在に気付いていない。見えているのは、どうやら自分たちだけのようだ。
「他の人に見えてないってことは……」
「そういうことに思える、ね」
獅も夏樹も警戒心を高めながらも、仕方なくそちらへと歩き出す。それよりも早く、春華は扉にたどり着き、ノックした上で遠慮なく「お邪魔しまーす」と中に入る。この無防備さには、さすがの二人も慌てた。
「春華ちゃん、どういうモノかもわからないうちから……!」
「俺ん家に来た時のノリで入るんじゃねぇって!」
仕方なく中に導かれた3人を待っていたのは……とても奇妙な空間であった。
静かに波の音が響く小さな孤島の真ん中に、大きめのテーブルがひとつ。その四方は青いカーテンで囲われており、とても奇妙な空間に思える。それを際立てるのは、テーブルを陣取る老紳士が不敵な笑みを浮かべて座っていた。
「ようこそ、お客人」
甲高い声ながらも、どこか優しげな雰囲気を醸し出す彼は、獅や春華、夏樹の顔を見てニヤリと微笑む。
「ご心配、召させるな」
そうは言われても……と戸惑う面々に対し、血走った目に長い鼻を持つひょろっとした姿の老紳士は、この空間にやってきたことを歓迎しているようにも見える。
「ようこそ、我がベルベットルームへ。私の名はイゴール。ここは夢と現実、精神と物質の挟間にある場所……」
獅は改めてこの光景を見て、思わず「そうじゃなきゃ困るぜ」と呟きながら頭を掻いた。
「私は、この場に訪れた皆様の旅路を見届け、その手助けを担うべき者でございます」
「皆様の旅路って……あたしたち、どこかに向かってるっけ?」
春華が思いつくままを口にしたが、主は「左様」と短く答えた。
「ご老人はこの事象に対して、何かご存知なのか?」
「フフフ、皆様もお気付きでございましょう。この飛空市なる周辺の時空が逆行していることに……」
「そこまでハッキリ言われると、反応に困るな……」
獅は続けて話す。
「じゃあ、ついでにさ。さっきまでいた犯罪者の記憶がみんなにないのも説明してくれないか?」
「それは、皆様が逆行する時の流れへ置き去りにしたのでございます」
それを聞いた夏樹は眉をひそめる。
「置き去りにした、ということは……」
「ご心配、召されるな。この時空が正しく導かれし後、その存在は蘇るでしょう。ですが、今はまだその時ではございません」
「うーんっと、逆行は続いてるってコト?」
「左様。この旅はまだ、始まったばかりなのです」
イゴールはまた小さく笑うと、目前の3人に言葉を紡ぐ。
「皆様のようなお客人は、野心や欲望を果たせずに終わった人間の残響の念を、時間の流れから排除することができるのです」
「さっきのシャドウが『残響の念』と言ってたが、単純に悪い意味だと受け取っていいのか?」
「左様」
これを聞いた春華が安心したのは言うまでもない。冷静に振り返れば、春華がシャドウを消滅させてしまった可能性も捨てきれなかったが、実際には本人の元へ戻り、時の置き去りにしたことはイゴールの言葉を信用するなら正解と証明された。夏樹もまた小さく溜息をつき、問題がないことに安堵した。
「時間が戻るということは、今後もあの手の人間が増えるということか……」
「時の流れは、いわば川の流れと同じでございます。早くなる場合もあれば、遅くなる場合もある。しかし、恐れることはございません」
「まさか、時の逆行の最中に出会うペルソナ使いがいるとでも?」
夏樹は放言のつもりだったが、イゴールは「フフフ」と笑みをこぼした。
「それもまた、お客人次第でございます。いやはや、楽しみでございますな。フフフ……」
「そーゆーのも旅の途中でってことなんだー。でも、そのうちにこの街も人でいっぱいになるよね。どうするのかなぁ?」
「それもおいおいわかることでしょう。では、お行きなさい。私はいつでも、ここでお客人をお待ちしております」
イゴールは満足そうな表情を浮かべているのを見る限り、もう話すことはないということだろうか。獅は「世話になる」とだけ言い残し、3人はその場を後にした。
公園に出た夏樹は、ひとり呟く。
「残響の念……リメンバーとでも呼ぶべきか」
このまま時間遡行を続ける飛空市に、いったいどれだけのリメンバーが現れるというのだろうか。
それでも、飛空市の時は逆行をし続ける……