#35 JRが赤字ローカル線を廃止するのは当たり前だよね、という話


前提①国鉄民営化

 1987年、日本国有鉄道は分割民営化され、JRという名前の会社になった。これはつまり消防や警察のように公的に運営される機関(正確に言うならば少し違うが)が一企業へと変化したということである。それまでは公共のために必要なものとして国によって保有されていたものがいわゆる営利組織になったのだ。

前提②自由資本主義経済

 日本という国は現在、自由資本主義を導入している。自由資本主義を単純に言うなれば、各々が自由な競争下で自分の利益を追求することが許される、さらにはむしろそれが推奨され、またそのような競争こそが社会をより良くしていくという考え方である。無論、社会を成り立たせるために公的に運営される必要があるものも多々存在するし、旧国鉄はそれに該当すると目されていたために国有だったわけだ。

前提①②から導き出される結論とは

 JRは現在民営の企業であり、日本は自由資本主義の国である、この2点から導き出される結論は、JRは自由な経済活動によって利益を生み出すべき営利組織であり、その利益の増大を阻害する要因は排除されて然るべき(少なくともそれに対して外部の人間がとやかく言う筋合いはない)ということだ。そしてその利益の増大を阻害する要因こそが赤字路線である。
 感情論として地方ローカル線の廃止に対しての嘆きは十分理解できるものではあるし、鉄道に対して興味関心のある自分の立場から見てもそれは大変悲しいことではある。しかし選挙によって民主的に運営されている国家が、国鉄を公的に運営する必要のないものと判断し民営化した以上、その民主的判断によって運命付けられたJRによる赤字路線の廃止は仕方のないことなのである。

ならば、どうすべきなのか。

 会社の利益を第一の目標とする(すべき)JRに対して赤字路線を廃止するなと言うのは極めて野暮なことである。それを阻止するにはまず路線を黒字化するという方法があるがこれは現実的とは言えない。鉄道路線を黒字化するというのは首都圏を走る超満員電車であったり、新幹線のような客単価の高いものでない限りかなり難しいことであるからだ。
 では何ができるのだろうか。まず考えるべきはそもそも鉄道が本当に必要なのかどうか、ということだ。道路網が発達した現在において、バス路線等で鉄道よりも地域に密着した交通手段の方が利便性が高いなどの場合、鉄道の維持より他の交通機関への移行の方が地域のためになるということも考えるべきことである。そして仮に、それでも鉄道路線は必要なものであるとなった場合に考えられるのは鉄道路線の公営化である。JRが民間企業の経営判断として赤字路線の廃止を行った場合であっても、それを公営化し、税金でそれを運営するということはできる。公的な資金を導入し、地域の人々に対する福祉として鉄道を維持することが必要であるならば当然の選択肢だろう。しかし、鉄道に対し公的資金を投入するようなやる気はないにも関わらず、単にJRに赤字ローカル線の維持を押し付けるようなことは全くのお門違いであることを最後に述べておきたい。なぜならJRはもはや国鉄ではなく、利益を第一に求める企業であるからだ。国鉄民営化から30年以上が過ぎてなお、JRが民営の企業であるという認識が浸透する日はまだまだ遠いのかもしれない。

※備考:現在、本州3社とJR九州は上場・完全民営化を果たしているものの、他の3社(北海道/四国/貨物)は依然として国が株式を100%保有しており、ある意味で未だに“国鉄”である。しかしそれら3社も完全民営化を目標としており、旧国鉄時代とは違い利益を追求するべき企業であることには変わりはないだろう。

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