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#13【音楽コラム】ビーチボーイズの悲哀

 数々のヒット曲を生み出し、「ペット・サウンズ」みたいな名盤も出しているのに、それでもなお同時代のビートルズとかボブ・ディランとかに比べてビーチボーイズの知名度が日本で低いはなぜだろう。かの村上春樹だってどちらかと言えばビーチボーイズ派のはずなのだが、著作のタイトルは「ノルウェイの森」だの「ドライブ・マイ・カー」だのビートルズ絡みだらけである。なぜだ。
 私の妄想仮説だが、これはカリフォルニアと日本の気候の差から生まれたものなんじゃないだろうか。日本の夏は蒸し暑い。その湿度故、溢れ出た汗は蒸発しないまま滴り落ち、へばりついた下着が得も言われぬ不快感を呼び起こし、その傍ら喉だけが乾いていく。鶏肉を放っておけばいつの間にか棒々鶏が出来上がっているんじゃないか。一方のカリフォルニアは乾いた地中海性気候だ。カラっと晴れた白い砂浜でブロンドの美女が日光浴で肌を焦がし、男たちは波に乗り母なる海と一体となってその偉大さに酔いしれる。そしてどこからともなく流れてくるはビーチボーイズのあっけらかんとしたロックンロールだ。

"I wish they could be California
I wish they could be California
I wish they could be California girls"
「彼女たちがみんなカリフォルニア・ガールになればいいのに」

California Girls

 音楽とロケーションの奇跡的なコンビネーションがそこには生まれる。しかしその強固な繋がりこそが日本でのビーチボーイズの過小評価に繋がっているのではなかろうか。波に運ばれてくるワカメがへばりついた磯臭くて薄黒い砂浜と緑の海、うだるような暑さ、蝉の声、そんな日本の夏に「カリフォルニア・ガール」が「ヴィーナスの誕生」みたいに現れるなんてことはあり得ないのだ。
 ビーチボーイズが所謂「夏バンド」であることもそこに拍車をかける。言わば日本におけるTUBEである(TUBEだってカリフォルニアの夏には似合わないんじゃないかな)。季節の機微はその土地と密接に繋がり、そこに住む人々の感性に影響を及ぼす。そんな「季節」と密接に繋がった音楽が他の土地に住む人々の共感を得るのは難しいことなのかもしれない。だからこそサーフィンやホット・ロッドの登場しない「ペット・サウンズ」が世界中で名盤と評されるのだろう。
 日本とカリフォルニアの気候の違いでビーチボーイズの素晴らしい音楽が見過ごされるのはちょっともったいないと私は思う。ビートルズみたいに、とまではいかないまでも今流行りのシティポップへの影響なんかを考えれば、知名度さえ上がればもっと評価されるようになるかもしれない。だからもっとみんなにビーチボーイズを聴いてほしい。みんながビーチボーイズを聴いていればいつの間にか茅ヶ崎あたりの海岸は「カリフォルニア・ガール」だらけになってるかもしれないしね。

著者:吉本伊吹

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